第34話「さて、行こうか。アマンダちゃん。ここからが勝負だ」
――覚醒と睡眠の狭間、まどろむ意識。
その中で、母さんの足音を聞く。2階で眠っていた時の、あの感覚。
分かっているんだ、これは夢だと。
今でもたまに見るあのころの夢。
まだ自分が、生まれ故郷に居たあの頃の感覚。
そして、この夢では、いつも寝坊しているんだ。
現実には寝坊なんてしたことないのにな。
『――フランク! 朝よ!』
ビクンと身体が動いて目が開く。
咄嗟に身構えようとしてしまって、すぐにアマンダの笑顔が目に入る。
……ヤバかった。頭をぶつけてしまうところだった。
「あの、大丈夫ですか? うなされていたみたいですけど」
「……うん、大丈夫だよ。ごめん、ちょっと故郷の夢を見ていて」
「なにか、良くない思い出があるんですか? 故郷に」
母さんの夢と言おうとして、少し言い換えた。
この娘は、両親のことをまっとうに愛している。
俺みたいな奴の話をするのは悪影響だろう。特にこんな火事場では。
「まぁ、ちょっとね。そうじゃなきゃ、魔術師は冒険者なんてやらない」
――洞窟の外から差し込む光で、既にもう朝になっていると分かる。
健康的な睡眠時間としては短いが、この状況では眠り過ぎたな。
出発時間の理想としては遅い。
「さて、行こうか。アマンダちゃん。ここからが勝負だ」
――荷物をまとめ、洞窟の外に出る。
人のいるところを目指すとして、逃げる先はどこにしようか。
平日ならダンジョンの入り口に向かうという手もあった。
冒険者が集まる場所に逃げ込めば暗殺者1人くらい相手にもならんからな。
しかし、曜日感覚が狂っていなければ今日は休日。そうはいかない。
「街に向かうんでしょうか?」
「うん、ダンジョンに行くのもアリかなとか思ったんだけど、休みでさ」
「なるほど……せっかくの機会を逃してしまいました」
くすりと微笑むアマンダちゃん。
なぜか自然と手を繋いでしまっている。幼くて柔らかな手のひらだ。
まぁ、川辺で足場が悪いのだ。手を繋ぐのは悪いことじゃない。
これなら防御障壁もすぐに展開できるしな。
「あとは開拓都市のどこに逃げ込むかだな。
一番近いのは都市警団だが、あの殺し屋に対抗できるか怪しい」
「……あれだけの魔法使いですもんね」
あの爆破魔法に対抗できる戦闘力の持ち主か。
ここまで相手の手札が割れている状況なら、全盛期の俺たちなら獲れる。
レオ兄とバッカスさえいれば、アマンダを守りながら制圧できる。
……既にない過去を想い、同時に、彼の匂いを思い出してしまう。
初めて出会った儀式の控室、彼が暮らす別邸、そして銀のかまどの前。
彼が纏う爽やかな香水の香り、そして紫電に輝く髪とギラつく瞳を。
――何をバカな、一国の王子にこんな厄介ごとを持ち込んでたまるか。
あんな年下の子供を頼ろうだなんて何を弱気になっているんだ。
だが、あり得ない選択肢ではない。
休日だからバッカスが同行しているとは考えにくいにせよ、あいつは居る。
ディーデリック・ブラウエルの傍らには必ず、あのレンブラントが。
あの2人とならば、爆破魔法しか能のない雑魚なんて相手にもならない。
……いや、でも、やっぱマズいよな。相手は我が国の王子様だぞ。
まともな手段じゃない。まともな方法として考えるのならば、都市警団に駆け込んで助けを求める。そのまま冒険者ギルドに依頼を出して人手を集める、だ。
都市警団では心許ないが、ギルドから人を集められればどうとでもなる。
休日でも街中の依頼を待っている暇人で良い。5人くらいいればどうにかする。
「やっぱ、都市警の詰所だな」
川辺から開拓都市に戻るルートに、詰所があるのは記憶している。
ダンジョンから正規ルート以外で脱出した時のために地図を記憶しているんだ。
一番近いのがそこだ。そこならギルドないしは都市中央への連絡手段がある。
「戦力不足という話なのでは……?」
「ああ、だからそこから冒険者を呼んでもらう。俺のでも君のでもない魔法で」
「なるほど、あいつに目をつけられない方法で助けを」
最悪、伝書鳩か烽火だが、そこはまぁ良いだろう。
魔道具くらい置いていると思いたい。
俺は実際に使った経験がないから分からないが。
「――ゲッ、誰も居ねえのか」
都市警団の詰所、その近くまで来ると”整備された自然”って感じになる。
これくらいの長閑な景色がやたらと続くのが俺の地元だった。
少しは人間社会に戻って来られたとは思うが、まだ気は抜けない。
「勝手に入って良いんですか……?」
「緊急避難さ。鍵が開いてるってことはそう言うことだ」
まさか誰も居ないというのは予想外だったが。
このザマなら俺がギルド本部にゴーレムでも飛ばしてやろうか。
心配しすぎなだけで、あの暗殺者に俺の魔力を辿る力なんてない。
仮に辿れても、行き先がギルドなら巻き込むもクソもねえ。
ルシールやフィオナに向けた心配は必要ない。
アダムソンに迷惑が掛かるなんて望むところだ。
「何かありそうですか――?」
「……うーん、なんか道具はありそうな気がするんだけど」
都市警の詰所、その中を探索していた。
いくら休日とはいえ、何かしらの連絡手段くらいはあると思うんだよな。
乾パンとかの非常食は置いてあるし、何かこう――
「ッ――嘘だろ?! アマンダ!! こっちへ来い、走れ!!」
魔力が走るのが見えた。
一度見えてしまえば、なんでこれが今まで見えなかったんだ。
逆にそれが不思議で仕方がない。まだ俺の眼も信頼に足るものではないか。
「――流石は現地人だ。だが、こちらが一枚上を取った」
走る術式の中央。
あの男の声が聞こえ、魔道具の穴がこちらに向けられていた。




