第1話「フランクさんって最近、えっちになりましたよね?」
「フランクさんって最近、えっちになりましたよね?」
その日は、久しぶりに”銀のかまど”に顔を出していた。
フィオナがシフトに入っていて、俺が非番の時によく来ている。
出勤する彼女をトワイライトまで見送ってから来るとちょうど良いのだ。
夕方の営業が始まったばかりの時間で、冒険者どもは帰ってきていないから。
「……すまない。ちょっと、もう1回言ってくれないか?」
あまりにも予想外過ぎる言葉に、食べていたミートパスタを吹き出しそうになってしまった。以前の俺なら絶句して言葉に窮していたのだろうが、今はバリバリの接客業だ。時間稼ぎの言葉は投げられる。少しトゲが立ってしまったが。
「いえ、なんかこう、色っぽいというか……えっちになりましたよ」
こいつ、2回も言いやがった。
年頃の娘っ子が、30歳を手前にしたおっさんに向かって2回も。
「えっちって、いったいどこが……?」
こちらの言葉を受けて、ルシールちゃんがスッと顔を覗き込んでくる。
綺麗な瞳だ。明るい黄金色が宝石のようで。
今の仕事を始めて他人の目を見ること自体には慣れたが、美女となると別だ。
俺はフィオナのように女性客で8割とかじゃない。
「そうですね。言おうと思えばいくらでも言えるんですが、まず1つ」
ふいに彼女の指先が、俺の手のひらに触れる。
ちょうど口元についたトマトソースをハンカチで軽く拭っていたところだ。
口紅を崩さないように拭うコツがあって慣れるまで大変だった。
「前までハンカチなんて使ってなかったですよね?
それにまだ食べ終わってないのに、細かく口を拭くなんて。
まるで色気づいた私の友達みたいじゃないですか」
なんだこいつ、親戚のおじさんか……?
「べ、別に今までがズボラすぎただけだよ、これくらいは嗜みさ」
「嘘ですよ~、ひと口がすっごく小さくなりましたもん。
パスタも全く啜らなくなっちゃって。どうしちゃったんですか?」
まるでダイエットし始めた娘を心配する母親みたいな言い方だ。
しかし、ここで本当のことを話すと余計に話がこじれる気がするな。
「いや、この身体になってから食が細くなってさ」
「そうですか……?
少し前までは元の身体の時と同じ勢いで食べてたと思うんですけど」
食べる量の変遷まで見ていたうえに、覚えてもいるのか。
つくづく恐ろしい観察力だ。実際、食が細くなったというのは丸っきりの嘘ではないが、だからといってひと口を小さくしていたわけではない。
「――やっぱり、フランクさんって嘘つくの下手ですね?」
「うぐ……どうしてそう思うんだい?」
「表情というか間というか、そういうところから感じるんですよね」
……いつぞやかレンブラントに表情だけで鎌をかけられたのを思い出す。
それにフィオナにも同じようにやられた。
でも、トワイライトで接客業をやるようになってから少しは上手くなったと思っていたのだが、まだまだ思い込みだったらしい。
「で、いったい何があってそうなったんです?
恋する乙女みたいに小綺麗に取り繕った振る舞いばかり身に着けて」
耳元で囁くルシールちゃん。
いたずらっぽい声色に、首筋がこそばゆい。
「いや、ちょっと縁があってトワイライトで働き始めてさ」
「ええっ?! この街で最強の夜の店じゃないですか?!」
そんな驚くことなのか?
というか、トワイライトの名前だけで通じるんだな。
まぁ、銀のかまどの一人娘となれば業界の話くらいは入ってくるか。
毛色はだいぶ違うが、酒場という意味では同じくくりに入る。
「……大丈夫なんですか? その身体で」
俺の肩をガシッと掴んでくるルシールちゃん。
本気で心配してくれているのは分かるんだけど、そこまでか?
そこまで心配されるのか、今の俺は……。
「そんなに心配するほどかな?」
「フランクさん。今の自分に自覚あります?
私より5つは若い見た目なんですよ? いや、幼いと言っても良い」
こうも熱弁されると久しぶりに自覚する。
今の身体の小ささを。ルシールちゃんよりも背も肩幅も小さいのだ。
「大丈夫なんですか? 狙われてませんか? 少女趣味の人に」
あまりにも真剣に心配してくるもので、静かに頷くことしかできなかった。
いや、実際、トワイライトは値段が高いだけあって客層はかなり良い。
冒険者アパートに住んでいた頃よりもよほど安全だと感じている。
「今のところは全然大丈夫だよ」
「ふむ、それなら良いんですけど……。
そういえばフランクさんって、舞台に立っているんですか?」
ルシールちゃんの言葉に頷きつつ、ミートパスタを食べ進める。
流石にこのまま放置していたら冷めてしまうからな。
煮込まれてふにゃふにゃになったトマトの酸味が心地いい。
「――常連さんがいつの間にかトワイライトのショーガールになっていたなんて」
見つめられながら食べ進めるというのも少し恥ずかしいな。
まぁ、店ではいつもやっていることだが、酒とつまみだけだ。
パスタみたいなテクニカルな食べ物、客の前で食うことはない。
「そんなに見つめられると照れるな」
「すみません。まつげが綺麗だなって見惚れていました」
……口説かれているのか、俺?
「ははっ、からかわないでよ。これでも中身はおっさんなんだよ」
「いや、前から思ってましたよ? まつげが綺麗だなって。
あの頃はずっとメガネをかけていましたよね」
っ……そう来るか。
フィオナにも瞳は変わらないと言われたが、今度はまつげか。
どうも、他人は俺のことを思わぬ以上に見てくれていたらしい。
「……でも、今の方が綺麗だろ?」
「ふふっ、そりゃ本業の方になってしまえばそうですよ」
お久しぶりです。大変長らくお待たせいたしました。
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それ以降は隔日か、曜日を決めて更新しようかなと検討中です。
決まりましたらまたご報告させていただきます。
それでは女体化チート1章3節、明日もお楽しみください。




