第7話 超・天地鎧で更なる極みへ
「さあ、『灼熱の腕釧』を用いて、更なる『天地鎧』を果たすじゃんね。その掛け声は、大王から預かっているじゃん」
各自Vの字に差し出した腕をよく見ると、金の輪から力が湧き出ているのが分かった。
「更なる極みへ! 『超・天地鎧』――!」
五人は、同時に唱え、重ねた手を沈める。
すると、『灼熱の腕釧』が燃えるように熱くなり、俺は、隣のラゴくんとシッタくんの手を外したくなった。
しかし、裏切りはできない。
「我慢っすよ」
「デス」
「了解やん」
「僕もOKだよ」
皆が俺を見ている気がした。
「俺も、オーライじゃん」
約、二十秒程のことだったが、俺の頭では地球を回ってしまった。
「これが、新しい力……。不思議なんじゃん」
俺も勿論、絶句する程のものだった。
この燃えたぎる力がある内に、五人で攻撃しなければならない。
輪になっている皆に向かって頷いた。
そして、繋がれていた手を解き、帝釈天へ横一列に並ぶ。
バ、ババババン。
「せーの! 阿修羅五人衆、乱れ打ち――!」
ダ、ダダダダ……。
「うおりゃああ!」
弱点と思しきは、弁慶の泣き所だ。
五人揃ってでしかできない、切り込み延髄蹴りをお見舞いする。
「フグフォ! イタタタ……。小童め」
帝釈天は、顎を突き出して、江戸川の方を向いていた為、足を滑らせて、尻もちをつきながら川でひっくり返った。
「ハハハ! まだまだ、こんなのは序章に過ぎないじゃん」
延髄蹴りを喰らわした後、はぐれた雁がいる。
六角形の透明に近く人工的な目が、シャッターを切るような音を立てた。
データ分析をしているのか。
そうしながら、敵を目指す。
割と勇敢なのだと思った。
「皆の力が漲っている内に、ワタクシが一丁行きますデス」
斥候、シッタくんが、『超・天地鎧』で得た力を発揮するだろう。
スウウ。
胸の前にその手を伸ばした。
本番だ。
「毘摩質多羅の酸泉!」
胸に揃えた腕を両側にさっと開く。
すると、水の塊が幾つも飛んで行くのが見えた。
俺には、スローモーションに近いが、相当な技だ。
それを倒れた帝釈天の顔に当てたり、辺りの川に流し込む。
「ウグアアア……! ビリビリするではないか」
ダメージがあったようだ。
江戸川が汚れてしまったが、素早く酸が流れ出ないようにする。
「――お任せくださいデス」
これもシッタくんの超味覚から獲得したようだ。
四人で、帝釈天が逃げ出さないように後ろを護っていた。
「毘摩質多羅の塩壁!」
白に濁った色を吸いながら、城壁のようなものがにょきにょきと立ち上がって行く。
これが、江戸川に酸を零さず、帝釈天の周りを囲んだ。
「塩! シッタくん、流石じゃん」
酸に塩、味覚で攻撃力と防御力を高めたのか。
「ウグウ、ハアハア……」
心なしか、帝釈天は、自身の目ばかりを気にしているようだ。
拭えども、拭えども、状況は変わらない。
その指が、酸化しているからだ。
酸を顔に広げているだけになっていた。
「どうじゃん。弁慶の泣き所と酸が弱点だったのか、図星度を教えて欲しいじゃん」
この分だと、星五つと言った所か。
「グビイ……。ハアハアハアハア」
口にも酸泉が入ったようで、吐き出していた。
「こんなもので、可愛い嫁、舎脂の居所を教えると思っているのか?」
「嫁だと? もう同衾したんじゃないじゃんね?」
「さあ、貧相な想像力で雰囲気まで感じてみるがいい」
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
