第35話「意表を突いたときにトドメを刺せないというのは、こういうことだ」
「――流石は現地人だ。だが、こちらが一枚上を取った」
ッ……いったいどういう仕掛けだ?!
俺たちが稼いだ有利、現在地の隠蔽を一瞬にして失った。
いくら搦め手への対策を怠らないとしても、真っ直ぐに開拓都市中心部へと逃げるルートよりこんな辺鄙な場所を優先するはずがない。
だというのに、詰所のど真ん中に魔術式が走って、いきなりここに現れた。
光景だけで言えば、完全に転移魔法のそれだ。
だが、これが無条件の転移だとしたらあまりにも高位魔法に過ぎる。
使いっ走りの殺し屋ごときが使える魔法じゃない。
それにこちらの位置をどうやって掴んだ?
先ほどまで走っていた魔術式を分析すれば分かるはずだ。
しかし、そんなことをしている暇はない。
まずは防御障壁を6枚同時に展開する。既にアマンダは俺の腕の中だ。
足の速い娘で助かった。
「ッ――!!」
暗殺者の放った弾丸は、こちらの防御障壁を5枚割ってくる。
一晩あったんだ。相手も何かしらの手を打ってくると考え、障壁を倍の枚数用意しておいて助かった。残り1枚となった障壁を通過させて炎の塊を放つ。
直線的な魔力の射出では相手への威嚇効果が低い。
ここは視覚で恐怖を誘おうとしたのだが――
「――なるほど、爆破への対抗策は用意済みか」
「意表を突いたときにトドメを刺せないというのは、こういうことだ。
もう一度言っておく。その子供を置いて立ち去ることだ。
これはブラフでも何でもない。君みたいな奴とは戦いたくないからね」
こちらが放った炎は一瞬で掻き消されてしまう。
相手が放り投げた魔道具から広がった魔力で消火されたのだ。
……あれもあれで見たことのないものだが、爆破魔法を俺が模倣したことからこんなものを用意して来るとは。どこまでも気の抜けない敵だ。
「なぜ、この娘を狙う……?!」
「――殺しに理由は要らない。仕事だからね」
防御障壁の再展開、さらにそれに色を付けて相手の視界を潰す。
数発で破られるだろうが、時間が少し稼げれば充分だ。
「こけおどしが――ッ、なに?!!」
防御障壁を破るための弾丸は、俺たちが元々いた場所を狙っていた。
だから当たるはずもなく、そして障壁が割れる頃には俺の一手が襲う。
乾パンなどの非常食が仕舞われていた棚。それをゴーレムに変えたのだ。
朝飯代わりに2人分の非常食を掴んで、窓から飛び出す。
複数の強化魔法を施したゴーレムだ。そう簡単に燃えはしない。
窓ガラスを叩き割っての脱出、そのまま脚力を強化し一気に走り出す。
「っ――怪我はないか? アマンダ」
「ええ、お姉さんこそ大丈夫ですか? 治しますよ」
「大丈夫だよ。もし怪我してても後で良い!」
棚から生まれたゴーレムは多少の時間を稼いでくれるだろう。
だが、林道の時のように撒けるか?
そうと思わない方が良い。理由はいくつかある。
まずは相手も相手で一晩の間にこちらへの対策を立ててきていること。
そして詰所の周りには遮蔽物がないことだ。
林に囲まれている訳じゃないから足跡を辿るまでもなく追うことができる。
さらに悪い推測が走る。
あの暗殺者は、こんな街の外れの詰所にまで予め術式を仕掛けていた。
おそらく人が近づいたときに感知できる類いのものだ。
となれば開拓都市の真ん中まで逃げられたとして、同じなんじゃないか?
ここに仕掛けられていたような転移魔法が街の至る所にあるのではないか。
……となれば、他の詰所に逃げ込んでもおそらく意味はないだろう。
逃げる先はどこだ? ギルド本部か? 遠すぎる。
それにギルド本部に冒険者がいるかは怪しい。
あそこなら手配はできるが、駆け込んですぐに腕利きが居るとは限らない。
「ッ……賭けになるな、これは」
既に遠く離れた詰所から大きな爆発音が響いてくる。
これでゴーレムは吹き飛ばされただろうな。来るぞ、背後から。
闇雲に走っても仕方ない。まずは人の多い場所に向かう。
だが、最終目的地は、どうするか――
「後ろから来ます! 左へ!!」
俺の腕に抱えられたアマンダが叫ぶ。
言われたままに左に距離を取って相手の弾丸を回避することができた。
凄いな、この娘は。この状況で後ろを見て俺に伝えてくれるとは。
……俺もできることはすべてやらなければ。すべてだ。
「アマンダ、もしかしたら不敬罪に問われるかもしれないんだが」
「えっ?! 何の話ですか?!」
「――全部を俺のせいにしろ、君は何も知らなかった! それで良いな!」
もう逃げ込む先はあの場所しかない。
暗殺者が絶対に魔術式を仕掛けられない場所。
そして、ギルド本部よりは腕利きの冒険者が居る可能性が高い場所。
ディーデリックが住む、王族の別邸へ。
あのレンブラントが身近に仕掛けられた魔術式に気づかないはずはない。
だから、あれ以上の安全圏はない。
下手したらマジで不敬罪に問われる気がするが、もうそれは賭けだ。
アマンダを守りながら、あの暗殺者をここで沈めることよりは勝ちの目が多い。
少なくとも人間社会で勝敗が決まるからな。
「――当てられねえよな、この距離じゃ」
まだ人のいない場所だ。相手も見境なく打ってくるが、当たる距離じゃない。
爆風が襲ってくる程度で、これなら防御障壁で簡単に防げる。
ここからディーデリックの別邸まで、何がなんでも辿り着かなければ。
「速度を上げるぞ。舌を噛むなよ、アマンダ――」




