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第27話「――先輩。貴方には返し切れない恩がある。どうか、お元気で」

「……先輩、俺には降りてるんですよ、冒険者保険」


 懐かしい言葉を前に少し笑ってしまう。

 ルシールちゃんに色々と調べてもらったのがもう大昔のことみたいだ。

 俺には前例がないし、能力も落ちていないから降りなかったが。


「腕を失っていれば降りるよな、当然に」

「ええ、だから払えるんです、義手の代金くらい」


 オスカーの言葉に首を横に振る。


「良いんだ。どうせたいした金額はかかっちゃいない」

「――ご冗談を。この石材だけで並の義手なら買えるでしょう?

 白光石、軽くて丈夫で劣化しにくい最高の材質だ」


 流石は同業者だな。この程度の嘘では通用しないか。


「なぁ、オスカー。これからどうするんだ?」

「え? 開拓都市を出た後、ですか?」


 彼の確認に頷きながら、俺も酒に口をつける。

 炭酸水で割っていないウィスキー。氷を入れただけの濃い酒だ。


「――王都に出て軽く仕事を探してみるつもりです。

 まぁ、実家より稼ぎの良いのが見つからなかったら帰りますけど」


 やはり素直に地元に帰るつもりはないか。

 なんとなくそうなる気がしていた。

 こいつの性格を考えれば、実際に稼げるか否かを調べもせずに帰るはずもない。


「なら金が要るはずだ。少しでも多い方が粘れるってもんだろう」

「でも、それは先輩だって同じじゃないですか。ギルドやめさせられて……」

「なんだ? トワイライトの新たな歌姫に向かって金の心配か?」


 ウサミミをぴょこぴょこと動かしてみる。

 それを見てオスカーは少し笑った。


「この義手と同じ仕組みなんですか? それ」

「まぁな。感覚を繋げているから俺の意識に連動して動くんだ」

「流石はフランク先輩ですね、抜け目ない人だ」


 言いながら微笑むオスカーの表情を、美しいと感じる。

 それを向けてもらえていることは、この世でも上位に入る幸福なのだろうと。


「――俺にとって貴方は、ずっと目標でした。

 貴方に兄弟と見込まれた時から、ずっと追いつきたいと思っていた」


 酒に染まった頬、しっかりとこちらを見つめる瞳。

 真正面からこうも褒められると、少し気恥ずかしくなってしまう。


「……でも、何もしてやれなかった。

 言葉だけ兄弟と呼んで、いざという時に何の役にも立ってやれなかった。

 だから、良いんだ。その義手のことは」


 魔力に染め上げられた翡翠色の瞳。

 風を操る魔法に長けた若者。本当ならもっと伸びるはずだった。

 それだけの才能がある男だった。俺はそれを、守ってやれなかったんだ。


「っ……違うんです。違うんですよ、先輩。

 確かに俺も、貴方とパーティを組めたのならと思わなかったわけじゃない。

 でも、そういう罪悪感みたいなものにつけ込みたかったんじゃない」


 ――思わぬ言葉に、俺は息を呑んだ。

 そうだ、確かに俺が義手をタダでくれてやろうと思っているのは罪悪感からだ。

 現役時代に何もしてやれなかったことを、今さら、少しでも穴埋めしたいと。


「……俺は、冒険者を辞めた後も、貴方との繋がりが欲しかった。

 冒険者としては何もできなかったけれど、貴方に出会えたことにまで後悔したくなかったんです」


 オスカーが、その右腕で俺のことを引き寄せる。

 半ば抱きしめるような形で。

 ……俺が女になっていて良かったな、これなら相手をしてやれる。


「俺は、孤独の中で育ちました。

 魔術師のいないような田舎で生まれた貴方なら分かるはずだ。

 どこまで行っても、俺たちは疎外されている」


 オスカーの言葉に頷く。幸い俺には母という同類が居たが、それだけだった。

