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第8話「正直、僕には君という才能を乗りこなす自信はないが」

「――しかし、親子ですね。娘さんに似てますよ、親父さんは」


 思っていたことをそのまま口にしてしまった。

 会話というか、場の流れで。


「へぇ……娘のことだ、今回の依頼に合わせて何か仕掛けたかな?」

「今回、おかみさんが払ってくれる報酬、あるじゃないですか。

 利益の1割であれを越えるところまで持っていくと」


 こちらの言葉を聞いて、少し考えを巡らせる親父さん。


「そして君への報酬を歩合制に切り替え、契約続行って訳か」

「半分も渡せば確実に越えるけど、それじゃ両親が飲まないって」


 この言葉は付け加えなくても親父さんは理解していたように思う。

 固定給から歩合制への切り替え。

 そのためには、俺もご両親も納得させなければいけない。


「君に渡す現金報酬の額は妻から聞いている。

 あれの10倍を利益で出す、か」

「結構難しい条件だと思うんですけど、親父さんはどう思います?」


 切ってもらっていたリンゴを口に運びつつ、質問してみる。

 俺は店の実情を知らない。特に経理系は。

 内情を知り尽くしている店主はどう判断するのか、それを知りたい。


「――期間は? どこの数字で計測するのかな」

「2週目と3週目の合計を2で割って3をかけた金額にしたいと」

「ふっ、なるほどな。良いところを選ぶ。流石はルシールだ」


 この受け答え。何か見えているな。

 俺には予想の付いていない何かを見通している。


「フランクくん。君の質問に答えよう。

 黙っていて達成できるほど楽な条件ではないのは事実だ。

 だが、君が思っているほど難しい話でもない」


 やはり親父さんから見ればそう見えるのか。

 実はあまりにも楽な条件すぎて、親父さんがひっくり返しにかかる。

 なんてことも考えたが、そこまで楽ではないと。


「まぁ、ここで僕がネタバラシをしても面白くない。

 それにたぶん数日のうちに君にも分かるはずだ」


 親父さんの言葉に頷く。無理して聞き出すような話でもない。


「しかし面白い賭けだ。娘が勝ったら君は受けてくれるんだよね?」

「ええ、親父さんとおかみさんが良ければ、ですけど」

「そうだね……正直、僕には君という才能を乗りこなす自信はないが」


 ”――娘がその気なら、僕も協力するさ”


 その言葉を聞いて改めて実感した。

 親父さんは本当に代替わりの準備を始めたのだと。

 ……まだ50代には入っていないはずの彼が、既に。

 正確な年齢は知らないが、俺より10歳か15歳くらい上だろうか。


 たったそれだけしか変わらないのに、彼は子を育て上げ、自分の店を子供に継がせようとしている。あと15年後の俺には、きっとそんなことはできていない。そもそも子供なんていないだろうし、仮に居たとして譲れるだろうか。人生を賭して築いてきた生業を。


「――あ、おかえりなさい。フランクさん」


 病院を後にして、銀のかまどに戻ってきた俺をルシールちゃんが迎え入れてくれる。他人におかえりなさいなんて言われるの、随分と久しぶりな気がする。

 一時期、フィオナの屋敷で家政婦もどきになってた時には、俺が言っていたけど帰宅のタイミングの問題でフィオナにはあまり言ってもらえてないんだよな。


「た、ただいま、ルシールちゃん」


 ……親父さんに変なことを言われてしまったせいで、変に意識してしまった。

 何が”娘を嫁に貰ってくれないかな”だ。ふざけやがって。


「父に何か吹き込まれませんでしたか?」


 ズズズっと近づいてきてこちらの眼を見て聞いてくるルシールちゃん。

 マズい、マズいぞ、下手を打ったらバレてしまう。

 なんとか誤魔化さなくては。


「うん。大丈夫だったよ、君との賭けの話にも乗ってくれたしね」

「意外……父が飲んだんですか、あの条件で」

「ああ。君が次代であることを考えれば、だってさ」


 上手いこと話を逸らすことができた。

 嫁がどうのとか、とても本人相手にできる話じゃないからな。


「なし崩しで事後承諾にするつもりでしたが、父はそんなことを……」

「あと、利益を出すのは、俺が思ってるほど難しい話じゃないって」

「ふふっ、父ならそう言うでしょうね。ごめんなさい、フランクさん」


 ルシールちゃんの言葉に首を横に振る。


「別に俺に不利益があるような話じゃないしね。

 ただ、そこまで楽な話でもないんだろ?」

「ええ、いくつか手は打ちます。

 とりあえずは3日で店の運営を固めて、そこから色々と始めようかなと」


 最初の1週は賭けの対象外だもんな。4日も残しておけば充分か。

 そこらへんはお手並み拝見とさせてもらおう。俺がとやかく言う話でもない。


「そういえば、ゴーレムの調子はどう? 俺が居なくても問題ない?」


 パッと見、拭き掃除をしているな、ゴーレムたちは。

 ルシールちゃんが指示を与えたのだろうか。


「ええ、この通りバッチリ働いてくれてますよ。

 本当に凄いですね、少し教えるだけで覚えてくれて」

「ある程度はいろいろできるように造ってたけど、ここまでとは」


 ピカピカになったテーブルと、ゴーレムたちの働く姿を見ていると大きな問題はなさそうだ。となると俺自身が居なくてもゴーレムの貸し出しという形で、店への協力はできそうだな。あとは何か起きた時、確実に止められれば充分か。


「フランクさんの判断次第ですが、今のところは夜の営業も貸してくれると」

「俺なしでも大丈夫そうってことだよな」

「ええ、恐らくは大丈夫だと思います。魔術師じゃないんで断言はできませんが」


 ルシールちゃんの瞳を見つめる。

 俺には、他人の嘘を見抜く力はないが、まぁ、嘘を吐いているとは思わない。

 ただ、ひとつ忠告しておく必要はあるか。


「もし何かあったらすぐに教えてくれ。

 人手が必要だから問題を無視する、なんてのだけはナシだ」

「もちろん。フランクさんとは長い付き合いになりたいですからね」


 信頼が一番大事だと分かってくれているか、ルシールちゃんは。


「ありがとう。悪いね、つまらないことを言って。

 冒険者やってると命取りになるんだ、ひとつの情報を見落とすのが。

 で、ああいう仕事してる奴らって雑なのが多いからさ」


 こちらの言葉にクスリと微笑むルシールちゃん。


「私はフランクさんを雑と思ったことはありませんよ」

「ははっ、そう言ってくれると嬉しい。俺もまだ自分の力を知り尽くしてなくて」

「保険が降りるかどうかを試してた時を思い出しますね」


 ……懐かしい話だ。かれこれもう何か月も前の話になってしまった。


「そうそう、あの時から大して情報が増えてなくてね。

 君が経営者としてこの力を使ってくれるのは、きっと良い機会になる」


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