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第24話「……もし、もしも出来たら1年タダにしてやるよ、爺」

「どうじゃ? 出来そうか、フランク――」


 なんて聞かれるよりも前に、俺の頭の中で魔術式が走り始めていた。

 まずは目で見える範囲でこのマインウェブクラスタの構造を解析して、同時に配達用のゴーレムに搭載するべき機能は何かを連想していく。


 一定以上の衝撃、転倒、運んでいる料理の損壊、何をどうフィードバックさせれば安全な運用ができるだろうか。そしてそれは俺の魔法として可能なのか。


「……もし、もしも出来たら1年タダにしてやるよ、爺」

「ふふっ、死ぬまでタダにしておくれよ」


 死ぬまで、か。

 寿命という意味では、あと10年と見積もっても長い方だ。

 ゴーレムイーツ拡大が叶えば、別にタダにしてやってもいい話ではある。


「いやだね。そんなことしたら5年後くらいには、早くアンタに死んでほしいって思いそうな自分が嫌だからよ」

「ハハッ、もう5年も生きることはなかろうて。だが、嫌いじゃない考え方だ」


 こちらの言葉にくすくすと笑うエド爺。


「来年、まだ生きてたら延長するかどうか考える。それでどうだ?

 というかアンタは魔道具屋だ。適正な値段で買い取るぞ」

「――いや、元魔道具屋じゃ。金は取らんよ」


 1年間の昼食代が浮くとして、それで収まる値段じゃなかろうに。

 こんなアーティファクト、ダンジョンで見つけたら間違いなく大当たりだ。


「良いのかよ? かなりの代物だろ、これ」

「うむ。じゃけれど、あの世に持っていけるものではない。

 それよりも若者に役立てて欲しいと思うのさ」


 思わぬ言葉に息を呑んでしまう。


「――お主とは縁があるし、銀のかまどとの付き合いも長いからの」

「なんか昔は常連だったんだって?」

「ふふっ、あの坊主が話したか」


 そうか。俺からしてみれば親父さんだが、エド爺からしてみれば坊主なのか。


「まだ、あのかまどで焼かれるものが素朴なパンだけだった頃。

 純然な酒場、酒と豆と干物とパンだけがある場所だった時。

 確かにワシはあの場所の常連だった、先代とは気が合ってなぁ」


 パンを出すのが珍しい酒場だったから“銀のかまど”なのか。

 てっきり俺は、親父さんの作る料理が特徴的だからそうなのだと。


「なんで通うのを辞めたんだ?

 親父さん言ってたぜ、飯屋にしたことが気に入らなかったんじゃないかって」

「ハハッ、あの小僧らしい。そうならゴーレムイーツなど頼まんよ」


 やはり親父さんの考えすぎだったか。

 エド爺の偏屈な部分から考えれば、可能性を排除し切れなかったが。


「――初めて、あやつの作る飯を食った時に思ったんじゃ。

 これならやっていける。先代の馴染みとして応援する必要はないと」


 またしても思わぬ言葉だった。

 今の俺では想像も及ばぬような、歳を重ねた男の思考。


「どうして? 美味いのなら食ってやれば良いじゃないか」

「……店という場所は、店主だけが作るものではない。

 否応なく常連もまた場に影響を与えてしまう。

 あの小僧が作る”場”にいつまでも先代の影がいるのは無粋じゃ」


 説明を聞いて理解する。

 なるほど、確かに分からない話ではない。

 しかし自分を、先代の影と割り切るエド爺も凄い男だ。


「それにあの頃のワシは魔道具屋として既に大成しておった。

 ある意味で商売敵でもあるワシがいると、冒険者どもも飯を食いにくい。

 無論、ワシに近寄ってくる小童どもが鬱陶しいというのもあったが」


 ……俺が知るのは、親父さんに代替わりした後の話だけだ。

 しかし、俺がこの業界に入った頃、エド爺は既に最大手だった。

 安物を握らせるには最悪の魔道具屋だが、良い物を売るには最高の相手だと。

 目利きのセンス、良い物には容赦なく高値を付ける財力。

 それが冒険者には畏れられ、尊敬もされていた。


「なるほどな……改めて、尊敬するよ、エド爺」

「おだてても何も出せんぞ。それにその言葉はこちらが言いたいくらいじゃ」

「え? なんかしたか、俺?」


 とてもアンタほどモノを考えて生きちゃいない。

 その領域に入るには、俺はまだ若すぎる。


「――お主がゴーレムイーツを始めてくれたから、ワシはまたあの味を楽しめる。

 20年近く前になるからの、あの小僧の料理を口にしたのは」

「ふふっ、じゃあ、前に来た時に食えばよかったじゃないか――?」


 こちらの言葉に首を横に振るエド爺。


「楽しみは、後に取っておくものじゃよ。

 それにあの場所で酒を飲むという懐かしさを感じたかった」

「先代との思い出を再現したって訳かい……」


 俺の言葉に頷いてくれる爺さん。


「ただな、俺が始めたって訳でもないんだ」

「孫娘じゃな?」

「……なんで分かるんだよ」


 少し水を向けただけで察しが付くとは。

 別に、店に来た時にはルシールについて詳しくは話していないのに。


「直感だが、あの娘を見ていると、先代を思い出した。

 死ぬには若すぎた我が友と同じようなギラつきを感じた。

 今のお主を”使う”人間が居るとすれば、あれくらいしかおるまい」


 やっぱり似てるんだな、ルシールちゃんって。俺の知らない先代に。


「そういうことだ。

 アンタの親友を継いだ男の料理と、あの孫娘、そして俺がいて今がある」

「……つくづく、人というものは巡り合わせじゃな」


 確かにそうかもしれない。

 冒険者を追放された俺が今こうして居られるのは人との縁のおかげだ。

 別にコネを追い求めて生きてきたわけじゃないが、それでも。


「そしてアンタとの縁があったからこそ、俺は先に進めるかもしれない」

「ふっ、進んで見せろ。そうなってもらわんと困る。

 ワシももう、料理をするのが辛いからの――」


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