第41話「人を殺せる冷徹さなんて、持っていない方が良い」
「いや、お前らと一緒にいたら互いの手の内をポロっと零しそうだからよ」
そんなバッカスの言葉を聞いて、当たり前のことなのだが、こいつは俺の手の内もよく知っていることを思い出した。レンブラントのことだけではなく、俺自身のことも。両方を知っているのだ。下手を踏めばどちらかに怒られる。
「――気を遣わせてしまいましたね、バーンスタイン殿には」
「良い男だろ?」
「ええ、気持ちの良い方だ。冒険者の良い面を体現していると感じます」
バッカスと入れ替わりで俺の目の前に腰を降ろすレンブラント。
「貴方と同じようにね。長い時間、命を預け合っただけのことはある」
「ははっ、そいつはどうも。
でも、あいつと上手くやってるんだ。アンタらもそうなんだろ?」
こちらの言葉を聞いて悪戯な笑みを浮かべるレンブラント。
「騙しているだけかもしれませんよ? 気の良い貴方たちのことを」
「お前はともかく、ディーデリックはそうは見えないな」
「――ふふっ、言ってくれますね。
ただ貴方が彼をそう評価してくれているのは好ましいことだ」
きっと、ディーデリック・ブラウエルにとっては代わりのいない忠臣なんだろうと理解している。その意味では実力は信頼しているが、どうも底の知れないところがある。魔術師が魔術師に抱く警戒感なのか、どうにも。
「……アマンダはどうしてる?」
「殿下がまだお話を」
「2人きりにして良かったのかい?」
鎌をかけた。あいつが魔法使いであることを見抜いているか、否か。
「ええ、敵意及び装備がないことは見極めましたからね」
治癒魔法の使い手であると見抜いているとも、いないとも取れる受け答え。
流石だな、レンブラント。上手くかわされてしまった。
「それで、何があったんです? ここに至るまで」
「言ったはずだぜ、アンタが使ったあの魔法、あれを教えてくれれば話す」
そう言いながら手首をなぞる仕草を見せてみる。
あんな容赦のない魔法、初めて見た。
「ふふっ、ご覧になった通りです。それ以上でも以下でもない。
それに貴方は私に交換条件を出せる立場じゃない」
「――そう言われると痛いな。実際、一方的に頼らせてもらった」
こちらが素直に認めたからだろうか。
レンブラントが、毒気を抜かれたようにキョトンとした顔を見せる。
ほんの一瞬ばかりだけ。
「……ええ。ただ、やれたはずだ。貴方の実力ならば」
「アマンダを守り切って、あの殺し屋を無力化することを?」
「はい、こんなところに駆け込まずともね」
……あの男を、殺していれば、ということだろうな。
レンブラントが俺のことを高く買ってくれているのはありがたいが。
「どう、だろうな。実際にはやれなかったし、やる自信もなかった。
貸しを作ってしまったね、レンブラント」
「……ええ、冒険者らしいと言えば冒険者らしいのでしょうね」
れっきとした戦闘職でありながら、対人戦が極端に少ない職業だ。
レンブラントのような人間と戦うことが当然にある業種とは異なる。
「甘さが出た。悪かったよ、おかげで王子に厄介ごとを」
「いいえ、彼は今回の一件を利用する気満々です。
おそらく貴方に感謝するくらいになるかとは――」
利用する……? 今回の一件を、一国の王子が……?
「それに私としても迷惑とは感じていない。
貴方を甘い人間だとは思うが、だからと言って迷惑とは思わない」
「……意外だな。アンタには散々文句を言われる覚悟でいたんだけど」
不敬罪に問われることも覚悟していた。
いや、ディーデリックとの関係があるからないだろうとは思っていたけど。
ただ少なくとも殿下は許しても、こいつは許してくれないとばかり。
「……そうですね、私も自分がこんな風に感じているのは少し不思議だ。
ただね、フランクさん。人を殺せる冷徹さなんて、持っていない方が良い」
……本当に意外な言葉が、意外な男の口から出てきた。
この場所でこいつが俺のことをフランクと呼ぶのもそうだが、それ以上に、お前が言うんだな。人を殺せる冷徹さなんて持っていない方が良いなんて。
「私は、慣れているからやれるだけです。甘さを残せなかっただけのこと。
けれど、貴方はそうではない。他人と戦うこと、殺めることへの忌避がある」
殺人においては、まだ処女だからな。
あの男は”俺の初めてになりたい”とか悍ましいことを言っていたが。
結局、かつてレオ兄にやらせてしまったように、今度はレンブラントに。
「そうでありながら、他者を守れる戦士である貴方に敬意を表します」
まさか、このタイミングで、この男からこんなにも真っ直ぐに。
正直、考えてもいない言葉だった。
だからどう答えればいいのか、分からなくて。
「……冒険者という仕事は、良い仕事ですね」
「最初は乗り気じゃなかったって」
「そりゃね。殿下を死地に立たせるし、我々の手の内も知られやすい」
なんて語りながら微笑むレンブラントの表情が、とても優しげに見えた。
「ただ、戦闘職でありながら、どこか私の知らない快活さを持つ人間が多いと感じていた理由が分かりました。私のような人種とは似て非なる生き方をしていると」
……そう呟くレンブラントを見て、あの男の言葉を思い出す。
レンブラントに向けて”本当の意味で同業者”だと。
「お前もそうなのか? あの男が言っていたように、あの男と同業だと」
「ふふっ、ご安心を。殿下の命令で暗殺をしたことはありませんよ」




