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第7話「うちの娘を嫁に貰ってくれないかな、なんてね」

「うちの娘を嫁に貰ってくれないかな、なんてね」


 思わぬ言葉に、一瞬、頭が真っ白になる。

 レシピを全部見せるなんて正気か?と聞きに来たのに、聞くことが増えた。

 こいつ、正気か……?


「――見ての通り嫁に行ける身体なんですよ、今の俺は」

「そのうち治るかもしれないだろう?」

「治ったら治ったで10歳も年上のおっさんですよ、娘さんより」

「まぁ、少し珍しいくらいの話じゃないかな、それくらいなら」


 っ、意外と言葉を返してくるな、この親父。

 自分の娘をこんな奴に渡そうとするなんて頭がおかしいんじゃないのか。


「ルシールさんはものじゃありません。それに俺は器じゃありませんよ」

「……相変わらず生真面目だね、フランクくんは。

 そういうところを気に入っているんだけど」


 静かに微笑んだ親父さんは切り分けたリンゴを一口ばかり頬張る。

 シャキと音が聞こえて、咀嚼音が静かに耳に入ってくる。


「いや、あの娘は君を使う気だろう? 僕がこうなってるのに乗じて」

「元々そのつもりだったけど、親父さんが難色を示してたって聞いています」

「それは事実だよ。なんとなく気づいてると思うけど、あの店は僕たちの城だ」


 僕たち、というのは、おかみさんと親父さんのことだろうな。


「他人を使ってまで店を大きくするということに色気を出さずにやってきた。

 あいつも僕も、そういうのに向いてないって自覚があったからさ」


 ルシールちゃんの気性は祖父に似ているとおかみさんは言っていた。

 恐らくはその代か、それより前から銀のかまどは存在している。

 となると、親父さんは婿養子なんだろうか。証拠はないが直感的にそう感じる。


「でも、次の城主はルシールだ。もしあの娘が婿を見つけたら2人の城になる。

 あの娘には、僕らが持っていない勢いがある。

 それに実が伴っていると感じるのは親のひいき目だけど」


 親父さんもルシールちゃんには独特の才能があるのを感じているのか。

 正直、俺もそう思っている。

 彼女が自分で用意した賭けに勝ったら、これは確信に変わるだろう。


「……だからさ、この入院は良いきっかけだったかなって」

「代替わりに向けて、最初の1歩ってことですか」

「そうだ。そしてルシールは初手で君を手に入れようとしている――」


 親父さんの瞳が、俺の瞳を射抜いていた。

 ルシールと同じ金色のそれが、刃物のように突き刺さってくる。


「――だから、君にはあの娘を嫁に貰って欲しいと言ったんだ。

 協力し、利用し合う関係の究極形。

 他人と他人が至ることのできる相互互助の完成形だからね」


 ……食えない親父だ。

 ルシールが売上を伸ばすことで両親の退路を断つ作戦を走らせているのと同じじゃないか。娘を嫁に貰ってくれなんて気軽に言いながらその目的は。


「――俺の退路を断つってことっすか」

「ふふっ、そうだ。同時にルシールの退路も断つ」

「え?」


 どういうことだ? なぜ自分の娘を追い込む必要がある?


「あの娘には才能がある。少なくとも僕はそう思う。

 だけど、人生は長い。どこで折れるかは分からない。

 そんな時に、君を巻き込んでおいて無責任に投げ出すようなことは認めない」


 ――淡々と語っているが、なかなかにガンギマリな男だ。

 どこかルシール自身に似ているところを感じる。

 微妙に方向性は違うのだけど、覚悟の決め方に同じ匂いがするんだ。


「……なにを、少なくとも俺は金で仕事を請けているだけですよ」

「本気でそう思っているのかい?

 君は今の自分の価値を、僕の妻が提示した、ゆくゆくは娘が提示する金額だと」


 そう思っているから仕事を請けたんだろうに。

 いや、義理や人情も含まれてはいるが。


「ふふっ、君がそう思っていられるうちに、将来の君が望むだけの稼ぎを娘が生み出せたのなら、僕のひいき目はひいき目じゃなくなりそうだな」

「……今の俺は、自分を安く見ていると?」


 こちらの言葉に頷く親父さん。


「調理も接客もできるゴーレムなんて、王都でも見たことがない。

 しかも2体同時に動かして君自身には余力があったんだろ?」

「……今日は、3体同時でしたが」


 親父さんが苦笑を漏らす。正直なところ3体以上だってやれる。

 今、俺の魔法の限界はまったくもって未知数だ。


「なぁ、フランクくん。3体同時にゴーレムを操る冒険者、見たことあるかい?」

「……ないっすね。不確定要素がデカすぎるんでやりませんよ」

「少し質問を変えよう。昔の君ならやれた? やれる人間に心当たりは?」


 首を横に振る。やれるわけがない。

 かつての俺では、3体も同時にゴーレムを使ってしまえば余力が残らん。

 残す気がなくてもそもそも動かせないだろう。


「君の持つポテンシャルは、本当なら既に僕にもルシールにも手の届かないところにある。教会や王族、あるいは何かしらの専業魔術師ギルド、その重役に座っていてもおかしくないだけの大魔法使いだ」


 たしかに、言われればそんな気もするが……そんなにか?


「そんな君を安く使おうとしているんだ。

 ルシールにもそれくらいの覚悟が必要だと思ってね」

「別に、そんな理由で恋もさせずに結婚させることもないでしょ」


 こちらの言葉に頷く親父さん。


「ふふっ、だよな。君なら断ると思っていた」

「でも、おかげでなんとなく分かりました」

「何の話かな?」


 俺が断る前提で話してきたってことは、筋を通したってことか。

 今の俺が自分自身を安く評価しているなんて話、吹き込む利益はないのに。

 あえてそれを教えるなんて。


「貴方がレシピの全てを俺に見せてきた理由です」

「ああ。あれがあればいつでも店を出せるだろう?

 今回支払う現金だけでは、君のような魔術師への礼には不足と思ってね」


 ……まったく、盗ませる気満々かよ。変なところで潔いんだよな。


「それに、あの立地とギルドの下請けという優位性があるんだ。

 新興店舗が出てきても、僕の代のうちは負けることはない」

「……親父さん、それ、将来的に俺が娘さんを裏切ったらどうするんです?」


 こちらの言葉を笑い飛ばす親父さん。


「そんな男を見込んだ娘が、というより、僕と娘の見る目が悪い。

 それだけの話さ。君はそんなことしないだろう?」

「――えー、どうでしょうか? 将来のことは分かりませんよ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] これ、プライベート空間じゃなくてあくまで病室で話してると思うとすごくじわじわ来ますね 壁とか隔てていると特に、明らかな女性に娘の婿になってと言う男の声と、明らかな女性声がバシッと否定するで…
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