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第37話「しかし、君は人を殺したことがないだろう――」

「しかし、君は人を殺したことがないだろう――」


 奴の言葉に、過去がフラッシュバックしてくる。

 ダンジョンの中での対人戦。あの場に宿る独特の狂気と、対処法。

 それをレオ兄が教えてくれた。彼の凍て付く刀剣を持って。


「――その意味で君は無垢な処女だ」

「じゃあ、お前で卒業だな」


 つまらない揺さぶりだ。殺人の経験が何だってんだ。

 必要なら俺はお前を殺せる。

 まだ聞き出すべきことがあるから殺していないだけの話だ。


「ッ……!!」

「気づくのが遅すぎだ」


 暗殺者、その真後ろにはゴーレムが控えていた。

 土で出来たゴーレムだ。強度は低いが即席で作れる。

 エルキュールの奴がよくこれで水増しして数だけ稼いでいた。

 高度な操作はしていなかったが、動く壁にも価値があるのがダンジョンだ。

 そして今、このゴーレムは暗殺者の頭を殴り飛ばした。


 俺につまらない揺さぶりをかけている隙を使って、存分に助走をつけた一撃を叩き込む。ただでさえ土の重さは凄まじいのに、これを食らったらまともに立ち上がれないだろう。


「――押さえ込め。決して逃がすな」


 フラついて立ち上がれない暗殺者の上からゴーレムがのしかかり、土へと戻る。

 それも元の土よりもずっと固く。これで完全に拘束した。

 抜けることはできない。顔以外はすべて土の中だ。


「さぁ、これで最初に戻ったな。名前と目的を話してもらうぞ。

 どうしてエド爺を殺した? どうしてアマンダを狙う?」


 男の頭に向けて、魔術式を展開する。

 俺が少しでも力を入れれば、脳天に穴が開く。

 どんな一手を打ってこようが即座に殺すことができる。


「アマンダ……? ハッ、答えると思うかい。私は殺し屋だ」

「ふん、金で雇われているだけだ。依頼人への義理もないだろう」

「生憎とそうじゃないのさ。君たちみたいな冒険者とは違う」


 何だ……? 殺し屋には背負うものがあるとでも言うのか。

 自分の命以上に依頼人なんて守って何の意味がある?

 いったいどういう背景でここに居るんだろうか、この男は。


「――君の”初めて”になりたいな」

「ハァ……?」

「俺はもう失敗している。策は弄しているが報われないだろう」


 なんだこいつ、またお得意の揺さぶりか。

 脱出するための策を弄しているだなんて、なぜ口にする? 今、ここで。


「この土の拘束を抜けたら、君から逃れることができれば、私は目標を殺す。

 それが仕事だからだ。それが私の義務だからだ。

 しかし、戦士として俺は君に完全に敗北している。だから――」


 ”――君のような怪物の”初めて”になりたい”


 男の言葉、そして、その虚ろな瞳にゾクリとした悪寒が走る。

 違う、こいつは違う。俺の知っている人間という枠の外にいる。

 なんなんだ、どう育てば、どう訓練されれば、こんな風になるんだ。


「――フランシス、そいつから離れるんだ!」


 聞き覚えのある声、俺が頼ろうとしてしまった彼の声が響く。

 ディーデリック・ブラウエル、その人の声だ。

 どうしてもそちらを向いてしまい、彼がそこに居ることに安心して。


「な、……?!」


 一瞬ばかり反応が遅れた。

 土の中に亀裂が走り、強烈な爆発が起きることに対して。

 防御障壁を2枚用意すれば済む話だというのに。


「っ……なぁ、フランク。やっぱりお前には、俺が必要みたいだな」


 人が着込んだ鎧独特の温度、そのぬるさ。

 そして、何度も感じたことのある腕の逞しさ。

 この身体になってから、戦場でこの腕に抱かれると、今まで以上に感じる。

 バッカス・バーンスタインという男への信頼を。

 真っ当に強く、真っ当に鍛え上げた戦士だけが持つ安定感を。


「バッカス――お前、また足速くなったか?」

「まぁな。俺はまだ現役、まだまだ進化中だよ」

「ハッ、レンブラントの魔法だろ? 人にはこの距離は詰められねえ」

「新しいパーティの力だ。誇っちゃダメか?」

「……ううん。助かったよ、本気で」


 本当、戦う時にこいつが居てくれると安心感が違うんだよな。

 もうここからは負ける気がしない。

 しかし、暗殺者の方は土から抜けた瞬間に”そっち”に向かったか。

 俺を突破するのは無理だと判断したところまでは良しとして、よりによって。


「――動くな!!」


 器用に拳銃を蹴り上げて拾い直したんだろうか。

 そうでなければ、俺とバッカスが話している短時間でこうはなるまい。

 よりにもよってディーデリックを人質に、そのこめかみに銃を向ける体勢には。


「……ふむ、ここで私を人質に取るか。どういう目算かな」

「捨て鉢は捨て鉢だが、一番強いあの女を黙らせる唯一の手段だ、違うかい?」

「なるほど、そういう作戦か。理解はしたよ――」


 俺に勝てないと悟った暗殺者は、この場に現れたディーデリックに目をつけた。

 剣を提げているとはいえ、得体のしれないレンブラントや鎧を着こんだ騎士であるバッカスに比べれば最も人質に取りやすく”見える”のは事実だ。


 そして人質さえ取れれば、俺を黙らせることができると考えたのだろう。

 開拓都市に対するリサーチ不足は否めないが、作戦としては悪くない。

 というより、もうそれくらいしかないのは事実だ。既に勝つ目はないのだから。


 だが、問題はレンブラントだ。

 あんな男に、ディーデリックの身体を拘束させるなんて正気か?

 お前はその程度の魔術師だったのか?

 ディーデリックもディーデリックでなぜ抵抗しない?


「――”名誉の死”は、私からは与えない。

 王族と刃を交える名誉も、拳を交える名誉も、貴様には与えん」


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