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第29話「――背負わなくて良いものを背負うと、早死にするぞ? 小娘」

「ッ――ダメだ、爺さんに近づくな!!」


 特徴的な長い黒髪を見て、その子が女の子だと分かる。

 女体化してしまった今の身体と同い年か少し下くらいだろうか。

 そしてこの娘は、エド爺をおじいちゃんと呼んだ。


 ――エド爺の孫娘だ。


 そう分かった瞬間、暗殺者の用意周到な仕掛けの意味に気づく。

 マズい、マズいぞ……こんなことになるなら、爺さんの遺体を吹っ飛ばしておくべきだった。その方がいくらかマシだった。


 自分の遺体に仕掛けられた爆破魔法で孫が殺されるなんて――!!


「来たな……」


 暗殺者がニヤリと笑った気がした。

 ――状況は最悪だ。俺がエド爺の孫娘に気を取られているうちにゴーレムの障壁は突破され、足を破壊されている。そして暗殺者の銃口は孫娘を狙っている。


 あの娘がエド爺の遺体に辿り着くよりも先に、俺が追い付かなければいけない。

 そして同時に暗殺者が放つ魔力弾から、あの娘を守らなければ。

 ッ、頼むぞ、間に合ってくれ――


 ――エド爺に向かって駆け寄っていくあの娘に防御障壁を展開するのは難しい。

 展開さえできれば移動していても追っていけるが、初動は止まっていないと。

 だから、銃口の延長線上に壁を張る。と言っても連射されれば突破される。

 初動の何発か潰せればいい。それ以上の期待はしていない。


 ――身体強化を発動し、脚力を向上させて突っ込んでいく。

 エド爺の遺体を目の当たりにして、あの娘はとても他人の言うことを聞く状態じゃない。それはそうだろう。俺も同じ状況ならそうなってしまう。


 特に俺とあの暗殺者、どちらが味方か分からない状況なんだ。

 爺さんの遺体を抱えて逃げ出したいと考えるのが人情というものだろう。

 あの遺体に近づけなかった俺と違って、あの娘は真っ当に人間だ。


「ッ――痛ってえ……」


 孫娘がエド爺の遺体に辿り着くよりも先に、あの娘の身体を押さえる。

 そして同時に暗殺者の放つ魔力弾から守り切る。

 ――その両方をやり切ることはできた。代償は左腕、肩を掠めた。


 外套を焼き切り、皮膚まで焦がされているのが痛みとして伝わってくる。

 この傷は、シルビア先生なら痕まで消してくれるだろうか。

 ひょっとしたらもう、トワイライトで肩を出すことはできないかもな。


「……は、放して!!」

「ダメだ!! エド爺には爆弾が仕掛けられている!!」


 両腕に魔力を流し、エド爺の孫を抱えたまま一気に走り出す。

 1対1なら勝てる相手だった。

 情報を引き出せるかどうかはともかく、殺して良いなら無力化はできた。

 だが、これは無理だ。子供を守りながら戦える相手じゃない。


「――背負わなくて良いものを背負うと、早死にするぞ? 小娘」


 後ろから暗殺者の弾丸が迫る。防御障壁を張り直したところでここまで移動が激しい上に2発で破られるとなれば、そこまで役に立たないな。となれば、使わせてもらうか。ちょうど、あの男が使った魔法が役に立つ――!!


「っ、空中に、私の魔術式だと……!!?」


 とりあえず範囲の広い目くらましだ。爆炎で目を潰す。

 恐らく防ぎ切られてしまうだろう、相手が防御に専念すれば。

 これで暗殺者を殺せたとは思わない方が良い。だが、時間稼ぎにはなる。


「……お姉さんは、誰なんですか。おじいちゃんに、何が」


 俺の腕の中で、当然の質問が飛んでくる。

 しかし抵抗らしい抵抗をしてこないということは、敵として認識されている訳ではないな。良かった。腕の中で暴れられたらシャレにならない。


「――私はフランシス・パーカー。ゴーレムイーツって知ってる?」


 こちらの言葉に目を点にしている孫娘ちゃん。

 開拓都市の人間ではないか。

 エド爺に孫がいるなんて聞いたこともなかったもんな。


「魔法使いでね、ゴーレムを使って食事の配達をやってるんだ。

 エド爺とは個人的な付き合いもあった」

「おじいちゃんが、お客さんだったってこと……?」


 走りながら彼女の言葉に頷く。少し色の薄い黒髪が綺麗だ。


「君は? エドガルドさんのお孫さんで良いんだよね?」

「……はい。アマンダ・ベネディートといいます」


 エド爺と同じ名字なのか。娘さんが居ると聞いていたから、お孫さんは旦那の名字になるのかと思っていたが。まぁ、そういうこともあるよな、別に。


「あいつは君を狙っていた。心当たりは?」

「……あります。っ、逃げるために、なのに、おじいちゃん」


 涙を堪える彼女の表情を見ていると、不思議と俺の中の悲しみが紛れていく。

 エド爺を殺された時に感じた焦燥と慟哭。

 下手人である暗殺者へ向かった報復心。それらとは別の感情で満ちる。


 ――この娘を守らなければ。


 エド爺が殺されるという最悪の現場に出くわしてしまったが、それでも俺がこの場に居て良かった。俺がここに居なければ、この娘は殺されていた。その最悪の結果を回避するためにこの巡り合わせがあったのだ。


 ……そうとでも思わなければ、やってられるものか。

 エド爺、俺はまだアンタに何の恩も返せてないんだぞ。

 死ぬまでタダにしてくれって言ってたのに、1年も経たないで。


 貴方が俺に与えてくれたアーティファクトは、もう返せる借りじゃなくなってしまった。それでも、だからこそせめて貴方の孫娘だけは守り切ってみせる。たとえ脆くなったこの身体でも、俺は冒険者だ。魔術師なんだ。その力を使う。


「ッ、マズい……あいつ、こんなところにまで」

「どうしたんですか、フランシスさん……?」


 庭を抜けて林道に差し掛かったところで足が止まる。

 そんな俺を見て、アマンダが不安そうに問いかけてくる。


「――この林道にまで爆破術式が仕掛けられているんだ」


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