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第23話「でもとりあえずは”――ようこそ。こっちの世界へ”」

「おはよ~、ロゼちゃん。フィオナに誘われた? ダンサーになるの」


 トワイライトを開ける前。バーテンダーとして準備を進める時間帯だ。

 ラピスさんにそう話しかけられていた。

 今日は彼女が第1幕とはいえ、だいぶ早い出勤だ。


「ラピスさん……ひょっとして焚きつけました? フィオナのこと」

「ふっふっふ、まぁね。あの娘、貴女のこと相当気に入っているでしょ?」


 たしかにラピスさんの言う通りではある。

 しかし、これに頷くほどの素直さを俺は持ち合わせていない。


「でも、初日以来、私を誘ってなかったじゃないですか、ラピスさん。

 ディーデリックとのダンスが評判って、フィオナに吹き込んだんです?」

「――いや、そこは吹き込んでないよ♪

 そんな評判を聞いたばかりのフィオナに、初日の君とのことを話しただけ」


 ……マジか。この態度のラピスさんを見た瞬間に察したつもりで居た。

 そもそもディーデリックとのダンスは評判になどなっていないと。

 しかし、この読みは外れたらしい。


「本当ですか? あんなザマだったのに」

「ふふっ、あれが崩れていると見抜けるのはこの店でも私くらいじゃないかな。

 ディーデリックが貴女を崩しにかかってたよね、あれ、相当気に入られてるよ」


 俺がダンスの模倣ができると知っているとはいえ、ディーデリックの方の動きまで完全に見抜いているのは彼女が社交ダンスに精通しているからだろうか。

 あるいはディーデリック自身のことも知り尽くしているからか。


「ラピスさんほど気に入られている訳じゃありませんよ」

「まぁ、私は母親というか姉というか、そういう感じのあれだから。

 でもとりあえずは”――ようこそ。こっちの世界へ”」


 スッと微笑んで見せるラピスさんにドキッとする。

 やはり舞台の上に立つ人だ。表情の作り方が格段に上手い。


「……ま、まだ舞台に立ったわけじゃないですよ」

「でも、舞台に立つことを見据えながら準備をし始めるんだ。

 ならもう入り口はとっくに過ぎているよ、ロゼちゃん」


 フィオナはこれからダンスのこととかいろいろと稽古してくれると言っていた。

 だから今晩から舞台に立つとかそういうことじゃないんだ。

 今日はあくまでこれまでと同じバーテンダーとして、ここにいる。


「……もし、ラピスさんなら私をどう使うつもりだったんです?」

「え? どうだろうな、たぶんフィオナの考えとそんなに変わらないかな」

「そのフィオナの考えをまだ聞いていないんですよ、私」


 こちらの言葉を聞いて少し微笑むラピスさん。


「なるほどね。君には華があるし、格段に小柄だ。

 だから大人数の舞台よりも2人で立つのが最適だと思う。

 私やフィオナみたいな単独の演者の相方、引き立て役……というには貴女自身に華があるからちょっと言葉が合わないけれどそんな感じかな」


 ……新人は新人だから、てっきり大人数の方に回されるかとも思っていた。

 トワイライトのステージに単独で立てるほどの実力者は限られている。

 フィオナとラピスは平然とやっているが、それだけで才能だ。


 しかしそんな力を持つ数人だけでは店は回らないし、何よりも重厚さばかりが増していくから1度の舞台に10人を越えるようなショーガールが立つことも多い。あっちはあっちで人数がそのまま華になる楽しさがあるんだが、今の俺が入ると確実に浮く。彼女らの平均的な背丈の3分の2くらいしかない今の俺では。


「つまり、フィオナも同じことを考えているなら……」

「たぶんそうだと思うよ。

 でなければ私に取られることをあそこまで嫌がらないかな~って」


 ――フィオナの舞台に、俺が立つのか。

 なんだろう、喜んでいる自分もいるがそれ以上に冒涜じゃないか……?

 いくら美しい少女の見た目になっているからって、俺なんかが。


「結局アンタの思い通りってわけね? ラピス」


 俺たちの話を聞いていたのか、レナ店長の声が聞こえてくる。


「ふふっ、良いでしょ? ダンサーは多い方が良いし、この娘がショーガールになったらたぶんすっごく指名されるよ」

「まー、アタシも店長としては強く反対できないんだけれど」


 ラピスさんに向けていたレオ兄の視線が、こっちに飛んでくる。


「短い後釜だったわ。他のバーテンダー手配しないといけないわね」

「……もし、どうしてもダメだって言うんなら」

「いや、言わない。正直、初日からなんとなくこうなるって思ってたし」


 勘違いしたラピスさんに乗って舞台の上で踊ってみせたあの時からという訳か。


「あ、でも氷と炭酸水作りは続けてもらっても良い?

 魔術師の代わりは見つかる気がしないのよ。アタシのツテじゃね」

「もちろんそれは構わない。必要とあればバーテンダーとしても入るし」


 こちらの言葉に頷くレナ店長。


「えー、でもバーテンダーには指名料つかないからダメじゃない? 店長」

「ま、それはこいつがどれくらい客を集めるのか見てから考えるわ」


 バー部分をどう回すのかと店全体の売り上げを天秤にかけてるのか。

 流石は店長。ある意味ではオーナーより経営に精通した男だ。


「ふふっ、現金だね、レナ店長は」

「アタシのバーテンダー引き抜いたアンタもそうでしょ?」

「まぁね。気に入っているんだ、私。この場所をさ」


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