第5話 柴又で心燃える
「到着じゃん」
「よ、と、と。やっとや」
「着いたっすね」
「酷過ぎだった」
「デス」
柴又は、俺も来たことがある。
全く関係なさそうだが、俺にも妹か弟かができそうだったので、家族三人で、お参りに来たのだ。
よくお団子屋が取り上げられるが、俺なんかは、たんきり飴が好きだった。
歯の被せものが取れてしまう運命なのだが。
「稚田は、初めてでもないんっすよ」
「へえ。バチは映画関係で訪れたんだ。チャーミングな所があるんだね。僕はこう見えてミーハーでもないからね」
「キャラケンくん、観光したっていいじゃないか。俺だって想い出が色々あるじゃんね」
キャラケンくんは、腰に手を当ててそっぽを向いてしまった。
俺よりも一つ上なのに、どこか子どもっぽい。
些細なことだが、彼の腕は細く、阿修羅像の姿に似ていると思った。
「さて、参道も注意しないといけないじゃん」
「ワタクシもサーチし続けるデス」
そうだ、帝釈天が舎脂様を抱えてどこにいるのかは、全く分からない。
「アシュや、いつ甘い物を奢ってくれるやん。お団子でもええやんよ」
「そ、そうか。旅行のお土産にもいいね。お祖父さんらは、やわらかいものがいいじゃんね。帰りにしよう」
ラゴくんは正直だからな。
「ああ、腹が減っては戦ができぬやん」
この佃煮屋さんにも気配がない。
「アシュ様、サーチ完了デス。帝釈天は、帝釈天題経寺に潜んでいる筈デス」
「でかしたじゃん」
「他になにか匂うっすか? 超嗅覚で」
「お……。乙女のかほりがいたしますデス」
「舎脂様じゃん」
俺達は、黙したまま題経寺へと一飛びした。
「あのさ、舎脂様の名を呼んでも返事ができないと思うんじゃん」
「なんでや?」
「まあ、オーバカさんね」
「なんや、その死語」
俺は、ラゴくんとキャラケンくんの間に入る。
「一致団結じゃんね。OK?」
ラゴくんは首肯したが、キャラケンくんは頬を膨らませている。
餅が移ったのか。
「よっしゃあ、ゴー!」
「ワタクシ達は、敵の匂いが分からなくなりましたデス」
「大ごとじゃね?」
さり気なく大切なことを伝えるのが流行っているのか。
「僕の超視覚によると、あの太鼓橋のような回廊の向こう側だ」
「あんな低い所をよくも通れたじゃんね」
「恐らく飛び越えたっすよ」
「バチくん、最年長なだけあって、流石じゃん」
誰かが決めた訳でもなかった。
二手に分かれて、ラゴくんと俺は回廊へ正面突破、バチくんはその場に留まり、キャラケンくんとシッタくんは裏から回った。
「うわあ!」
「おわわわ……!」
俺達とキャラケンくん達が回廊の所で鉢合わせとなった。
「すると、バチくんが危ないじゃん?」
四人で境内の真ん中にいたバチくんの元へ駆け寄る。
いない。
背後から、黒い影が落ちた。
「グ、ハハハハハ! おのれら、阿修羅大王の使いか! コイツは、婆稚だろうよ」
「うう……」
あの筋肉ムキムキのバチくんが左手で吊られている。
危険だ。
帝釈天は、眉が右を特に吊り上げ、黒目の中に赤い瞳をたぎらせて、目尻がぐいっと上がっている。
髪を煌々と赤くし、上に逆立っており、顔全体がごつごつとして、顎が割れている。
「僕が、そうだが。阿修羅に変わりはない」
「ググ、ハハハ! 佉羅騫駄か。小童め」
二秒でキャラケンくんが同じく左手で吊り下げられた。
「ヒューイイ……」
「キャラケンくん、息はできるか?」
残る三人、シッタくんとラゴくんに俺が、遥か下から見上げている。
「帝釈天の大足をおみまいする」
ズガアと右足を上げると、素早く俺達を踏み潰そうとした。
「やっべえじゃん」
「デス」