「我は、舎脂をさらった罪を憎めずにおられるか! 凱よ、愛娘を頼んだぞ。この阿修羅琴も役に立つだろう」
阿修羅琴が大王の声を運ぶ。
怒りを抑えたさり気なさに感心した。
だが、俺にできることは、なんだろうか。
先ずは、正攻法で行く。
「舎脂様はどこにいるんじゃん? 帝釈天。お救いしたいじゃんね」
帝釈天が口の端を上げた。
「ならば、この体にビリビリと来る水から上がらせろ。――あの日、いい飯を喰ったなあ」
これは、ブラフだ。
喰うなんて、あり得ないだろう。
「また、戯言じゃん。本当に舎脂様がいなかったら、厳しいことになるじゃんよ」
俺達五人は、飛翔して、帝釈天を馬蹄形に囲んでいた。
「俺達五人が力を合わせれば、引き上げられるじゃん。でも、舎脂様をどこに隠しているのか、白状しなければ、それはできない約束じゃんね」
「小童が、小癪なことばかり言いおって」
大地が叫んだ。
「うおおおおお」
それと同時に、土手が揺れた。
草地へ降りる白い階段がたわむようだ。
ズンズンと江戸川から帝釈天が立ち上がろうとする。
波打つ川面が、タップンタップンとプリンかゼリーのようだと思った。
そもそも、俺は、お腹が空いたまま、興福寺から、修学旅行を抜け出たんだったな。
例えが恥ずかしい。
「更なる、毘摩質多羅の塩壁!」
「ナイスじゃん! シッタくん」
塩壁は、帝釈天の身の丈にも上がって行く。
「帝釈天の一刀!」
壁の真ん中を右正拳で一発かまされた。
ドッと大穴ができる。
「そんな! 止めるじゃん!」
「もう、一刀だ!」
中の酸泉は、江戸川には流れなかった。
けれども、中に閉じ込めた獣が出てしまった。
「グハハハ! 帝釈天をおちょくるからだ。これから反撃と行く」
陸にズズズンと上がって来る。
「先ず、人々に迷惑が掛からないように、酸泉の回収をしようじゃん。シッタくん頼むじゃん」
向こうの川に太陽が見える。
それで、どうにかできないだろうか。
「凱! 一人で悩むなや。『灼熱の腕釧』で以心伝心が互いにできる筈だ! 阿修羅会議でも開こうやん」
ラゴくんは、やはり同じ中学校だったから、この金の輪がなくても気持ちを酌んでくれる。
「嫁にしたい仲間ナンバーワンじゃん。ただし、餅を恥ずかしがらないで、ショートカットが似合うと思うじゃんよ」
「お婿に行けないやんや」
「フッ……。俺、そう言うの拘らないからいいじゃん」
しまった、意識が逸れた。
話を戻そう。
「そうか、『灼熱の腕釧』で共鳴をしてみるじゃんね」
唱えてみよう。
「五人の心を一つに――」
すると、皆が着けている金の輪が、光り輝いた。
少し傾いた太陽の日差しを浴びて。
「皆の声が、心にしんしんと降る雪の如く沁みるじゃんね」
立ち上がったばかりの帝釈天は、足下が弱い。
だから、全員で一極集中を狙う。
「そうじゃんね……。神の答えじゃん」
阿修羅会議の結果は、こうだ。
弁慶の泣き所、脛骨がいいだろう。
「OK、OKじゃん」
帝釈天の左足が大きく持ち上がったときだ。
そいつの軸になっている右足が、がら空きになる。
「佉羅騫駄の眼光!」
「フハハ。痒くもないわ」
キャラケンくんが、双眸から細い光で、弱点を指し示してくれた。
俺達、阿修羅陣の方が、装甲など身に着けていないので、不利だと目に見えている。
俺も先程の舞では足らないだろう。
「焔の如く、阿修羅琴の舞!」
「ウ、ウググ……」
今、高められた力を込める。