 それでも孤独だった。同世代の、本来なら友になってもおかしくない相手はどこまでも俺を異物として認識していた。それを肌で感じた。幼い頃から。


「……親族にさえ、魔術師がいないんだものな」

「ええ。そこだけは貴方と違います」


 オスカーの右腕が俺の肩を抱く。

 感触を確かめるように、他人の温度を感じるように。


「……俺を兄弟だと、家族だと呼んでくれたのは貴方だけだ。

 本当の兄でさえ、俺を兄弟と呼んだことはない。

 貴方に兄弟と呼ばれて、初めて思えた。俺も仲間を作れるんだって」


 ……俺が、初めてそう感じたのはいつだったろうか。

 今、オスカーが教えてくれたように、孤独な魔術師だった俺が仲間を作れるんだと初めて感じたのは。


 田舎を捨て、この街に来て、魔術師がいることが当たり前という環境を初めて知った。俺たちのような人種が特別じゃない場所を。そして、こういう環境で育ったバッカスが声を掛けてくれたんだ。あれが始まりだった。


「オスカー……」

「だから先輩、良いんです。

 出会った時にはもう、貴方は俺を救ってくれていたんだ」


 っ……ここまで、ここまで言われてしまったら、もう何も言えないじゃないか。


「だから、俺は貴方の技術と想いに対価を支払いたい。

 それが最大の敬意だと、知っているから」


 ここまで言われて、反論なんてできるだろうか。

 それでも、それでも俺は、今のこいつから金を取りたくなかった。

 少しでも彼の未来を、応援したいと思うから。


「……分かった。お前の想いは分かった。けど、俺にも先輩としての意地がある。

 罪悪感とは別に、お前の未来の力になりたいんだ」


 オスカーは反論せずに俺の言葉を聞いてくれる。

 横やりを入れることなく、その続きを待ってくれた。


「――新しい仕事を見つけて、そこでの稼ぎから払ってくれ。

 急ぐことはない。利息をつけたりもしない。

 ただ、今の貯えじゃなく新しいお前の稼ぎからだ。それなら受け取る」


 こちらの言葉を聞いたオスカーは、溜め息を吐きながら、笑った。


「強情ですね、先輩」

「ダメか?」

「いえ、また貴方と会う機会ができて嬉しい」


 オスカーの右手が、俺のウサミミに触れる。

 疑似的な神経が互いに感覚を伝え合う。

 肌と肌ではないけれど、確かな触れ合い。魔術師らしいやり取りだ。


「……あとな、オスカー」

「なんです? 先輩」

「いくらできると感じても戦闘は避けろ。義手が耐えられるか分からない」


 戦闘に全く耐えられないということはないだろう。

 しかし、そういう危険な状況を前提にしたテストはなんらしていない。

 だから釘を刺しておいた方が良いと思った。

 なまじ義手の出来が良すぎて、戦えると思わせてしまったら毒だ。


「……そうですね。流石に今から戦いを生業にし直すつもりもありませんよ」

「あと、不調があったらいつでも来て良いぞ。遠くなってしまうが」


 一応のメンテナンスのやり方については既に教えている。

 だが、その範囲以上に不調が起きることもあるだろう。


「ふふっ。ええ、頼らせてもらいます」


 オスカーの右腕が離れ、グラスを握る。

 そして酒を口に運ぶ。そんな何気ない動作がやけに美しく見えた。


「――先輩。貴方には返し切れない恩がある。どうか、お元気で」


あけましておめでとうございます。そしてここまでのご愛読、ありがとうございます。

2022年最初の投稿にして、これにて1章2節が完結しました。


3節以降につきましては、しばしお休みをいただいてから連載を再開したいと思います。

(正月休みで書き進められると良いのですが……)


今年も女体化チートをよろしくお願いいたします。

できれば今年中に完結まで持っていきたいところです。見守っていただけると嬉しいです。

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