第11話「ちなみに私は、水晶を割っていますから」
俺が銀のかまどを手伝い始めて、3日目の昼営業。
いよいよ、自分自身を不在としたゴーレム運用が迫ってきていた頃だ。
ふと、気付いたことがあった。
(……ああ、これを見越していたのか。ルシールも親父さんも)
”給仕するゴーレム”を目当てに来る客が、それなりに増えてきたのだ。
いくら開拓都市に魔術師が多いとはいえ、ここまで客の近くで運用されているゴーレムを見る機会はほぼない。それを目当てに子供を連れた母親が増えているように感じる。
「ユウくんも将来はこれくらい動かせるようになるかもね」
5歳くらいの少年を連れた母親がそんなことを言っているのが聞こえてくる。
……この感じ、恐らく母親は魔法使いじゃないだろうな。
そして、子供に過度な期待を寄せている部類だ。
この歳で魔術師を親に持たない子供に才能があると分かっているのは、流石は開拓都市と言ったところか。田舎じゃまず間違いなく埋もれるだろう。
まぁ、俺自身は母親がそうだったからすぐ分かった部類だ。そうではない子供がどうやって才能を見出されるのかは殆ど知らない。
(……釘をさしておくべき、だろうか)
正直に言って、将来はこれくらいできるなんて思われるのは毒だ。
母親の言葉に頷いているあの少年が、魔力写しの水晶を割れるのならともかく、そんな神童ではあるまい。まぁ、ここまで幼いと変動の余地はまだあるが。
しかし、ここで『これだけのゴーレムを動かせるのは自分くらいの才能がないと無理ですよ』なんて言いに行ったら完全に嫌味な奴だ。かといって元々俺は冒険者でこの身体になったのと同時に莫大な魔力と高度な魔法がなんてイチから説明するのもバカバカしい。
「――うん。ぼく、がんばる」
っ……なんというか、抑圧されているな、この子。
俺も大人の顔色は窺うタイプのガキだったからなんとなく分かる。
「なぁ、少年。ゴーレム使いになりたいかい?」
ゴトンと音を立てながら、咄嗟にスプーンとフォークで造ったゴーレムを置く。
5歳のユウくんは首を傾げている。
まぁ、見ず知らずの女が話しかけてきたらこうもなろう。
「ここのゴーレム、厨房のも含めて全部、私が動かしててね。
同じ道を目指すのなら、これをあげよう。魔力を流せば動くようになってる」
そこから本当に簡単に魔力の流し方を教える。
術式を刻印してあるから、魔力を流すだけで刻まれた通りの踊りをする。
そういう仕掛けの初心者向けゴーレムを造ったのだ。
「わぁ、凄いね、ユウくん」
無邪気に喜ぶ母親の肩を掴み、耳打ちをする。
「――あれはこの子に差し上げます。将来の同胞に。
それと奥さん。この子の魔力は何級ですか?」
「良いんですか? ふふっ、この子は1級なんです、きっと将来は大魔術師に」
この歳で1級か。それは確かに化ける可能性が高いな。
元々の俺よりずっと格上の魔術師になって当たり前の人間だ。
つくづく開拓都市の層の厚さには驚かされる。
「それは素晴らしい。適切な教育をしてあげてください。
しっかりと褒めてあげて。そしてハードルは適切に設定することです。
ちなみに私は、水晶を割っていますから」
ユウくんに聞こえないように母親だけに釘をさす。
――この表情の固まり方、意味は通じたな。
「級で測れないレベルじゃないと、こういうことはできない、と……?」
「さぁ? 私には1級の知り合いはいないんで。
ただ出来て当然というほど楽じゃないということだけは覚えておいて欲しい」
母親がこちらの言葉に頷いたのを見て、そのまま席を外す。
あまり俺が近くに居続けるのも威圧感があって、良くないだろう。
「あれ? 何かあったんです? フランクさん、今日は見てるだけって」
厨房付近に戻ったところでルシールちゃんが声をかけてくれる。
どうも客席で話し込んでいたのを見られていたらしい。
ひっきりなしに配膳しているのに良く見えている。
「――いや、将来の同胞のために一肌脱いでてね。
スプーンとフォークを壊してしまった。報酬から引いておいてくれ」
「あー、良いですよそれくらい。備品が壊れるのは当たり前のことですからね」
ユウくんが動かし続けているスプーンとフォークで造られたゴーレムを見てルシールちゃんがニッコリと笑った。かなり嫌味なムーブをかましていたので聞かれていなくて良かったな。ただ、本当に今の俺が基準になるのはヤバいんだ。
「ありがとう、ルシールちゃん」
「いえいえ、これからもっと稼がせてもらいますから。
スプーンにもフォークにも困らないくらいに」
悪戯娘のように笑うルシールちゃん。
若い娘らしい明るい振る舞いを見せてくれるようになったな。
「君と親父さんには見えてたものが、俺にも見えてきたよ」
「ふふっ、ゴーレム自体がお客さんを呼び込むってことに気づいちゃいました?」
「ああ。もう少し賭けの条件を難しくしておくべきだったかな」
こちらの言葉を聞いて、ルシールちゃんはまた笑う。
「条件の後だしはダメですよ?
ただ、フランクさんがもっと私と仕事したくなるくらいにはしてみせます。
絶対に後悔させません!」
……あ、若いって良いな。
なんて思ってしまうくらいには、俺の魂は既におっさんだった。
ただ、俺の若い頃にルシールちゃんのような輝きがあったかは怪しいが。
「ふふっ、楽しみにしているよ。いろいろ手を考えているんだろう?」




