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プロローグ

 ヴィスマール皇国は大陸の半数を支配している巨大な国家であるが、建国時は大変小さな国であったと歴史書には記されている。純血を尊ぶ国々から迫害された人々が集まり、集団となり、争いの果てに国へと移行する変遷を歴史家達はあらゆる言葉で評する。

 国の始まりからしてあらゆる民族が混じるこの国は今でも多種多様な種族が集まっているが、周辺各国からやっかみの言葉があれど、糾弾される事は無い。 ヴィスマール皇国の有する軍事力、経済力、政治力、貿易力などを上回る国が無いというのが最大の理由であろう。

 また、皇国は強大な権力を有するが、頂点となる皇帝は必ずしも建国時の王の一族ではないというのが特徴だ。小さな王国が集まり大きな皇国へと変化していく中で、皇帝には強い抑止力が与えられる。権力に驕らず、国を亡ぼすなかれ。これは高位貴族や宰相をはじめとした重役たちにも同様に抑止の誓いを与えられる。強大な力を持つ国を傀儡とする事なかれという制約を破ろうとした愚王は、総じてその身の破滅を与えられている。

 皇帝は神が選ぶものであり、血に依存しないというのはこの点があげられるだろう。『印』と呼ばれる国旗にも描かれている大鷲が体の何れかに現れ、そのものが皇帝になる存在であるというのは国民であれば誰もが知っている事実である。新たな皇帝が生まれた時から現在の皇帝は力を衰退させていき、次代の皇帝が熟したと判断されると当代の皇帝の力は完全に消滅する。

 そしてそれは決して人族だとは限らない。皇国には人族、獣人族、鳥人族、人魚族、魔族、天翼族などあらゆる種族が住み、その時代に最適な者が選ばれるため、魔族が皇帝になったこともある。

 現在は天翼族の女が皇帝であり、40年ほどの治世を行っていた。次代は誕生しており、獣人族の獅子の男が皇帝になるべく力と知を吸収している最中である。

 純血主義の国からすればこの国は野蛮であるなどの水面下での声は絶えないが、国の頂点が絶対的であるからこそ1467年もの間、安定した国を維持できているという事実に変わりはない。


 そんなヴィスマール皇国には皇帝の『大鷲の印』のように体に『印』が刻まれるいくつかの一族がある。皇帝が生まれる事は無い代わりに国にとって重要な役割を与えられているが故に特別な印が与えられるのだ。これは皇帝とは違い、その血に宿る者の為、血を持たない者には現れる事は無いものである。また、その存在は表には出ず、知るのは皇帝のみとされているのは役割が決して清廉潔白なものではないからだろう。


 ユーファはその特別な一族の一つ、『シャオメイ家』の現当主であった。若干16歳でありながら、先代である伯父が気狂いになってしまった為に12歳にして当主にならなければならなかった少女は、現在非常に困った状態に陥っていた。

月花(ユーファ)、俺と結婚して?」

「お断りします」

「なんで? ユーファは俺の番なのに?」

「私は人族ですから、番などの概念はありません。私は貴方に対して何の感情もありません」

「ユーファはそうかもしれないけど、俺からしたらユーファは俺の唯一の番だから。だから、俺の家に連れて帰らせて?」

「それは許されません」

 表向きは教育と流通に力を入れている大商会のシャオメイ家の屋敷は、極東から呼び寄せた職人によって広大な敷地に二階以上のない造りをしている。高さはない代わりに余りの広さに始めてこの屋敷を訪れて一人になってしまった者は大体迷子になると言われている。貴人達の訪いもあるシャオメイ家の中で最も贅を凝らして誂えられているのは、現在彼女たちのいる応接間であろう。

 高名な画家の手による絵画、作り上げるのに時間がかかると言われている有名な工房の調度品、机一つにしても他に類のない材料と手間を掛けたと分かるそれらが絶妙なバランスで配置されている、そこでユーファは目の前に座る男のせいで眉間に皺を寄せ、盛大に溜息を漏らしていた。

 長寿であり賢さも強さも有している龍族の若者である男がこの屋敷を訪れたのは二日前のことである。表向きの商売も、本業である方でも来客が多いシャオメイ家では来る者は追い返すことなく招き入れるという家訓がある。ただの来客であれば使用人なり家令なりが相手をするのだが、龍族が相手となれば荷が重く、ユーファが対応するのは当然の流れであった。

