第9話 凱の阿修羅琴よ、なびけ
「さてさて、阿修羅になったときの名は、今は置いて行こう」
俺達は、美久羅くん、稚田くん、馬酔木くん、摩耶くん、それから、俺自身の凱に戻り、制服姿で、題経寺へと戻る。
千葉、秋田勢の美久羅くんと稚田くんが学ラン、他三人はブレザーだ。
「帝釈天本人は、もう、奥に行ったのかな」
お寺に入って直ぐにお守りが売っていた。
「皆、京都もいいけれども、柴又もね。少し見て行く?」
四人揃って激しく首肯したのが、可笑しかった。
「七福神守、楽しそうで可愛いやん」
意外と女子受けするタイプの美久羅くんだ。
仲間が多いものな。
七百円か。
じゃらんと根付風なので、きっとお財布につけるだろうな。
「稚田は、入試直前っすよ。皆もコツコツと勉強するんっすよ」
試験合格成就御守の青を稚田さんがお買い上げだ。
五百円で合格できたら、素敵なお買い物だろう。
「きゅん。僕は可愛いキャラもののお守りだな。水色が綺麗だ」
六百円か。
この間は四百円だった気がする。
健康御守のブルーを選ぶ。
元気なことはよきことよ。
「病気平癒、いいですね」
本格的だ。
木箱入り、千二百円とはな。
ご家族用だろう。
「私は、この安産のお守り」
「は! 舎脂様?」
木箱に入って、千五百円もする。
本気出していませんか。
「俺は、ぎゅうしただけだよ? 大丈夫、手を繋いでも心があたたかくなるだけだから、お産はないと思います」
「ええ? お父様と話が違います」
頬を膨らませているのが、愛らしい。
「嘘吐きましたね、父王」
「我なり。さあ。虫よけだわい」
てくてくてくてく。
ざわざわ。
まあ、奥様的にそぞろ歩きをする。
その後、参道の入り口にあるお団子屋さん、高本屋の暖簾を潜った。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔いたします。向こうでも構いませんか?」
「どうぞ、こちらになります」
野郎ども五人とレディー一人で奥にある座敷の方へ上がった。
「おー、いいね」
「デス」
俺は、わちゃわちゃするのが大好きだ。
いいな、コイツらとしみじみと思う。
「おーい。凱の奢りやけ、じゃんじゃん持って来て!」
「んだと? 俺の口癖が『じゃん』だからか?」
俺は美久羅くんの手前におり、右隣はどうしてか舎脂様がお座りになる。
「まあ、先程こちらへ向かうときから、お言葉が変わりましたね」
「流石に舎脂様は分かりますね」
美久羅くんにハイタッチをされる。
男同士で嬉しくもないが、女子では恥ずかしくて困るからね。
「それそれ、中学のときは、どうしてそんな風に言うのか不思議だったけれども、理由があるんやんね?」
「まあ……」
コイツらになら、話してもいいか。
「そう言えば、美久羅くんは小五のときに父の葬儀に来てくれたね。皆が、『じゃん』ばかり言っておかしかった。実は、父は、神奈川出身なんだ。馬鹿らしい位に『じゃんじゃか』言葉に交じるから、気になった特別な『じゃん』の日になったとさ、まる」
青い模様の白いお皿に、お団子が五つころんと重ねられ、餡子がふわっとかかっている。
それが六つ来たせいでもないだろう。
静まり返ってしまった。
暗い話だったか。
「要するに、亡くなったお父さんの気持ちを尊重されているやんね」
場の空気をお団子の雰囲気にする為、一ついただいた。
「んぐんぐ……。形ばかりだったかなと反省しているさ。美久羅くん」
「なぜに反省なんてしているの。想い出は張り裂けそうなときに、吐き出していいんやんよ」
そんな顔をしているのかな。
今の俺。
「ワタクシ、今の話を聞いて、初めて涙が出そうになりましたデス。お父様の件、同情いたします。ワタクシの父は、科学者なのですが、実験中に怪我をしてしまいましたデス」
「泣いたらいいよ。摩耶くん」
人に声を掛けながら、俺が先に泣きたい気持ちだ。
さっきから、情けない。
「それもワタクシの目を人工のものにする手術するときでした。機器の故障で、電気火傷をしてしまったのデス」
「摩耶香くん、心を開いてくれてありがとうな」
お茶は、自分らで大きな急須から注ぎ合う。
「稚田篤幸くん、大先輩の三年生なのに、俺が差し置いてリーダーシップを取ってしまい、すみませんでした」
「気にする内容ではないっす。連携プレイがよかったと思うっす」
稚田くんは、ぐっと、湯飲みのお茶を空にした。
「稚田は、個人的に女性が苦手なんっすが、舎脂様は格別に美しく愛らしくて、ドキマギしているっすよ」
どうしましたか、稚田くん。
「阿王凱!」
「どうした? 馬酔木くん」
皿を幾枚も散らかして食べている。
隠れ甘党じゃないか。
「忘れ物していないか。『じゃん』がないよ」
「だから、俺は、『灼熱の腕釧』に誓って、封じたんだ」
今もブレザーの制服の下に、金の輪を感じる。
「これからの俺は、現世に取り残された舎脂様を阿修羅大王の納得が行くように、お守りする使命を感じている」
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
俺は、闘って変わった訳ではない。
チームタッグを組んでから、よく考えた。
仲間とも友達とも言える不思議な縁を感じた。
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
「――凱?」
「ああ! 阿修羅大王! 俺達は、これからも繋がって行けるのか?」
別れたくない。
「大王?」
「……」
そのとき、小さく聞こえた。
「お主次第だ」
「……俺が? 俺次第で、再び、天地鎧が叶うのか!」
俺は、一人お団子屋を飛び出した。
「どうしたやん、凱?」
阿修羅像は京都にある。
西におられるのだろう。
茜色の空へ向かって叫ぶ。
「阿修羅琴よ、なびけ――!」
それは、虚空にはね返る。
俺の声ではない。
聞いたことのある俺の腹からのものだ。
「凱の阿修羅琴よ、なびけ!」
―― 凱の阿修羅琴よ、なびけ 【了】 ――
こんばんは。
いすみ静江です。
この度は、本作にお付き合いくださり、誠にありがとうございます。
お気に召したキャラクターやエピソードがございましたら、幸いです。
じゃんってうるさかったらすみません。
また、お目にかかる日を楽しみにしております。
ありがとうございました。