第43話「これは私の”秘密”の話なんです。それを明かさなければいけない」
ディーデリック殿下に扉を開けてもらう。
一国の王子にこんなことをさせてしまうなんて。
そう思いながら、彼と視線を交わした。
「お姉さんを呼んでもらって、ありがとうございます、殿下――」
「いや、君との約束だ。それではフランシス、また後で」
アマンダからの礼に応えて、スッと部屋を後にするディーデリック殿下。
……まったく、使用人にやらせればいいことをこうも手厚く本人に。
ただ、今の俺が感じている緊張は殿下からの厚遇だけが原因ではない。
先ほど俺とバッカスが待たされていた部屋よりも豪華な場所。
ここが一番かは知らないが、応接室としての格が高いのは分かる。
最初はレンブラントとディーデリックが、ここでアマンダから話を聞いた。
その後は、王子と彼女の2人きり。
殿下は俺が怒るようなことをアマンダに提示したと言っていた。
なんとなく想像はつくし、直に向き合うと輪郭が色濃くなってくる。
――鋭利な表情をした彼女を見ていると。何か覚悟を決めた者の眼だ。
「怖くなかったか? あの王子サマは」
「ええ。それどころか、とてもよくしてもらいました。
お姉さんと2人きりにして欲しいって言ったら、わざわざ」
「それはあいつが俺に話があったからだ、あまり気負わなくて良い」
アマンダちゃんの向かい側に腰を降ろす。
直後、彼女が空のティーカップに紅茶を注いでくれた。
「フランシスさんのことは伏せておいたんですけど、大丈夫でした?」
「ああ。そういえば釘を刺せてなかったね。ありがとう、それが正解だ」
俺の本名がフランクであること、元々男であること。
アマンダには教えているけど、ディーデリックは知らない。
一応、そういうことにはなっている。
「良かった。私のせいで秘密がバレなくて……」
不安げな瞳がこちらを伺っている。
――王子に何を吹き込まれた?なんてことを聞き出すつもりだった。
しかし、どうもこの感じ、アマンダが俺に話したいことがあるらしいな。
「……あの、お姉さん」
しばし待った甲斐があった。踏ん切りをつけたように彼女が口を開く。
「なんだい? 今はもう追われていないんだ。震えることないよ」
震える彼女の手に少しだけ触れる。
普段はこんなことしないのだけれど、相手は子供だ。
それにフィオナならこういう時にこうしてくれるだろうって。
「……あ、ありがとうございます。いえ、この震えは、その」
右手をひっこめた彼女は、スッと息を吐いてこちらを見つめ直す。
この部屋に入った時と同じ鋭利な表情だ。
「これは私の”秘密”の話なんです。それを明かさなければいけない」
「震えるくらい緊張するなら、無理して明かすこともないだろう」
「いいえ。それでは僕の気がすみません。あなたにここまで助けられて」
彼女は両手で自らの髪に触れる。特徴的な長い髪に。
その瞬間、今まで断片的に思っていたことが一気に繋がるような感覚が走る。
けれど、驚きを隠すことはできなかった。
長い髪を外し、その下に隠されていた短い髪を揺らす様を見せつけられると。
「……マジかよ、お前」
「すみません。本当ならもっと早く、あの洞窟で話すべきだったのに」
「いや、なるほど。それであの殺し屋はアマンダって名前に反応しなかったと」
なんて後から取り繕ってカッコつけてみる。
しかし、マジか……エド爺の孫娘だと思っていたのが、男だったとは。
昔の俺ならともかく、今の俺でも気づかない程度の化粧とウィッグだけで性別を偽って、ここまで来たのか。元々の顔の造りが良すぎるな。
「――追われていたので、少しでも相手を騙せればと。母の教えで」
ニヤリとした笑みを浮かべるアマンダ少年。
いや、アマンダってのも偽名だろうな。となるとベネディートもだろうか。
母方の名字を使っているだけで実際には父方の姓が。
「魔術師は、魔法を使わないフェイクに弱い」
「ハッ、クソガキが。大正解だよ、俺もあいつも騙し切った、大した役者だ」
「いいえ。騙せたところで、僕1人では生き残れませんでした」
どんなに上手い偽装を施して追っ手を撒いたところでゴールが割れている。
確かに勝ち目のある逃避行ではなかった。
しかし、殺し屋の周到な仕掛けは、目標を見失っていた反動だったか。
いつか来るということしか知らなかったから、あんな手の込んだ真似を。
エド爺を殺して屋敷を押さえるという行動に出たということは、アマンダの到着時期に推測を立てていたか、依頼主にでも急かされて後がなかったのか。どちらにせよ、もう分かることではない。あの男は死んだのだ。
「……アマンダ、教えてくれないか? 君の本名を」
「もちろん。そのつもりで貴方を呼びつけました。お姉さん」
紅茶を飲み、乾いた喉を潤す。奇妙なまでに喉がカラカラだった。
しかし、こうして男としての表情を見ているとエド爺に似て……似てねえな。
こんな愛らしい顔立ちじゃなかった。若い頃は知らないが。
「――僕の名前は、マルセロ・アルフォンソ」
ッ、アルフォンソだと?!
「地方領主、貴族の生まれなんだな」
「ハハ、流石は王子様のお知り合いだ。くわしいんですね?」
「いいや、貴族になんて特別詳しくないよ。ただ地元が近くてさ」




