第3話 四王勢揃い
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
「阿修羅琴の音じゃん! 舎脂様と帝釈天が近いんじゃんね?」
俺は、がむしゃらに三面六臂の阿修羅像を後にし、境内へ飛び出した。
「あああ! 助け、お助けあれー」
「あの声が、舎脂様じゃね?」
興福寺は、東西に様々な建物がある。
南東から探して行こう。
春日大社からの道と国道一六九号線の交差点に鳥居がある。
南に石碑などを見て、そのまま南にまた「菩提院大御堂」を目印に右へ曲がると、東に会津八一歌碑と「大湯屋」を南にして、北に大きな「本坊」がある。
そして、北へ行くと、先程までいた阿修羅像のある『国宝館』にいたる。
その南に薬師如来坐像などがある『東金堂』と直ぐ南に「五重塔」がある。
もっと先に五十二段の階段へ出てしまうので気を付けよう。
この北参道へ通じる道の西側に南大門跡があり、般若の芝や不動堂がある。
その北の向かいが中門跡となっており、回廊を挟んで、朱塗りの柱が立派で興福寺伽藍の中心的な『中金堂』がある。
その両脇には経蔵跡が東に鐘楼跡が西に、北には「仮講堂」がある。
さて、西へ向かうと北に「北円堂」が回廊に挟まれており、薪能金春発祥地の石碑や「西金堂跡の碑」があり、南へ向かうと、経納所と一言観音堂の側に「南円堂」がある。
さらに延命地蔵尊や摩利支天石を過ぎ、「三重塔」を見、最も西には興福寺会館がある。
「どこにも姿がないじゃんか。でも、この声は遠くないじゃん。これが、いつでも耳を澄ましているような超聴覚というものじゃんね」
舎脂様が、見当たらなかったので、残念だった。
「我なり、凱。この興福寺で、他の王に出会えよう」
「ええ? またしても大切なことをさり気なくじゃんね」
「愛娘を捜しつつ、我らへの加勢に期待しようぞ」
「了解!」
腹の中で話をするのを本当の腹を割った間柄ではないかと奇妙な感覚に包まれた。
「阿修羅大王に、仲間の四王がいんじゃんね。力になってくれるかも知れないじゃん」
俺と同じ『灼熱の腕釧』が目印になるのか、それともオーラかと目を凝らして捜し始める。
「おーい、羅睺、婆稚、佉羅騫駄、毘摩質多羅! 俺は大王の阿王凱じゃん。仲間になって欲しいじゃんね」
トゥルンルンルン……。
シャララララン、ツァルルル……。
「誰かがいる証じゃん」
近くの本坊の方へ行くと、『灼熱の腕釧』をした人がいる。
右正拳を繰り返し出していたが、俺に気付いて止めた。
どう見ても見なくても、四王だろう。
「俺は、阿王凱。正学園高校一年。よろしくじゃんね」
俺の方から手を差し出す。
握手に応じてくれた。
「僕は、奈良と近場から来た。馬酔木咲華だ。水鏡高校二年だよ」
薄いが整った眉で、瞳は水色で俯き加減の目をしている。
髪は虹色をしており、腰までありそうなのを右で軽く結わえている。
華奢な顎が壊れそうだ。
「こう見えても男だからな」
そう言いつつ、彼は美しい髪を掻き上げた。
キラキラと、虹色が光る。
彼の姿も、阿修羅像と似て、全身の体色が赤くなっている。
上には虹色の条帛、下には赤が主な虹色の模様をした腰巻を身に着けている。
草履は、鼻緒が虹色の板金剛だ。
「馬酔木くん、修学旅行じゃねえの?」
「奈良から京都だと、地元感極まりないんで、僕の高校は広島に行くんだ」
馬酔木くんは、口の端を引いた。
「所で、僕が誰だか分かるか?」