 若いからこそ侮られやすいユーファは客人対応の際はしっかりと身を飾るようにしている。少しでも年嵩に見られたい為なのは、彼女の背丈が平均のこの年代の女性よりもはるかに低いからであった。だからこそ、仄かに青みを含んだ月白色の髪の毛を結い上げ人魚族から報酬として受け取った珊瑚と人魚の涙で誂えた髪飾りを差し、天翼族が織り上げた布で作られた服を身に纏い、魔族の中でも人の心を魅了する種族御用達の化粧品で顔面を作り上げたユーファは家令と共にこの部屋にやってきた。そして、男とは机を挟んで真向いに腰を下ろした彼女が男と視線を合わせた瞬間、男は立ち上がって身を乗り出し、そして大きな声で『俺の花嫁だ』と叫んだのだ。

 余りのことに目を数度瞬かせた彼女は、理解不能という表情を浮かべた後、人違いのようですね、お帰り下さいと使用人を手を叩く事で呼出し、その男を丁重に追い出したのだ。が、それから昨日、そして本日もまた男はこの屋敷にやってきて熱心にユーファを口説いているのである。

 最初は流してやろうかと思ったのだが、誘拐を示唆された瞬間、ユーファは冷静に凍てつく声で切捨てる。一族の長であるユーファにはしなければならない仕事があり、捨てられるようなものではない。当主は結婚して子を作る事を無理にする必要はないのだが、一族の血は途絶えさせてはならない為、子を作ることが出来るのであればしたほうがいいという考えがある。

 ユーファは己が結婚して一族を捨てて出ていく事など出来るはずはなく、婿を取るつもりでいた。だから、目の前の男が熱心に求婚して来ようとも断るしかないのだ。長椅子の背凭れに僅かに背を預け、最早表情を取り繕う事も出来ないユーファは眉間の皺をそのままに、事実を淡々と述べる。

 室内にいるのは目の前の男とユーファ、そして家令のタオだけだが、部屋の外には使用人が数名控えている。

 卓上にはこの部屋に来て直ぐにタオが入れた茶が注がれた杯があり、ユーファの好物の菓子も添えられているのが手を出す事が出来ないままだ。

「私は一族の長です。花嫁として出ていくつもりはありません」

「じゃあ、俺が婿入りしたら良いの?」

「は?」

「そういう事だよね? 嫁入りが出来ないなら、俺が婿入りすればいいだけの話なんだろ?」

「ま、待ってください。私の記憶間違いでなければ、龍族は基本的に龍の里から出ないですよね? 婚姻相手が異種族であっても必ず里につれて帰るのが掟ではないのですか?」

「それは力の弱い者たちの話。ある程度の力のある奴らなら龍の血を狙ってこられても撃退できるから、外で生活してる奴らもいるよ」

 龍族は圧倒的な力を持つからこそ排他的である、というのは世界の常識だろう。ユーファも当主教育を受ける上で様々な種族の勉強をしたが、特に龍族とは争ってはならないという点から相当の勉強をした。その一つが先ほどの婚姻の話で、だからこそ里に帰らなければならない龍族とここから出られないユーファは一緒にはなれないのだと、その点で説得しようとしていたのに、その前提が崩れてしまった。

月花(ユーファ)、君が問題にしていたのはそこだけだろう? なら、何の問題もなくなった。だから、俺を婿入りさせて、俺と結婚してよ」

「……私、貴方の名前も知らないのよ」

「俺の名前はリェチェン。俺の名前を君に捧げさせて」

「貴方、分かってるの? 名乗るってことは」

「分かってるよ。だから言ってるだろう? ユーファは俺にとっての唯一の番だって」

 龍族の名乗りは相手への信頼、思慕、敬愛を意味する。名前には強い力があり、制約を課すことも出来る。龍族にとって余程信頼できない限りは名乗ることなく、龍族の顔を知っていても名を知らなままという事も往々にしてあるのだ。そんな大事な名前を出会って三日目の少女に渡すにはよほどの理由がある。龍族にとっての番とは、長い時を共に生きるだけでなく、龍族の力の底上げにも繋がる。だからこそ、龍族はただ一人の番を大事にする。

 ユーファは自分がリェチェンにとってのその番であるという事実が未だ信じられないまま、渡された名前から伝わる熱く強い気に当てられてしまい、ぐらりと体を傾いでしまった。

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