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第32話「――俺は冒険者だ、戦闘時の仮眠にも慣れてる」

「――凄いな、才能を隠していてここまでとは」


 傷痕はほぼ完全に消えている。

 若干、魔法による治癒特有の痕はあるがこれは日数を重ねれば消えるものだ。

 才能を隠していたと聞いていたから、治癒の技術もそれなりだと思っていたが。


「あはは、お父さんで練習してたので」


 お父さんが怪我の絶えない仕事をしているという訳か。

 ……そして、当たり前だが、この娘のお父さんがエド爺の娘さんが嫁いだ先。

 この娘が狙われる原因が、この娘自身にあるとは思えない。


 まず間違いなく父親か母親が狙われたという前提がある。

 その結果として、アマンダ自身も狙われたと見るべきだろう。

 ……となると、あまり両親の話は振りたくないな。


 彼女が知る限りの背景を聞き出しておいた方が、暗殺者への対抗手段を探れるというのは事実なんだが、今はこの娘を安心させてあげたい。とてもこんな少女相手に根掘り葉掘り聞き出すような真似は……。


「お父さん想いなんだね。ありがとう、助かったよ」


 アマンダちゃんにお礼を言いながらブラウスのボタンに指をかける。

 肌着は別に着たまま乾かしてもすぐに乾くが、ブラウスは脱いだ方がいい。

 体温を奪われれば無駄に体力を消耗する。


「――わっ、だ、ダメです!」

「は? なんで?」

「えっ、ああ、いえ、とにかく……」


 ――女同士だろ? なに気にしてるんだよ、お前も脱げ。風邪ひくぞ。

 なんて言おうと思って、言葉が止まる。

 ……マズい、マズいぞこれは。


 元々、俺は男なんだということを伏せたままアマンダに脱がせるのはヤバい。

 なんというか人道に反する。

 しかし、話すか……? いや、別にこの娘に知られて困ることではない。

 ただ、信じてもらえるだろうか。


「女同士だし気にするな――と言いたいところなんだが」

「なんだが……?」

「俺、元々は女じゃないんだ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているアマンダ。

 まぁ、当然の反応だよな。この身なりで言い出すことではない。

 ブラウスも雨に濡れて身体の線が出ているんだ。とても男のそれではない。


「……え、あ、えっ、あー、それで”不用意に遺体に近づかない”と?」


 は……? 分かるのか? この娘。

 その歳で俺の言動から察しをつけて納得まで持っていけるのか?

 いったいどれだけ博学なんだ。いったい、どんな教育を受けてきた……?


「分かるのかい? そんな言葉だけで俺が男だって納得できると?」

「――おじいちゃんにお世話になった人で、危険を回避するための感覚がある。

 それってたぶん冒険者さんなんじゃないかって。で、冒険者は男の人しか」


 ――す、すげえ。なんだこのガキ。

 俺が同い年の頃は、こんなに頭は回らなかった。

 持っている知識が多いのもそうだが、それを繋げられるのが凄い。


「よく分かったな? まぁ、そういうことだ。

 俺は男だし、肌を見せても構わないんだ。ただ君は、その……」

「いえ、私も構いません。今は少しでも回復した方が良い、ですよね?」


 ”でも、肌着までにしましょうか?”なんてアマンダちゃんは微笑む。

 ……くそ、あの爺の血を引いているとは思えないくらいに可愛いな。

 あと5年もしたらトワイライトにスカウトしたい。


「――雨が上がる頃には、おそらく夜になっていると思う」


 炎を背にして暖を取りながら、アマンダちゃんに呟く。

 一応、お互いをジロジロと見てしまわないようにするための措置だ。

 それと普通に背中の方が面積が大きいので効率よく熱を得られる。

 不安なのは炎の様子がよく見えないことだが。


「ええ、逆に朝まで止んでいるか」

「そうだね、まぁ、弱くはなると思うけど」

「となると今日はこのまま野営ですね?」

「ああ、君みたいな娘にはあまりさせたくないんだけどね」


 ――ルシールちゃんには心配をかけてしまうな。

 トワイライトのシフトにも穴を開けてしまう。

 フィオナとレナ姉ならなんとかしてくれるだろうが。


「いえ、私はここに来るまでに何度かしてますから」

「よく無事だったね、年頃の娘が」

「これでも魔法使いの端くれですし?」


 確かに魔術師なら対人戦なら負けはないか。

 わざわざ同業者が小娘を襲うような真似はしないだろうし。


「いいね、肝が据わっているのは良いことだよ。

 それでアマンダ、先に眠っておいてくれ」

「交代で仮眠というわけですね?」


 彼女の言葉に頷く。

 枕代わりになるものを見繕おうかと思ったが、既にそれを持っていた。

 まぁ、ここまで旅をしてきたのだ。持ち物は俺より多いか。


「……先に眠っておきます。眠れるか分かりませんが」

「いいよ、それでいい。目を瞑ってるだけで体力は戻るから」

「でも、しっかり寝て早く交代しないと、フランシスさんが……」


 アマンダちゃんの言葉に首を横に振る。


「――俺は冒険者だ、戦闘時の仮眠にも慣れてる」


 もちろん、これは嘘だ。

 ダンジョンで夜を越して生きて帰った冒険者はいない。

 戦闘時の仮眠なんて経験したこともない。


「……フランシスお姉さん」


 聡いこの娘のことだ。

 冒険者は夜を越さないということを知っているだろうか。


「ありがとうございます」


 ……彼女は、冒険者の鉄則を知らなかったか。

 あるいは、知っていても俺の気遣いを無碍にしないと黙っていてくれたのか。

 どちらにせよ、良い娘だ。

 とてもゆっくり休める気分じゃないだろうが、今は休め。

 街に戻るまでは火事場が続く。


「――エド爺、守ってくれ、孫娘のことを」


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