第6話「あっ、フランクくん。久しぶりだね、フランクちゃんの方が良いかな?」
――銀のかまど、その昼の姿を俺は初めて見た。
開拓都市で働く事務職や幼い子供を連れた母親たちが押し寄せる場所を。
それは夕方から夜に見る冒険者たちの溜まり場とは全く違う。
(ここまで客層が変わるものだとは。もう別の店って勢いじゃないか)
厨房のゴーレムはずっと動きっぱなし。
おかみさんの指示を素直に聞いて動いている。
出来上がった料理もなんら問題ない。寒気がするくらいに出来が良い。
(……俺が理解し切っていないことを完璧にやってのけるゴーレムか)
シルビア先生はメリットを本質と判断するのは早計と言っていた。
だが、ここまで魔法が向上していることを感じて、そう思わない方が不自然だ。
しかし把握し切れていない力など気持ちが悪い。どこに落とし穴があるか。
「わー、すごい! 木のお人形さん!」
厨房の運用が問題ないことを確認し終えた頃だった。
子供が俺のゴーレムを指差して大きな声を上げたのは。
それに向かって、ゴーレムは静かに手を振ってあげている。
……あの子は違うが、これだけ子供が多いと飛びついてくる子供が居そうだ。
ゴーレムの挙動に関しては俺が見てなくても問題ない気はするが、不測の事態に対する安全装置が必要になってくるだろう。
最低でもルシールとおかみさんにはゴーレムを止められるようにしておく必要があるな。この店から出ないことを考えれば安全装置としてはそれで充分か。
それとも、もう少し別の機能も必要だろうか。
「いや~、ありがとうございました! やっぱ数がモノを言いますね。
父と3人でやってたときより、ずっと楽でしたよ!」
ルシールちゃんのお礼を聞いてゴーレムたちが腕を掲げる。
士気の高い奴らだ。冒険者どもよりやる気があるじゃないか。
「お前らは夜の営業まで待機だ。分かったら座ってろ」
素直に言うことを聞いて腰を降ろすゴーレムたち。
これで再度指示を与えるまで動かないはずだ。
「フランクさんのいないところで私や母が指示を出したら動くんですか?
このゴーレムさんたち」
「……一応は動くはず。ちょっとどうなるか分からないところはあるけど」
別に暴走するなんてことはないはずだ。
昼営業中はおかみさんの指示を素直に聞いていたしな。
逆におかみさんとルシールちゃん以外の指示を聞かないようにするか。
でも、完全に聞かなくなると客の簡単な頼みも実行できなくなる。
最適なところを探るにはもう少し模索が必要だな。
「もし使いたいなら使ってくれて良いよ。
それで、どう動いてたかを教えてくれると助かるかな」
「ああ、父の所に行くんでしたね。変なこと吹き込まれないでくださいね?」
ルシールちゃんの言葉に頷いて、銀のかまどを後にする。
……レシピの全てを開示してきているんだ。
とても俺を心変わりさせるつもりなんてないと思うけどな。
その真意を聞きたいから行くのだ。おそらく彼女の心配とは逆のはず。
(ギルドの診療所じゃない病院に来るの、初めてかもな)
開拓都市を歩き、病院に足を踏み入れる。
いつもはシルビア先生に診てもらっているから慣れない場所だ。
受付で止められることも案内されることもないから、部屋番号を頼りに進む。
こうしてみると流石は大都市だ。地元にはこんなデカい病院はない。
「――あっ、フランクくん。久しぶりだね、フランクちゃんの方が良いかな?」
ちょうど看護師さんが出て行くタイミングで、ノックをするまでもなく親父さんは俺を見つけてくれた。柔らかな日差しに温められた風が吹き抜ける病室。親父さんの温和な雰囲気も相まって、病院らしい陰気さは少ない。
「やめてくださいよ。こうなってから3回目くらいっすよその話」
「ごめんごめん。ちょっと昔のうちの娘みたいで可愛くてさ」
そう言いながら親父さんはリンゴを取り出す。
「お見舞いの品ですか? 俺もなんか持ってくればよかったかな」
「いや、いいよ。みんな食べ物ばっかり持ってきてさ。
腰が悪いから入院してるのに、太っちゃいそうでヤバいんだ」
だから君も食べてくれと言わんばかりにリンゴの皮をむいていく親父さん。
相変わらず器用な手つきだ。流石は料理人。
「ごめんね、うちの娘が色々と無理を言ってるみたいで」
「いえ、銀のかまどにはずっと世話になってますし」
「ふふっ、かれこれ10年は越えたのか。僕の身体もガタが来る訳だ」
冒険者として駆け出しのころから銀のかまどを使っていた。
食事もそうだけど、それ以上にギルドの窓口としても愛用していた。
ルシールちゃんがお店の手伝いをするようになるずっと前から。
「俺なんてガタじゃすみませんけどね」
「ふふ、良いじゃないか。若返るなんて羨ましいよ」
「若返るだけならともかく、これですよこれ」
言いながら縛っていた髪を解く。
俺自身はゴーレムを見ていたから殆ど手伝ってはいないが、一応料理を提供する側だったのだ。入ってしまわないように髪は縛っていた。
「女の子だもんね……お嫁さんを貰えない身体に。
いまの僕がそうなっても全く問題ないけれどフランクくんには辛いか」
「嫁も娘もいるのに良いんです? 女になっても」
こちらの言葉を聞いてクスッと微笑む親父さん。
なんかこうして店じゃないところで向かい合うと似てるな、ルシールに。
おかみさんとはまた方向性が違うんだけど、どことなく似ている気がする。
「いや、女2人のところに男1人ってさ、色々と食うんだ。割を」
「あー、なんか想像つくかも。結構な跳ねっ返りじゃないですか? 娘さん」
「ついに君にも分かるようになったか。僕に足りない勢いを持ってるだろう?」
一応はその言葉に頷く。ルシールちゃんに勢いがあるのは事実だ。
「親父さんに足りないかどうかは分かりませんが」
「少なくともルシールは足りないと思ってる。おかげで肩身が狭くて」
「良いことじゃないですか、跡継ぎにやる気があるのは」
少々じゃじゃ馬ではあるが、勢いがある方が人材としては伸びるものだ。
「まぁね。ただ、僕の味方になってくれる男が1人欲しいなっていつも思うんだ」
「……あの娘が婿に選んだ男を抱き込むの、結構難しくないですか?」
ルシールちゃんの男の趣味はよく分からないが、あれが選ぶ男は曲者だろう。
どんな男か想像はつかないが、曲者であることだけは想像できる。
「そうだね、だから君みたいな男だと助かるんだけど」
「――はい??」
「うちの娘を嫁に貰ってくれないかな、なんてね」




