第26話『――ほう、同業者か。近づいてこないとは』
前回更新分の3節25話について、更新時の不具合により後半の555文字ほど掲載されていない状態になっていました。お詫び申し上げます。
今日(6月14日)の朝6時43分ごろには訂正を行いました。それ以前に読まれた方はご確認をお願いします。
お手数をおかけしまして、大変申し訳ございません。
「――クソ、馬でも借りて来ればよかったか」
乗馬の経験なんて数えるほどしかないが、乗れない訳じゃない。
だが、それをやるには既に林道を進み過ぎた。
もうここまで来たら徒歩で行った方が速い。
馬もすぐに借りれるほどの付き合いはないしな。
「……特段変わった様子はない」
敢えて口に出して確認してしまうくらいに、林道には何も変化はなかった。
毎日毎日歩くゴーレムの足跡が目に付くだけで。
……けれど、そう口にしないと、そうだと思えないような寒気がある。
何をビビってるんだ。そう受け流すことは容易い。
だが、こういう直感に従って来たからこそ今日がある。
冒険者なんていうのは、恐る恐るがちょうど良い生き物だ。
もっとも今の俺は、冒険者なんかじゃない。
ゴーレムを使った配達業の管理者としてここに居る。
危険なんて何もない、命を賭けるような仕事じゃない。
あの日々に感じていたスリルも、生存を確かめるたびに走る快楽も。
もう、今の俺には感じる必要のないものだ。
「ッ――なんだ、この、匂い」
開かれっぱなしの門を潜り、屋敷の扉へと近づく。
扉自体も開かれていて、アラートが発動した場所と符合する。
……ゴーレムは、やはりエド爺の屋敷の中に招かれていたのだ。
その上でアラートが鳴るような何かが起きて、感覚を繋げなくなった。
「ッ――ハァ……」
浅くなってきた呼吸を強引に一度、深く吸い込む。
そして最短で整える。昔に身に着けた技術だ。
身体は変わっても、技術はまだ馴染んでいるものだな。
細心の注意を払いながら歩みを進めた。
何があっても対応できるように、全身に力を込めながら。
防御魔法、攻撃魔法、スタンダードなものを複数種類、頭で走らせる。
――いったい何にビビってるんだ? エド爺の屋敷じゃないか。
毎日、ゴーレムに料理を運ばせて、前にはゆっくりとお茶を飲んだ。
いつもの場所だ。
きっと、エド爺が『ゴーレムが壊れてしまった』なんて言ってくる。
それで終わりだ。それだけのことだ。無駄な警戒に終わる。
「……ッ、なんだ、これは」
扉を潜った少し先、陽の光が影に隠れる屋敷の内側。
そこを見通せた瞬間、背中に強烈な悪寒が駆け抜けていく。
ゴーレムと感覚が繋げなくなった理由はすぐに分かった。
――胴体が砕け、四肢もデタラメに吹き飛んでいる。
届けていたはずの料理も、あり得ないほど遠くでひっくり返っている。
箱は壊れて、中身が床にぶちまけられている。
ここまでは良い――ここまでなら、いくらでも取り返しがつく。ここまでなら。
「エド爺……ッ!!」
駆け寄らなかったのは、俺の精神が既に冒険者に戻っていたから。
身体に染みついた戦闘の感覚が”近づくな”と告げていた。
モンスターの中には狡猾な種族もいる。死体をエサに人間を釣るなんてザラだ。
それに、同業者が死んだのだ。
不用意に同じ場所に入れば、同じ攻撃、同じトラップで死ぬ。
「っ……」
分かっている。分かり切っている。近づくな、あれにもう息はない。
救うことはできない。だって、あんな、顔も胸も焼かれていて、無事なはずが。
致命傷だ、シルビア先生にだって治すことはできない。
だから俺が近づくことには危険しかない。
――分かり切っているのに、どうしようもなく駆け出したかった。
無防備だろうが、無意味だろうが、今すぐに爺さんの傷の手当てを。
けれど、10年以上続けた冒険者としての感覚がそれを許さない。
もう俺は、無垢な素人には戻れないらしい。
しかし――なんだ、これは? いったい何が起きてこうなっている?
見たところ、エド爺の身体もゴーレムの身体も焼けているのは間違いない。
強烈な炎、といっても燃え広がって持続するものではない、に焼かれている。
火薬による爆発にしては、綺麗に過ぎる。となれば――
――間違いない。これは魔術師の仕業だ。
では、魔術師がこれをやったとして放置するだろうか。
いったい誰がどんな目的で、エド爺を狙ったのか、それとも俺のゴーレムイーツを狙ったのか、恐らくは前者だろう。俺を潰したいのなら街中でやった方が悪評が立つ。と言ってもエド爺にだって狙われるような理由はないはずだが……。
どちらにせよ、魔術師がこの状況を放置するとは考えにくい。
ダンジョンの中で冒険者を殺すならともかく、曲がりなりにも民家の中だ。
立地が悪いことで発見が遅れるという目算があっても放置はありえない。
ましてや爆発という高度な魔法を使う部類ならば、痕跡は必ず消す。
普通の人間が見て、魔術師の関与が疑われない形にしておけば、捜査に魔術師が出張ってくる可能性はゼロに近づくんだ。そういう工作をせずに立ち去るなんてことはあり得ない。つまり、まだこの場にいる。この惨事を引き起こした下手人は。
『――ほう、同業者か。近づいてこないとは』
声が聞こえてきた瞬間、方向を割り出そうと試みた。
しかし、瞬きをするよりも前に理解する。
反響の魔法を使っているな、耳で居場所を割ることはできない。
一応、男の声に聞こえるがそれも本当かどうか。
俺の読みは的中し、相手の方から動いてきたが、やはり高度な魔術師だ。
有利を取ることはまだできていない。
『立ち去るのなら、見逃してやる――』
典型的な脅しだな。居場所を伏せたままの交渉。
人殺しができる魔術師でも、魔術師を相手に真正面から戦いたくはないか。
だからこういう搦め手を使ってくる。
「……見逃して、くれるのか?」