「そうやん」
急いで逃げたが、それどころではない。
爆風で吹き飛ばされた。
「次は、ゆっくりと大足をかますかな」
「他の人に迷惑を掛けるんじゃねえ。俺達は、裏の土手へ行くじゃん。矢切の渡しで、再会しようじゃんね」
「小童、約束を反故にするのか」
「人質がいるじゃねえか」
俺達三人は、さっさと、矢切の渡しへと移動した。
ずん……。
ずん、ずんずん……。
「こっちに来るやん」
「分かり易い足音じゃん」
「ワタクシは、渡し船を止めに行って来ますデス」
「了解じゃん」
帝釈天は、あの足で踏み潰すしか能がない。
どうにかして、逃れつつ、攻撃する方法はないのか。
短時間で考えるんだ。
「俺は、考える、考えるじゃん」
母さんに修学旅行へ行かせて貰った。
澄花と言う名からは想像できない程、手肌を荒らして、スーパーの調理場に立つ俺の母。
「俺が無事で帰らなかったら、心配するじゃん。お土産も渡せないし、もしかして、お別れの品になったら、泣かせてしまうじゃんね」
俺に備わっているのは、超聴覚のみ。
これでは、攻撃も防御もできない。
「考える、考える、考えるんじゃあ――!」
帝釈天が人質二人を手に、大きな足を上げたときだった。
俺は、瞬時に飛んでいた。
「グ、ハハハ!」
「隙ありじゃん」
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
阿修羅大王の阿修羅琴がなびく。
「阿修羅琴の舞――!」
トゥルンと右手刀、ルンと左下段回し蹴り、ルンともう一回転しながら、左下段回し蹴り。
「グフ、痒くもないわ」
三連打したかと思えば、シャララと帝釈天の上空に舞い上がり、ラランと脳天へ切り込むように両の足をねじ込む。
ツァルルルと反動で赤髪から離れて、延髄に右足を叩き込んだ。
「グブア! 蝿が止まったかいの」
俺は、大きな手で追い払われた。
飛翔し続けて、下の川へ目をやる。
「大丈夫デス。対岸に舟を停泊させてありますデス」
シッタくんの行動は正しかった。
「了解じゃん」
俺が阿修羅琴の舞をしている内に、ラゴくんが姿を消していた。
「おのれ、飛び回りおって。小童め!」
「手の鳴る方へ来るがいいんじゃ」
態と大きな動きで、俺が目を引く役を買って出る。
「もう一度、俺の攻撃を喰らいたいんじゃんか? 帝釈天よ」
きっと、ラゴくんが出て来る。
吊られている、バチくんとキャラケンが辛そうだ。
短期決戦で救い出し、五人揃って戦わなければならない。
「帝釈天の太刀!」
手刀が大振りだが、四十四回繰り出された。
俺は、避けるのが精一杯だ。
これでは、ラゴくんがバックから出難いだろう。
「グ、ハハハハ! 降参して、お前も食わせろ」
「俺を食う? 帝釈天、食うとか考えてんじゃんね?」
うっぷと口元を手で覆った。
気持ち悪いと顔に出てしまったか。
己の手を払い除けた。
「グフヒヒ。美味しく召し上がらせて貰ったがの」
「ここには、五人いるじゃんね。誰の話じゃん?」
俺は、溜め息混じりに呆れていた。
人の形をしたものを喰らうだなんて、どうかしている。
「ヒヒ。怒れ、怒れ。怒るがいいわい」
一瞬、態度で分かった。
俺達が探し求めているのがいない。
「凱よ、我の震える心を伝えてくれ」
分かる、大王よ。
「舎脂様は……」
そうだ、帝釈天の側へ行けば見つかると思っていた。
「舎脂様は、どこだあ――!」
心が燃え立つようだ。
見たこともない阿修羅大王の愛娘に、俺の胸の中で阿修羅琴が鳴る。
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
◇◇◇