「自己紹介していて、どうしたんじゃん」
「四王だよ」
それなら、思い当たる節がある。
「んー、じゃあ、キャキャキャ……」
言い難くて長い名だ。
「佉羅騫駄だよ! 分かってんなら、詰まるな!」
「なら、キャラケンで、OK、OKじゃん」
「おい、『駄』は、どうしたんだ」
キャラケンくんが虹色の髪を掻き上げる。
自意識過剰かと思った。
「僕の超視覚によればだ。才能あるシルエットが兵庫から動いたようだ。僕が光に包まれて降臨を受けているとき、近場でもそれを感じたが」
「じゃあ、この近くじゃんね」
闇雲には動かないで、慎重に近辺を探る。
五重塔と東金堂の間へも来てみた。
紫の塊がこちらが来るのを待っていたようだった。
『灼熱の腕釧』をしっかとはめている新型人間にアルカイックスマイルで迎え入れられる。
「俺は、大王だから、アシュ。で、この色男は、キャラケンくんじゃん。すると、君は誰じゃんね? 高校生?」
「ワタクシは、摩耶香、光高専二年デス」
「おー! 凄い、高専じゃんかあ。俺は高一、キャラケンくんの方は高二じゃんね、話が合うと思うじゃん」
彼の眉は軽く吊り上がっている。
瞳は透明に近い人口のもので、六角形をしているが、事故にでも遭ったのだろうか。
薄紫の髪が背中まで波打って後ろ姿は人形のようだ。
顎は卵型で可愛い感じすらある。
「もしかして、毘摩質多羅? シッタくんでいいじゃんね」
「ワタクシもよろしくお願いいたしますデス」
彼の姿も、阿修羅像と似て、全身の体色が赤くなっている。
上には薄紫色の条帛、下には赤が主な薄紫色の模様をした腰巻を身に着けている。
草履は、鼻緒が薄紫の板金剛だ。
「俺達さ、今な、阿修羅大王の愛娘を捜しているんだよ」
「了解しましたデス」
どうにも可愛い感じがして、仕方がない。
俺のタイプって、特にないけれども、アイドルだと白鳥小雪ちゃんは推し。
「推してるんじゃん、俺」
「どうしたよ、アシュ」
「いやあ、白鳥小雪ちゃん、知ってるじゃんね?」
真剣白羽取りをされた。
「さあな」
「ガーン! 宇宙一可愛いじゃん……」
三人で中金堂の方まで来た。
がたいのいいのが、『灼熱の腕釧』を装着中だった。
スマートフォンで写真を撮ってみる。
中からは、人間ではなく、四王が振り向いていた。
「こ、怖いじゃんね。彼に画面上からタップしてみるじゃん」
ピルウルルウルル――。
そちらから電話が架かって来た。
折角なので、ビデオ通話にした。
赤い筋肉を自慢気に確認しているポーズから、ぐるっと回ってドアップが映った。
キャラケンに続いて、自分大好きくんだろうか。
「稚田は、名を稚田篤幸と申すっす。魁北高校三年も終わろうとしているっすよ。ワハハ」
「どこかで聞いたことがあるじゃん。どこの高校じゃんね?」
「秋田っす。野球などが強豪校入りしているっすよ」
眉が太目で逞しい。
瞳は、濃い紫で、キョロッとしている。
髪は、群青色の両脇を刈り上げて、顎が逞しい。
「稚田の身に、怪異が起きたっすよ。婆稚が降りて来たっす」
「おお! じゃあ、バチくんでいいじゃんね。俺は阿王凱。で、アシュでよろしくじゃん」
彼の姿も、阿修羅像と似て、全身の体色が赤くなっている。
上には群青色の条帛、下には赤が主な群青色の模様をした腰巻を身に着けている。
草履は、鼻緒が群青色の板金剛だ。
「漢字が苦手そうっすね」
「学年三位じゃん。それはないじゃんよ。仲良くしたくって、愛称で呼びたいんじゃん」
