第21話「――驚いたな。君は、他人のプライベートに踏み込まない部類だと思っていた」
「――驚いたな。君は、他人のプライベートに踏み込まない部類だと思っていた」
そう言いながら、口をつけていた紅茶をスッと置くシルビア先生。
……この人とギルドの診療所以外で向かい合うのは初めての経験だった。
場所はギルド近くの喫茶店。テラス席に座る彼女を見つけて近づいたのだ。
「どちらかといえば街で知り合いを見かけても声を掛けない方だろう? 君は」
「……よく、分かりますね」
「ふふっ、分かるさ。私もそうだからな。時と場合はあるが、よほどでなければ」
会話を続けながらメニュー表を手渡してくるシルビア先生。
いつもの白衣ではない、私服姿の彼女はどこか普段より幼く見える。
「まずは注文を決めたまえよ、フランクくん。ここは喫茶店だ。
私はね、こういう場で自分は注文せずに居座る奴が大嫌いなんだ。
あと付け加えるのなら、飲み物だけというのもこの店には相応しくない」
一見すると怒っているようにも感じたが、その奥に笑いを隠している。
こちらが無理にこの場に座ったから色々と押し付けられる、という状況を楽しんでいるような、そんな感じだ。
「ちなみに私が頼んだのは、柿のショートケーキだ。季節でね、旨いぞ」
まるで図ったみたいにテラス席に柿のショートケーキが運ばれてくる。
太陽みたいなオレンジ色をした柿が真っ白いクリームの上にあしらわれている。
……まぁ、まず間違いなく旨いんだろうな。
「すみません、同じものを注文したいんですが――」
紅茶とケーキの注文を済ませたところでシルビア先生が口を開く。
「そういえば聞いていなかったが、甘いものはイケる口か?
私はカッコつけだと思っているが、男には自称・甘いものが苦手が多いが」
「ダメなら診療所でジュース貰いませんよ、シルビア先生」
納得したように頷く先生。
「性格が出ているな、フランクくん」
「……何の話です?」
「私を見つけて、血相を変えてここまで来たのに本題に入らない。
こちらが話していることを聞いてくれている」
先生の瞳が、見透かしたようにこちらを見つめている。
「……じゃあ、良いっすか? 本題」
「ダメだ、私の時間を安く買えると思うな」
無茶苦茶な言葉に笑ってしまう。
「本題が済めば、さっさと退散するんですけど」
「いいや、君は紅茶を飲み、ケーキを食べ終わるまでは帰れんよ」
たしかに。といってもまぁ、本気を出せば瞬く前に流し込めるが。
「なぁ、フランクくん。君が私と似た部類の人間ならば分かることがあると思う」
「街で知り合いを見かけても声を掛けない者同士で?」
「そうだ。――意外と声を掛けられると嬉しい時もある。違うかな?」
首を傾げるシルビア先生の振る舞いが少しだけ幼げに見えて、愛らしかった。
「相手にもよりますけど、俺が先生にとってそうなら嬉しいですね」
「ふふっ、そこまでは言ってやらん」
静かな笑みを浮かべる先生。彼女の表情が言葉よりも雄弁に物語っていた。
「それで? 君の本題はなんだい? フランクくん」
「――義手の造り方。入門書程度で良いんです、ツテ、ありませんか?」
こちらの回答を聞くよりも前に一口ばかりケーキを食べ進めていた先生。
彼女は少しだけ驚いたような表情を見せて、続けた。
「義手か……誰のために?」
「オスカー。少し前、1年と2か月ぶりに出た死者、そのパーティメンバー」
たぶんここまで説明しなくてもオスカーの名前だけで理解していたと思う。
ギルド所属の冒険者全員を覚えているんじゃないかと思わせるような人だから。
「どうして君が……?」
「――あいつが俺の、兄弟だから」
シルビア先生の瞳がこちらに突き刺さる。
その視線は、まるで俺の心まで見透かそうとしているような。
「ほう、君が後輩を兄弟と呼ぶとはな。もっとドライな人間だと思っていたが」
「俺からそう呼んだのはあいつくらいです。
なのに、現役時代は何もしてやれなかった」
”そんなあいつが、俺に望んでくれたんです”
ここまで聞いた先生は、静かに深く頷いてくれた。
専門家に任せるべきだとか、色々と言いたいことはあるだろうに。
ただただ頷くだけだった。
「――男同士の友情というわけか。冒険者らしいな」
「あいつは、俺が兄弟と見込んでくれたことに後悔したくないって。
新人のころに言っちゃったんですよ、お前は俺の兄弟だって」
そこまで言って、俺も運ばれていた紅茶に口をつけた。
高貴な香りが吹き抜けていく。
「……もし、俺がそんなことを言っていなければ、こんなことには」
「もっと早く辞めていたかもしれないと思っているわけだな」
「ええ、分かるでしょう? お互いこの業界に長い」
先生もこちらの言葉に同意してくれる。
ひとつふたつの良い出会いが後ろ髪を引いて、引き際を誤らせる。
冒険者という稼業ではそれが命取りになる。珍しい話じゃない。
「――背負うな、フランク。人は人と関わる中で他人の決断を左右してしまう。
だが、他人がどう決断するかの全てを制御している訳じゃない。
お前がその一因になっていたとしても、お前だけが原因のはずもない」
シルビア先生の銀髪が静かに揺れて、その奥の瞳がこちらを射抜いていた。
「……分かってます。結局、人は人の人生を背負うことはできません。
ただ、それでもあいつが頼んできたことくらいは叶えてやりたい。
兄弟と見込んだ男に何もしてやれなかったことの報いとして」
届いたショートケーキを切り分け、口に運ぶ。
暴力的でありながら上品な甘さ。
けれど味を感じるには、精神が良くないコンディションだった。
「……私も医者だ。義手・義足に長けた魔術師とのコネクションはある。
ただ、本当に入門書程度が限度だぞ? 詳しい所は部外者には明かさない。
魔術師同士、そこら辺の秘密主義は分かるよな」
先生の言葉に頷く。本気で全てを知るつもりなら弟子入りするしかない。
魔術師にとって術式を組み上げる技術とその情報は生命線だ。
冒険者同士でだって深い所はなかなか共有しない。
「俺がこの身体になってから、魔法が向上してることは知ってるでしょ?」
「レシピを見ただけでゴーレムに料理を再現させられる、だったな。
自分はたいして理解もしていないのに」
流石は俺の主治医様。よく覚えてくれている。
「そういうことです。ちなみに現状、知識なし造ったのがこれです」
そこまで話したところで先日に造った試作品1号を見せる。
大きめの鞄の中に仕舞っていたものだ。
「――ゴーレム作成と同じ術式を使っているな?
しかし、ふむ、最初からここまで造れるのなら徒労に終わることはなさそうだ」
「元の俺ならともかく、今の俺ならやれます、きっとね」
こちらの言葉に頷くシルビア先生。
「義手の調整には医者の手も必要だ、私が務めよう――」