俺は、太陽に近付いたかと思うと、脚に炎の如き熱を込めた。
得意の両足のねじ込みをガッと喰らわす。
「羅睺の多手!」
「イーッタ! 痛いのは止すのだ、チクチクと刺すな」
ラゴくん、『超・天地鎧』で、一刀毎が素早くなった。
がんばっているから、お団子をはずもう。
「婆稚の臭!」
「フグワワワ――。極めて不愉快」
帝釈天は、流石に顔を覆う程、匂いを避けていた。
先程は、くさやにドリアンだったが、どうしてかキンモクセイだ。
本物は嗅いだことがなく、消臭剤の感覚なので、多分だけれど。
これも、『超・天地鎧』の成果だ。
「毘摩質多羅の酸泉シャワー!」
「ピイイイギイギギ!」
どうやら、酸に弱いらしいから、これは効果覿面だろう。
シャワー状態にできたのも『超・天地鎧』で更なる力を得たからに違いない。
「ワタクシは、標的を正確に狙えませんでしたデス」
「どうしたっす? 心配ないっすよ」
「バチ様。帝釈天の双眸に掛かってしまいましたデス」
目を両手で覆って首を大きく振っている。
「グ……。アアアアア!」
俺達五人は、土手に降り、顔を見合わせた。
「悶えているじゃん。やったな、シッタくん」
「シッタくんだけの力ではないっすね」
バチくんの声掛けは流石に年長者だ。
お互い様を労いたいと思う。
「そうじゃん。バチくんのミックス臭も効いているじゃんね」
「キャラケン『ダ』もお忘れなく」
「ハハハ。光線が、いい目印になったじゃんよ」
蠢き続けて、また叫ぶ。
「目が……! 吾の赤き瞳をどうするつもりだ?」
俺が代表で話をつける。
「もう、可愛いからって、女子をさらうのは止めるじゃん」
腰に腕を当てて、俺も勝った気でいた。
「クククククク……。ここに、目に入れても痛くない者がおる」
不敵な笑いに、バチくんも呑気に首肯しながら応じた。
「んだすな。帝釈天の孫っすか?」
だが、俺は、青褪めた。
「バチくん、残念な結果のようで、嬉しい報せのようじゃん」
「アシュさん、本当っすか?」
「もしかして、そこに、舎脂様を隠しているんじゃね?」
俺は、バンと一気に飛翔して、瞼で塞がれた赤い瞳の前で止まる。
「舎脂様、お助けいたすじゃんよ」
この大王が降臨している身としては、なんとしても再会を果たして欲しい。
体内の阿修羅琴が、遠くから近くへと波打つように近寄って来る。
これが、父王の気持ちか。
「俺にも父さんがいたけれど、お茶目な所が一杯あって、ヒーローごっこを沢山してくれたんじゃん。必ず、俺を勝たせてくれたじゃんね」
この柴又の土手で遊んでくれた。
「でも、一度だけ俺が負けたことがあったんじゃん」
あの日、両親が項垂れていた。
「母のお腹がしぼんでしまったとき、俺は気が付かなかった情けない兄貴じゃんね。父さんがあまりにも弱々しくなっているので、小さな俺は、降参をしたんじゃん」
九十九勝よりも、あのときの一敗の方が、地球よりも重かった。
だから、母さんを護れる毅さを持った人になりたいと思っている。
「か細い声が耳を転がって行くじゃん。俺なりの毅さを発揮するじゃんね」
右……。
いや、左か。
やはり、右だ。
いくら耳を澄ましても両方から聞こえる。
どうして、どちらにも存在を感じるのだろう。
「そうか! 分かった、如来様の眉間にある白毫付近を行ったり来たりしているんじゃね」
俺って冴えていると思ったが、この『超・天地鎧』のお陰なのだろう。
思い上がっては駄目だ。
「鈴の音を転がしたような可愛らしい声が、素敵じゃん」
◇◇◇