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第33話「心配してるかな、ルシールちゃん」

 ――ぽつりぽつりと雨音が響く。

 いや、そんなかわいい音じゃないか。もっとこう、ぼつんぼつんと。

 そして背中で炎が音を立てて燃えていく。


 雨が降り出す前に枯れ葉と枝を集めておいてよかった。

 一晩くらいなら余裕で持つ。

 アマンダちゃんもようやく眠ったように見える。


 あまり良くないのだけれど肌着姿の彼女を見つめてしまった。

 深く目を瞑り、呼吸に合わせて胸が上下している。

 これなら大丈夫だろう。


「……お、かあさん」


 寝言として聞くには余りにも辛そうな声色。

 それが、彼女の潜ってきた地獄を連想させる。

 いったい、ここに来るまでに何があったのだろうか。

 俺は無事に彼女を帰してあげられるだろうか、人間の社会へと。

 軽々と人が殺されたりしない、真っ当な社会へと。


「――心配してるかな、ルシールちゃん」


 昼の間には戻れないとは言って出てきた。

 しかし、このまま一晩を越すのだ。きっと心配する。

 エド爺のところに泊ったんだくらいに考えてくれれば良いが。


 次に問題なのはトワイライトだ。今日は普通にシフトに入っている。

 演目はいつも通りフィオナとの2人のダンス。

 俺の帰りが遅いことでフィオナが察しをつけてくれればいいが。


 ロゼとしての俺目当ての客はそこまで多くはない。

 フィオナ単独の演目になったとしてもそこまでの実害はないだろう。

 まぁ、俺目当てに来てくれた客には悪いことをしてしまうが。


 ……鳥型のゴーレムを造り、フィオナとルシールに向けて手紙を出すか?

 なんて考えが頭に過らない訳ではない。

 そしておそらくそれは上手くいくだろう。9割型なんの問題もない。


 だが、ここで俺がゴーレムを放てば、あの暗殺者に察知される可能性がある。

 あの男がそこまで広い魔力探知網を持っているとは思えないが、万が一だ。

 そこから察知されれば、居場所が割られる。

 あるいはルシールかフィオナが巻き込まれる可能性はゼロではない。


 相手は、アマンダ1人を狙うためにエド爺を殺し、屋敷の中と遺体、そして林道にまで爆破術式を仕掛ける見境なしの用意周到な男だ。

 今のところ、奴は俺の正体を知らない。ゴーレムイーツのことも。ならば万一にでもルシールやフィオナが関係者だと知られることは避けたい。


 そのために何の連絡も寄こさないという不義理を行うことになるが、ここはもう後から頭を下げるしかないだろう。きっと許してくれるはずだ。あの2人なら。

 レナ姉には、みっちり詰められるかもしれないけど。


 どちらにせよ、生きて帰れれば笑い話で済む。

 生きて帰れれば――





「――もう少し、寝てていいよ? アマンダ」


 彼女の息が漏れるのが聞こえて、身体が起きるのが分かった。

 布がこすれる音がした。

 別に眠っていたわけじゃないけど、俺の意識は無に近づいていたな。

 よくこの程度の音に反応できたものだ。


「いえ、もう空も白んできました。

 すみません、眠れるかどうかなんて言ってたのに」


 よく洞窟の外が見えるな。確かに白んできてはいるんだが。

 ここまでの時間、相手が仕掛けてこないということは安全と見るべきか。

 あえて油断させていると見るべきか。

 どちらにせよ、洞窟の中に仕掛けているゴーレムは自動で迎撃する。


「長旅で疲れていたんだろう? ゆっくり休めたのなら良いことだ」


 決して見てはいないのだけれど、音で分かる。

 アマンダちゃんは、乾いた衣服を着直していると。

 俺はもう2刻み前くらいに着直していたが。


「お姉さん――」

「……なんのつもりだ?」


 両足を整えて、洞窟の中に座るアマンダちゃん。

 ポンとふとももを叩いてみせている。


「膝枕です。きっとこの鞄より眠れるかなと」


 そういって自分が枕代わりにしていた鞄を指差す。

 ……まぁ、確かにそれはそうだろうが。

 いや、しかし、犯罪じゃないか? 年下の女の子の膝枕って。


「元は俺が男だって……」

「――良いじゃないですか、少しくらいお礼させてください」

「良いなら、良いけど……良いのか?」


 恐る恐る彼女の膝に頭を乗せる。

 柔らかいな――けれど、程よく鍛えているのが分かる。

 筋肉の発達があると感じる。フィオナとはまた感覚が違うな。


「……こうしてお母さんに膝枕してもらうのが好きで」


 そう言いながら俺の頭を静かに撫でるアマンダちゃん。

 ……頭を撫でられるなんていつ以来だろう。

 フィオナは頭を撫でることは、ほぼしないんだよな。


「……上手いよ、お母さんの愛を受け取って育ったんだね」


 帰れたのならいっぱい撫でてもらうと良い――なんて言おうとして留まった。

 あまり考えたくないことだが、両親ともに殺されている可能性はある。

 そうでなければ、1人でここまで来るとは考えにくい。

 複数人で行動することを避けたとも考えられるが、この娘の歳を考えれば。


「――君のお祖父さんは、とても偉大な人だった。

 結構大きな魔道具屋をやっていてね。冒険者時代の俺は世話になってた」

「道具を買ったりしてたんですか?」


 アマンダちゃんの言葉に頷く。

 彼女の手のひらが静かに俺の頭を撫でるたび、眠りに落ちそうになりながら。


「あと、ダンジョンで見つけたものを売ったりしてね。

 嘘は通らない相手だったけれど、モノの価値は分かる人で。

 良い物が見つかると基本はエド爺に……」


 もちろんモノによっては別の店で売った方が高いってこともあったから時によってだったけれど、それでも考えるのがめんどくさい時には基本的にはエド爺に売りに行っていた。よほどの安物でなければ、適正価格を大きく下回ることがなくて。


「今の、ゴーレムイーツも……」

「――おやすみなさい、お姉さん」


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