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第5話「――良いんですか、このレシピ。部外者に見せちゃって」

 ――3体のゴーレムを連れて、店に入る。


 今回、3週間ばかり店を手伝うことに対する報酬の提示を受け、その一部を前払いで受け取る。金額はかなり破格で、生き死にのリスクなしに3週間でこれを稼げるのはかなり旨い話だった。


「で、ルシールちゃんの言う賭けの条件を教えてくれるかい?」

「――利益の半分を貴方に回す、と言ってしまえば何をすることもなく私の勝ちになりますね」


 おかみさんが席を外している隙にルシールちゃんに話を振った。

 売上から経費を引いて残る利益のうち何割を俺に回してくれるのか。

 その比率次第で、この賭けの成功確率は大きく変わる。

 銀のかまどは安定して繁盛している店だ。

 いくら経費を引いた後でも半分もあれば今回の報酬は軽く越えるのは分かる。


「しかしその条件では、両親が飲まないでしょう。

 それでは意味がありません。1割でどうですか?」

「3週間分の純利益の1割で、この金額を越えるってわけか」


 それをやるためには、店の売上を相当に引き上げなければいけないはずだ。

 何割増しで到達するかまでは、この店の経理を見た訳じゃないから正確なところは不明だが、少なくとも家族3人の経営では回らない規模になるだろうな。


 利益の半分を俺に渡すのでは、両親が納得しないと言っていたが、それ以上の思惑があると見て間違いないだろう。ルシールちゃんの目的には、家族3人じゃ回せない規模にこの店を持っていくことが含まれている気がする。


 金という実を両親に回しながら、同時に退路を断つ腹積もりと見た。


「――相当キツいんじゃないのかい? それ」

「困難は困難ですが、無理だとは思っていません。

 貴方の力が、私の見込み通りなら、ではありますが――」


 なんて挑発的に笑うルシールちゃんの顔を、俺はしばらく忘れられないだろう。

 とても綺麗だったし、何よりこちらに心を開いてくれたからこその挑発だと分かった。俺がこうなる前では考えられない。


「――良いんですか、このレシピ。部外者に見せちゃって」


 賭けの条件を固めた後、戻ってきたおかみさんは俺にレシピを渡してくれた。

 それを流し読みして分かったことは、主に2つ。

 この筆跡は恐らく親父さんのもの。そして伏せられている部分がまるでない。

 これを持ち逃げしたら、明日にでも同じ料理を出せてしまう。


「うん。だって、フランクくんに見せなきゃゴーレム君たちが困るでしょ?」

「それはそうですけど、なんかこう、一部伏せたりするものだと」

「確かに私も同じことを思ったわ。

 だから今朝、あの人に聞きに行ったの。その回答がこれよ」


 親父さんが、俺に全てを見せても構わないと判断したということか。

 意外だ……とてもルシールちゃんが俺を雇おうとしたことに難色を示していたとは思えない態度じゃないか。


「親父さんが、見せても良いって……」

「ええ。仕込みの最初から営業中の調理まで、全部ね」


 下準備に時間のかかるものは伏せて、厨房を回すところまでしかやらせないものかと思っていたが、読みが外れたな。しかし店の生命線をここまで晒してしまうとは。別に俺にその気はないが、随分と迂闊じゃないか?


「……親父さんの入院してる病院、教えてもらっても良いっすか?」


 こちらの言葉を聞いたおかみさんは静かに微笑んだ。

 そして、その場所を教えてくれる。

 面会時間的に行くのなら昼営業の後、夕方の営業が始まる前が良いとも。


「ぜひお見舞いに行ってあげて。きっと喜ぶわ」

「もちろん。ここまで手の内を明かしてもらっておいて挨拶しない訳には」

「ふふっ、本当に律儀ね。好きよ、そういうところ」

 

 ……全く、いくら常連だったとはいえ、今までの自分からそう判断されると少し恥ずかしくなるな。律儀なところなんて特に見せてないと思っていたんだが。


「さて、いよいよですね。よろしくお願いします!」


 昼営業が始まる直前、ルシールちゃんが俺たちに挨拶してくれる。

 そして俺が答えるよりも早くゴーレムたちが腕を掲げた。

 任せろとでも言わんばかりに。……ほんと、なんなんだこいつら。


「昼って結構混むんですか?」


 厨房に2体配置し、配膳には1体配置している。

 イレギュラーな事象が起こるのは接客側だろうと判断したからだ。

 おかみさんは厨房の指揮、ルシールちゃんは配膳。俺はゴーレムの管理。

 だが、普段は家族3人で回している店にゴーレム3体は過剰じゃないか?


「日にもよるけど、私とルシールが2人で配膳しなきゃいけないくらいにはね」

「はえ~、この時間に来たことなかったんで知りませんでした。

 親父さん1人で厨房を回しているってことですか」


 そんなに混むものなのか。

 まるっきり冒険者だけを相手にしている店って訳じゃないんだな。

 この時間帯は冒険者ならダンジョンに潜っている。


「夜みたいにお酒だけのお客さんなんていないし、昼の方がハードなのよ」

「なるほど……だから別に昼だけ手伝うだけで良いと」

「そうそう。今のフランクくんには夜の仕事もあるみたいだし」


 この2日間で夜も手伝えるかどうかを見極めるとは伝えている。

 ちなみに夜も手伝うと報酬は積み増しされる。

 ルシールちゃんとの賭け的には、酒で利益率の良い夜営業が入ってきた方が彼女にとって有利だ。俺としても別にそれで構わないが。問題は可能かどうか。


「まぁ、ゴーレム君たちもかなり動けそうだし、夜も居てくれると助かるわ」

「俺もそうできれば良いんですけど。ちょっと頑張ってみます」


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