キャラケンくん、シッタくん、バチくんが揃った所で、活を入れた。
「後、一人じゃね!」
拳を作って、振り下ろした。
「そうなんっすか。稚田も匂いを探ってみるっす。超臭覚なもんっすよ」
バチくんは、くんかと嗅いで、最後の一人が一番奥のバスだと言い当てた。
タイヤが熱を持っている匂いらしい。
「そのようデス。ワタクシの超味覚が役に立たなそうデス」
気まずそうに、俺に頭を下げた。
そんな、気遣いは不要なのに。
「僕のは、ビューティフル魂に近い超視覚だよ。一番いいと思うけど、どうなんだろう」
猫みたいに、カカッと髪を搔き上げた。
悪いけれども、俺達でチームを作りたい気持ちがある。
「キャラケンくん、皆で探すじゃんね。それに、超感覚に優劣はないじゃん」
キャラケンくんが、一度腕を組んでそっぽを向いたが、軽く振り向いて頭を垂れた。
悪気はなかったのだろう。
五十二段の階段を駆け下りる。
「んー。んんんん? あの餅隠しじゃんね?」
観光バスの辺りにあの目立つ悪友を見つけた。
彼の姿も、阿修羅像と似ている。
それと分かってか、バスの学ランから離れようとこっちへ走って来た。
すっかり、全身の体色が赤く、上には深緑色の条帛、下には赤が主な深緑色の模様をした腰巻を身に着けている。
草履は、鼻緒が深緑色の板金剛だ。
「どうしたのさ。美久羅くん」
「この腕輪か? 事情はよく分からないが、俺には神が宿ったらしいやん。日頃の行いか? ふふふ」
後ろの集団を気にしつつ、こちらへやって来たようだ。
「すると、残りは、羅睺だから、美久羅くんはラゴくんでいいじゃんね」
「軽っ。どうするやん! 凱」
俺は、仕切り直した。
「こちらから、ラゴくん、バチくん、キャラケンくん、シッタくんじゃん。俺は、アシュじゃんね。よろしく」
「オレや、よろしくや」
「稚田もよろしくっす」
「僕もよろしくだね」
「ワタクシもよろしくお願いいたしますデス」
輪になって中央へ拳を突き出した。
五人が星のように輝き出す。
「この天地鎧状態で、皆の力を貸して欲しいじゃん」
せーのと、息を吸いこむ。
「おうや!」
「おっす!」
「舎脂様の為に!」
「デス」
俺達は、一丸となったと思った。
そこへ、田仲達の班が来た。
「やっべえじゃんね」
「どうしたやん」
帝釈天のいそうな所を超聴覚で探ってみる。
「ちょ、灯台下暗し。東京の方じゃんか。超視覚はキャラケンくんじゃんね?」
班の連中に、先に帰るとは言い難い。
そもそも、はぐれてしまったことも伝えられない。
こんな、筋肉体型のモデルは、ある意味需要がありそうだが、友達としての需要は、今はない。
どう伝えようか。
「アシュさん、稚田が、お困りごとを引き受けるっすよ。超臭覚で、あの人らと同じ昼飯を食ったのが分かったっす。お仲間なんっすよね」
バチくんが、拝観料を支払った際に貰った紙にさっとメモをして、紙飛行機に変形させると、班長の頭に当てた。
キャラケンくんが大笑いしており、シッタくんは、飛行機を人工的な瞳で見ていた。
ラゴくんは、同じ修学旅行をしている身として、心配してくれているようだった。
「班長、なんですか? それ」
「阿王凱が、腹痛で班行動を離れるってさ。先生らと合流できるといいんだけど」
小さな紙飛行機を開いて、田仲くんが溜め息をつく。
「紙飛行機ねえ。阿王くん、一緒に、阿修羅像まではいたのにね。次のコースへ行こうか。きっと元気に帰って来るよ」
◇◇◇




