第20話『ただ、頼まれたんだ。義手を造ってくれって』
――昨日、フィオナには随分と気を遣ってもらったと思う。
俺が帰ろうとしたタイミングで声を掛けてきたこと。
それでいて俺が誰の相手をしていたのかを聞いてこなかったこと。
おそらくはどちらも彼女の気遣いだ。
『今日から忙しかったりするのかな? おじさん』
鈍い俺は今朝にアイシャになった彼女に聞かれて勘づいた。
多分、俺個人に片腕の客が訪ねてきたことくらいは知っていたんだと。
『気づいてたのか』
『まぁ、ぼんやりとはね。大切なお客さんが来てたんでしょ?』
『そうだ。俺が兄弟と見込んだ男だ』
こちらの言葉に頷いたアイシャがそのまま続けた。
『どうにかしてあげるつもりなの? 腕を生やしたり?』
『――ふふっ、流石にそこまではできない。
人体はとにかく複雑だし、それだけで神性を帯びているからな』
動物の死体でゴーレムを造るみたいなのとは訳が違う。
人間を模倣することはタブー中のタブーだし、そもそも魔法では及ばない。
神の創った人体には、神の御業を模倣する魔法では絶対的に届かない。
せいぜい一時的に変化させるか、繋いで治すのが限界だ。
『ただ、頼まれたんだ。義手を造ってくれって』
『ふぅん? 造ってあげるつもりなんだね』
アイシャはそれ以上何も言わなかった。
専門じゃないのにとか、そんなこと請け負う必要があるのかとか、何を言われてもおかしくないと思っていたのに。
『じゃあ、今日は夕方まで家を空けておくね。
もし作業部屋が必要なら、ちょうど良い場所があるから教えておこう』
休日が被った日はだいたい一緒にいることが多かったのだが、アイシャの方から1人で出かけると言ってくれるとは。つくづく気を遣わせてしまっている。
『――頑張って。良いものを造ってあげてね?』
彼女にここまで言われたのもあって、俺はかなり気合が入っていた。
とりあえずは概要を把握するために試作品を造る。
今のノウハウでどこまでやれるのか?
まず、それを把握しなければ何も始まらない。
「いちいち身体強化を使わないと材木ひとつ運べないなんて……」
シンプルに使いやすく加工された材木を買ってきて、現在。
ダンジョンに潜ってた頃は、廃屋を材料にしてゴーレムを造っていたが街の中にはそんな都合の良いものはない。
最悪、土でも造れたがフィオナの庭から拝借するのもあれだし、オスカーに捧げる義手の試作第1号を庭の土で造りましたというのもふざけた話だ。
「……腕だけを造る、か」
今まで幾度となくゴーレムを造ってきた。
人型の人形、車輪をつけた小型、コウモリ型、犬型と本当に色々と。
だが、腕だけのゴーレムなんて造ったことはない。
今まで全体を造ってきたものの一部だけを造ればいい。
そうと分かっていても、完成形のイメージが違うと求められる術式も変わる。
頭の中にこれだ!という術式を描き切ることができない。
だから、数を数えるなんていう、いつもの仕草もできなかった。
「一応こんなんでも形にはなるのか」
とりあえず試作品は出来上がった。腕を模した木造の義手。
少し太くなってしまったが、5本の指まで再現している。
オスカーが失くしたのは肘の少し先から。肘関節は再現しなくて良い。
「動かし方は――」
原理としては、髑髏払いの儀式で行ったのと同じことをやる。
感覚的なリンク。自分の右腕と同じような感覚で動かす。
まぁ、普通に動く。若干の魔力は消費するが、魔術師であれば誤差のうち。
……しかし、作業台に置いた右手が指だけ動いているのは気持ちが悪い。
足のあるゴーレムであればもっと自由に動かすこともできるが、指だけで自立させるには少し自重があり過ぎるな。
「現状では、ここまでと言ったところか……」
試作品を造って改めて不足している点が見えてくる。
まずは、人体との接続方法について。
受け皿を作り紐で括れば一応の形にはなるが、できれば触覚を用意したい。
触覚、痛覚までのリンクは専門外。一度もやったことがない。
次に材質の選び方だ。
今回は材木で作ったが、これでは強度不足。それに経年劣化が怖い。
汗を吸ったら半年も持たずに劣化するように思う。
できれば石系統が好ましい。しかし単純に石を選べば重くなる。
それはそれで右腕の代わりとしては使い物にならない。
細かい所はあるが大きく分けて問題はこの2つ。
ここからは義手を造っている技術者、魔術師たちに探りを入れたいが、あの手の職業魔術師どもは殆ど外に情報を漏らさない。業界内で出回っているはずの入門書ですらある程度のコネクションがないと手に入らないだろう。
……だが、おそらく今の俺なら奥の奥にあるような情報は要らない。
あたりがつけられれば良い。それだけで向上した魔法が意志を実現する。
今日だってそうだ。材木は勝手に強度を増しているし、5本の指まで細かく造ったことなんてほぼ初めてなのに普通に上手く行ってしまった。
ただ、それでも足りないのだ。
入り口程度の知識もないからここまでしかできない。
もう少しだけ深みに潜る必要がある。
「――おじさん。晩ご飯、食べるよね?」
必要なことを紙に書き出し、今後のプランを練りながら、義手1号とじゃんけんをしていた。ルシールちゃんのために造ったゴーレムと同じようにこいつは自律していて、手を勝手に出してくる。
勝とうとか負けようとか相子とかそういう指向性を与えていないから、勝ったり負けたりする。自分自身の魔力で動かしているというのに。
「あ、アイシャ……?!」
いつのまにか夜になっていたらしい。彼女の声が聞こえて初めて気づいた。
……しかし、これは相当見られたくないところを見られたな。
自分で造った義手を机に置いてジャンケンしているなんて、気が狂っている。
「そんなに動かせるんだ……凄いな。動作確認中?」
「あ、ああ。そんなところだ。まだ人体には繋げられないけど、とりあえず」
義手の方にはチョキを出せとか細かく指示を与えていないんだって話はしないでおいた。そこまで話すと真面目に正気を疑われかねない。
「流石のおじさんでも義手造りは初めてだろ? それでここまでできるんだ」
「ああ。ただ基本的にはゴーレムと同じ。前に見てもらった燃える髑髏と。
違うところはこれから調べなきゃいけないのさ」
こちらの言葉に頷くアイシャ。
「なるほど。そのあたりをつけたって訳か」
「そういうこと。まぁ、調べるのは明日以降にするよ。人に聞くつもりだし」
「うん。じゃあ、ご飯にするよね? 一応作ってはあるんだ」
彼女の言葉に頷く。いつぞやかに食べ損なってしまったフィオナの手料理だ。
「悪いな、作ってもらっちゃって」
「いや、いつもあなたにばかりやってもらっていたからね。
少なくとも義手ができるまでは忙しそうだし、しばらくはボクがやるよ」




