第22話「あれ、懐かしいね。おじさんがメガネ出してるの」
カモミールティーを飲みながら、ゆっくりと本を読み進めていく。
シルビア先生に手配してもらった義手・義足に関する入門書を。
基本を押さえているだけだと先生は言っていたが、それでも俺の知らないことばかりで有益だった。
「――あれ、懐かしいね。おじさんがメガネ出してるの」
トワイライトから帰ってきたフィオナが、居間でくつろぐ俺に声をかける。
今日、俺は休みだったが彼女は仕事だったのだ。
それで夕方ごろに先生から貰った入門書を深夜まで読み進めていた。
「ああ、本を読むのに必要かと思ったんだが、今の俺には要らないらしい」
「ふぅん。元々はずっとかけてたよね?
おじさんのときのおじさんがメガネ外してたところ、見た記憶がない」
机の上に出していたメガネを自分でかけてみせるフィオナ。
思わぬメガネ姿が愛らしいが、彼女の目には相当負担がかかるはずだ。
「うわっ、きっつ、こんなに度が入ってたんだ……」
「そう。それなしだと、この距離でも君の顔さえ識別できるか怪しかった」
「はえ~、よくそれで冒険者やれてたね。危なかったんじゃないの?」
フィオナが返してくれたメガネを撫でながら、ケースに仕舞う。
「一時的に視力を上げる魔法を真っ先に覚えていたんだ。
使う機会がなくてよかったけどね」
「……いつからなの? おじさんの目が悪いのって」
こちらの肩に手を乗せたフィオナが質問してくる。
「生まれた時から。母さんがこいつを作ってくれてね。
もし魔術師の息子に生まれてなかったらと思うとゾッとする」
「あ~。結構高いもんね、メガネ」
彼女の言葉に頷く。この開拓都市でさえ高いのだ。
「まぁ、ここら辺なら高いで済むだけまだマシかもな」
「と言いますと?」
「田舎じゃそもそも手に入らないことも多い」
驚いた声を上げるフィオナ。
確かにここで育ったような人からは想像がつかないだろう。
俺もあの場所から出てきて12年。正直忘れかけている。
「なるほどね、それで大切にしているんだ、そのメガネ」
「ああ。要らなくなりはしたものの、流石に捨てるのも忍びなくて」
「ふふっ、大切にしておきなよ、そういうものは。
おじさん、ただでさえ物に執着がなさそうだしね」
フィオナがそう言うのも分かる。
というか、ここに引っ越してくるときに言われたんだ。
こんなに私物が少ないのか?って。
「――それで、義手造りは上手く行きそう?」
ふむ、この質問に対し、魔術師ではないフィオナにすべき回答は……。
「この入門書で必要な術式が全て分かったとして、残る問題が1つ」
「ほうほう、ちなみにどんな問題なの?」
「使うべき材料がかなり高価ってことかな。出せないほどじゃないけど高い」
希少な種類の岩石、もしくは高度に精製された金属。
金属の方は原料から仕入れてこっちで精製すれば安く上がるかもしれないが、そっちはそっちでまた新しい入門書を手に入れる必要がある。それなら普通に金で解決してしまった方が現実的に思える。
「お金が要るわけだ。どうせ後輩さんの方に出させるつもりはないんだろ?」
「怒ってる……?」
財布は一応、別だけど同居相手だ。
金遣いが荒いとなれば文句のひとつくらい言われてもおかしくはない。
「まさか。ボクが怒る筋合いもないし、怒ってもいない。
ただ、お金が要ると言うのなら、ひとつ誘いがあるんだ」
……誘い? フィオナが俺に対して?
いったい何の話だろう。
今さら怪しげな金策方法にフィオナが手を染めているとも思えないし。
「立ってみないかい? ボクと同じ舞台に――」
っ……???!!???!!
同じ舞台って、つまりは同じショーガールとして、ということか……?
「えっ、ちょ、待ってくれ……だって、俺が店に入るのも嫌がってたのに?!」
レオ兄がフィオナ経由じゃなくてバッカス経由で俺に誘いを入れてきた理由がそれだった。俺も正直、気持ちは分かる。仲の良い知り合いが同じ職場の同業者になってしまうのに抵抗があるということは。しかし、残るもう一線を越えろと。
「うん。まぁ、それはそうだったんだけど、事情が変わったんだ」
「いったい何がどう変わったって言うんです……?」
「いやさ、少し前にあのディーデリック王子と踊ったんだろ?」
フィオナの確認に頷く。たしかあの日、彼女は先に帰っていたはずだ。
しかし、あの王子とのダンスが何だというのか。
「あれ凄く評判になっているんだよ、うちのスタッフの中で。
本人である貴方はあまり聞いていないかもしれないけど」
「え? そうなの……?」
言われてみれば確かに何度か褒められたこともあったような気がする。
世間話くらいに捉えていたが。
「特にラピスあたりが本気で貴方を欲しがっている。
たしかに今のおじさんは、立っているだけで華があるからね。
しかも入店するときに踊ったんだろ? ボクと同じ”蜜月”を」
――げっ、本人にまで話が回っているのか?!
「お、お恥ずかしながら……」
「そこからラピスは目を付けてたんだってさ。
このままだとあいつのプランで貴方が舞台に立つことになる」
レオ兄が釘を刺してからしばらく誘われていなかったが、今でもそこまで本気だったのか。ラピスさんは。
「貴方をあいつに取られるくらいなら、ボクのものにしたい。
ステージに立つ貴方はボクが演出する。
どうだい? まさかラピスの方に行くとは言わないよね」
そりゃここまで言われたら、答えは決まっているが……。
「お、俺にはバーテンダーって仕事が……」
「ふぅん? ここでボクの誘いを断ったとして、ラピスのは断れる?
おじさん押しに弱いだろ? 貴方が一切舞台に立たないのなら良いけど」
……素直に恥ずかしい。年下の女の子にここまで見抜かれていることが。
確かに今、ここでフィオナの誘いを断ったとして、仮に何度もラピスさんに誘われて断り切れるのかと言われれば、そんな自信はない。
「……いや、でも、ヤバくないか、中身おっさんだぞ、俺」
「あの場所は外見と魅せ方を売る場所だ。それは貴方が一番知っているだろう」




