第4話「あ、フランクくん。ごめんね~、無理頼んじゃって」
――翌朝、まだ眠たそうにしているフィオナに軽く挨拶をして家を出た。
冒険者時代に行きつけだった店を手伝うという話は入れているし、朝食は用意しておいた。彼女は要らないと言っていたけれど、せっかくの休みを一緒にいられなくなってしまったのだ。これくらいの穴埋めは必要だろう。
(……さて、運よく今日と明日はトワイライトは休みだが)
問題はその先だろう。親父さんが復帰するまで、予定でも3週間。
トワイライトのシフトに全く入らないという訳にはいかない。
銀のかまどの営業は昼と夕方。
昼は大丈夫だが、夕方の営業時間終了まで居たらトワイライトに間に合わない。
つまりは、この2日間で見極めなければいけない。
自分なしでゴーレムを運用できるのか、否かを。
決められた仕事だけをこなすのなら術者不在での運用も不可能ではないはず。
しかし、俺自身にそんな経験はない。実例として見たこともない。
調理をやらせるとして、俺自身以外の命令を聞くのか?
予期せぬ動きをし始めた時にどう対応するか。
今、俺の魔法は結果が前のめりになる。
可能であればどう動くかを把握していたい。
だが、トワイライトの仕事中に感覚のリンクで運用するのは現実的じゃない。
「――あ、フランクくん。ごめんね~、無理頼んじゃって」
銀のかまどが見えてきたあたりだった。
ちょうど店の前を掃除していたおかみさんがこちらに声をかけてくれたのは。
こうして改めて見るとルシールちゃんに似ている。血筋を感じるな。
「いえ、親父さんは大丈夫なんです?」
「大丈夫は大丈夫だよ。腰をやっただけだからね」
「3週間くらいはかかるって」
「うん。ちょっとお医者さんの手配に。魔術師の先生って予約取れなくて」
そうか。本来はシルビア先生みたいな人材はそうそういないもんな。
冒険者としての恩恵をずっと受けてきたから気づかなかった。
「ギルドのコネ使って早めたりとかできないんです?」
「たぶんやろうと思えばやれるんだけど、いいの。
生き死にに関わることじゃないし、食い扶持も守れそうだしね」
銀のかまどがギルドの下請けであることを考えれば、おそらくシルビア先生のところに割り込めるはずだ。と言ってもおかみさんの言うことも正しい。命に関わらないようなことで繰り上げを使うのは医者に負担がかかってしまう。
「と言ってもまぁ、3週間くらい店閉めていられる貯えはあるんだけどね。
最悪、ルシールと旅行しようかなとか思ってたんだけど」
「親父さん置いてですか? やりますね」
こちらの言葉に笑うおかみさん。なかなかドライなところがあるんだな。
でも、たしかに銀のかまどは定休日以外の休みを見たことがない。
長い旅行くらいしても良いのかもしれない。
「――もう、お母さん! フランクさんに何を言ってるの!
それに3週間も店を閉めたらお客さんに逃げられちゃうって言ったでしょ。
うちはギルドからの情報も降ろしてるんだから」
ガラガラと台車を店の前に引っ張ってきたルシールちゃんが、俺とおかみさんの間に割って入る。教えたくなかった台所事情をペラペラと喋るんじゃないって感じの態度だな、これは。
「娘がこれなのよ。休めないでしょ?」
「ふっ、心中お察しします。でも、良い娘さんじゃないですか」
「それはそう。きっと、おじいさまの血が濃かったのね」
確かにおかみさんも親父さんも商魂たくましい感じではないな。
2人より前の時代は知らなかったが、なるほど、祖父に似ていると。
銀のかまども歴史の長い店だったのか。
「まったく、2人がへにゃへにゃだから店を大きくできないんでしょ~!」
「ふふっ、良いじゃないの。この店を守れているんだもの」
おかみさんの言葉を聞き流し、ルシールちゃんがこちらを向いてくる。
「こほん、お見苦しいところをお見せしてしまいました」
「いや、普段の君を見れて面白かったよ」
「私は見せたくなかったんですが……それで素材は薪で大丈夫でした?」
運んできた台車の中身を見せてくれるルシールちゃん。
そこには、あの時と同じ薪が載せられていた。
「3体は造れるね、この量だと」
「店で使う分はもう入れてるんで、良いですよ。3体造ってもらっても」
「分かった――」
数を数えるまでもなく、魔法を発動する。
即座に3体のゴーレムを生み出し、とりあえず並べてみた。
驚くルシールちゃんの表情を見ていると、冗談だったんだろうか。
3体造っても良いってのは。
「おお~、相変わらず凄いですね」
「話には聞いてたけど、同時に3つも造れるなんて」
ルシールちゃん親子の賞賛を聞いて胸を張るゴーレムたち。
……なんなんだ、こいつら。
俺はなんの指示も出していないのに。
「これからよろしくね?」
律儀にゴーレムに向かって頭を下げてくれるおかみさん。
そして3体揃ってそれに応えて深々と頭を下げるゴーレムたち。
「なんか久しぶりに会ったって感じですね、こうなると」
「前にやった時も勝手に受け答えしてたもんな……」
「同一人物なんです? それとも魂は別?」
……難しい質問だ。
「分からない。そもそも魂なんて入れてないし」
「高度な受け答えに私たちがそれを見出しているだけ、と」
哲学的な回答だ。本当に博識だよな、ルシールちゃん。
考え方の基礎をしっかりと持っているからこの言葉が出てくる。
「そう思いたいんだが、正直、今の俺の限界は俺も知らない」
「……そう言われると解体しにくいですね」
「いや、うん、まぁ、大丈夫だと思う。流石に魂は造れないよ」




