第30話「そうだね、敢えて言うならこの街で最強のゴーレム使い、かな」
「――この林道にまで爆破術式が仕掛けられているんだ」
いったいどこまで周到な準備をしていたんだ、あの殺し屋は。
こんな女の子1人を殺めるためだけに、屋敷の中に3つ。
エド爺の遺体に1つ。そして街へと戻る林道にも無数の爆破術式を。
この娘自身に何か特別な力があるのか。
誰か他の人間と来ることを想定していたのか。
どちらにせよ、ここを駆け抜けるのは危険に過ぎる。
爆破術式は防御障壁で防ぎ切れるが、子供を1人連れているんだ。
自分だけならできる無茶もなるべく避けて通りたい。
それに、余計にヤバいのが今が冬だということ。
この乾燥し切った空気、まだ土に還っていない枯れ葉も多い。
燃えるぞ、ほぼ間違いなく。屋敷の中では延焼しないだろうと思って無茶をしたが、この環境では必ず火は炎に化けて森林火災という怪物になる。
一度、人の手から離れた炎はどんなモンスターより恐ろしい化け物になる。
俺1人なら生還できるかもしれない。だが、この娘を連れて?
この林を焦土に変えて?
――バカな、あり得ない。それはやっちゃいけないことだ。
いくら空が曇天だからといって、雨が降ることに賭けるなんてナンセンスだ。
「っ、私が来た時には何ともなかったのに……」
「おれ、いや、私が来た時にもそうだったよ。
恐らくあいつは屋敷の中まで君を誘い込むつもりだったんだろう」
マズいな、気が立っていて”俺”って言いかけてしまった。
普段ならもう男言葉が不意に出てくることは殆どないんだが。
「……確実に、私を殺すために」
「だろうね、逃げ道を用意周到に潰してる」
だからと言ってここで立ち尽くしていたら、あのクソッたれ暗殺者は追いついてくる。それが分かっているからこの娘は絶望した顔をしているのだろう。退路は完全に絶たれていると。
「――っ、フランシスさんだけでも」
逃げてくださいと続くのか、それとも隠れてくださいか。
どちらにせよ、続きを言わせるつもりはない。
まったく、あの爺の血を引いているとは思えない健気さだな。
どこか、昔の自分を重ねてしまう。子供の頃の自分を。
「要らない心配だ、子供が大人を気遣うものじゃないよ――」
5,4,3,2,1。声に出さず数を唱える。
使うべき魔法は既に頭の中に描かれている。
この場を切り抜けるために必要な一手は見えている。
「――お姉さんに、任せなさい」
立っていた木の1本に魔力を流し込む。
元々の俺なら、木材になる前の立木を魔法で加工するのは難しかった。
だが、今の俺ならばできる。そういう確信があった。
今日まで自分の力の限界を探ってきたからこその確信が。
「馬……?!」
そうだ、生木を使った馬のゴーレムだ。
これで林をすり抜けていく。林道は通らない。
少し小型に造ったから林は抜けられるし、人の足では追いつけない。
「言ったでしょ? 私はゴーレム使いだって。
アマンダちゃんは前に。弾が来るなら後ろからだからさ」
「フランシスさん……良いんですか?」
確認してくる彼女に、座るように促す。
「うん。君を守り切れなかったら、エド爺に合わせる顔がない。
君のおじいちゃんは凄い人なんだ。私もお世話になった。
彼から受けた恩をアマンダ、君に返すよ。だから私を頼って欲しいんだ――」
サイドポシェットの肩ひもを取り外し、馬の手綱へと変化させる。
流石にこれがないと振り落とされかねない。
冬で良かったな、ポシェットは外套の内ポケットに突っ込める。
こんな不細工なファッション、普段は絶対にしないが火事場は仕方ない。
「――大丈夫? 足とか痛くない?」
「はい! これくらいなんてことありません!」
「分かった。怪我しそうなら言ってね、私は治癒魔法は専門外だからさ」
アマンダちゃんに声を掛けながら林をすり抜けていく。
……しかし、これはマズいな。
思いっきり足跡が残ってしまっている。
これでは辿ってくださいと言っているようなものだ。
「少し止まるよ。喉、乾いてない?」
「……はい、大丈夫です。でも、どうして止まるんですか?」
「ああ、なんてことはない。足跡を作ろうと思ってさ」
生えている木に手を当てて、再び馬型のゴーレムを造る。
同時に3体だ。これを好き勝手な方向に走らせる。
もうこいつらは制御もしない。こちらとのリンクは一切残さない。
魔力が切れるか、3刻みの時間が経過すれば動きが止まる。それだけだ。
「――だ、大丈夫なんですか?! 3体も同時に! 魔力欠乏になるんじゃ」
随分とテクニカルな単語を知っているな、魔力欠乏なんて。
流石はエド爺の孫……と言っても直接あの爺さんが育てた訳ではあるまい。
じゃあ、どうして知っているんだ、魔術畑の人間くらいしか知らない単語を。
そんな疑問がよぎり、あの暗殺者が用意していた周到な仕掛けを思い出す。
もしかしたら、この娘自身が魔法使いなのかもしれない。
あとで情報共有が必要か。と言ってもここで止まっているのは自殺行為だ。
「大丈夫だよ、私は20体同時にだってゴーレムを操れるからね」
「えっ?! 20体も……?」
「うん。だからさ、大船に乗ったつもりでいなよ、絶対に私が守るから」
再び手綱を握る。
この方向では、ストレートに街に戻ることはできない。
だが、それでいい。あまりにも真っ直ぐすぎると経路を予測される。
ここは俺の土地勘を活かす。外様には思いつかない方法で撒いてやる。
「お姉さんは、いったい……」
「――そうだね、敢えて言うならこの街で最強のゴーレム使い、かな」




