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第27話「エド爺を獲った男だ、期待していたんだが」

「……見逃して、くれるのか?」


 あり得ない話だ。この状況、目撃者を生かして返すものか。

 林の奥、閉鎖された環境、ダンジョンと同じだ。

 目撃者さえいなければ、事後はいくらでも好きにできる。

 だから死に物狂いで殺しにかかってくる。


 人生の中で、対人戦をやった経験は数えるほどしかないが、そういうものだ。

 レオ兄がそれを教えてくれなかったら、あの時に俺は死んでいた。

 街中での常識が通用しない。他者から隔絶された空間とはそうなのだ。

 生き残った者だけが社会に帰ることができる場所には、独特の狂気が宿る。


『魔術師同士じゃないか。こちらも戦闘は避けたい――』


 もっともらしい理由だ。信じてしまうだろう。

 平常時の損得で考えれば。あるいは恐怖に飲まれていれば。

 命を賭けに出すことなんて普通は避けたいものだ。特に人間との奪い合いは。

 だが、忘れるな。こいつはエド爺を殺している。人を殺せる人間だ。


「わ、分かった……」


 怯えた素振りを見せながら、後ろを振り返り、2歩。

 開かれたままの扉に差し掛かった瞬間、それが爆発した。


「――ッ!!」


 ごく短い爆発、炎が爆ぜて、破片となった扉が襲い掛かってくる。

 ほんの数秒に過ぎない時間の中で、俺の感覚は無限に近づく。

 

 ――ここに近づいてくるまで、エド爺の遺体を見た時。

 俺の警戒心は、次第に冒険者時代のそれへと戻っていた。

 そして、これはその果てだ。


 危険にスリルを感じる中、正解を選び取り、生存を確認する。

 そのたび、全身に強烈な快楽が走る。

 街で生きている限り、味わうことのできない強烈な快感が。


『――っ、並の魔術師ではなかったか』


 爆発が起きる直前、網膜が捕らえた魔術式。

 その形と魔力量で理解していた。

 こちらの用意していた障壁を突破することはできない。

 だから、動じることなく思考を巡らせた。


 ――相手がこちらを殺すつもりであることなんて見抜いていた。

 分かったうえで情けなく逃げる素振りを見せたのは、隙を晒したかったから。

 こちらが隙を見せれば、相手は動く。その動きで相手の手札を知る。


 まず、相手の爆破という魔法の威力がこの程度だと知れたのは上々。

 しかし、本来であれば、本人がこちらを直接攻撃してくることを狙っていた。

 その軌道を読めば自ずと相手がどこにいるか分かるはずだと。


「仕掛けていたな? 扉に――入ってきても出すつもりはないってことか」


 そう、仕掛けだ。

 正確な発動条件は分からないが、爆破の術式は既に仕掛けられていた。

 特に操作をすることもなく、俺が2歩下がった時、扉のそれが発動した。

 相手が魔力を流すのなら気取れると思ったが、そう上手くはいかないらしい。


『……そうだ、仕掛けていた。今、それを解除したよ。すまなかったね』

「そりゃどうも――」


 一度、爆破の術式が起動するのを見たからだろうか。

 今、俺の眼には見えている。この屋敷に仕掛けられた術式が。

 解除のために必要な魔力さえ動かなかったことが。


(……これが魔力の色か、エド爺)


 あともう少しで、術者自身が持つ魔力さえ見えそうだが、さらなる才能の開眼を待つ余裕はない。敵は、ゴーレムごとエド爺を殺してから俺がここに来るまでの時間を使い、用意周到にトラップを仕掛けている。見える範囲に4つはある。


 扉と同じ爆破の術式。

 術式の形からして、入るときには起動せず出ることを条件としている。

 いったいどういう目的の仕掛けか見当がつかない。

 だから俺は次の一手を打つ。


「――エド爺を獲った男だ、期待していたんだが」


 5,4,3,2,1――言葉を紡ぎながら、同時に数を数えていた。

 冒険者時代にも何度か使った魔法だ。

 最小限度の魔力を広く放ち、戻ってくる反響で周囲の状況を把握する。

 これをやるとモンスターが死ぬほど寄ってくるから、深みに行くほど使う機会が減るんだよな。便利だが使いどころを間違えると死地を作る。


『ッ、正気か――!!』


 こちらの放った魔力で、相手の仕掛けていた魔術式すべてが発動する。

 やはり起動条件は”戻ること”だ。魔力が戻ってきたタイミングで発動した。

 しかし拾うものが鋭敏すぎたな。人間と魔力の区別もつけられないとは。


 ……いいや”すべて”ではないか。

 この魔力反響によるマッピングで爆破術式が起動することを見越して1つだけ発動しないようにした。敢えて1つだけ起動させないように仕掛けた。最も悍ましい場所に仕掛けられたそれを不発弾にしたのだ。


 だって、起動させられるはずがない。

 エド爺の身体に仕掛けられたそれを見過ごすことなどできない。

 彼の遺体をこれ以上傷つけるような真似、できるはずがない。


 だから俺自身にかけている防御障壁と同じものをあらかじめエド爺の周囲に展開しておいた。現役時代、バッカスとレオ兄に何度もかけたものと同じ魔法だ。一番身体に染みついた魔法を、こんな形でまた他人に使うことになるなんて。


 ――この落とし前は、必ずつけてやる。

 既に敵の居場所は掴んでいる。エド爺が飾っていた銅像の裏。

 相手は俺のやったことが爆破術式を強制作動させるためだと勘違いしている。

 自分の居場所が掴まれていることを気づいてもいない。


 といっても、この爆炎が収まればすぐに気づく。

 だから、まずは足を潰す。

 俺はディーデリックやレオ兄のように雷や炎という形で出力する必要はない。

 もっと純然に魔力を射出し、その左足に穴を開ける。


「ッ……!!!」

「声も偽装してるかと思ったが、男は男か」


 太腿に穴を開けた。魔術師であれば塞げる程度だが、その暇は与えない。

 放置すれば、しばらくの時間で命を落とす。

 ――さて、ここからどうするか。


 聞きたいことは無限にあるが、全てを聞き出すのは不可能だろう。

 魔術式による爆発はあと数秒で収まるだろうが、延焼したら炎に巻かれることになる。そうなれば俺の防御障壁でも防ぐことはできない。


「――名前と目的を話せ。目当ては爺さんじゃないな?」


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