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第19話「ったく、店でおじさんはやめてくれ。王子様?」

 ……オスカーと別れて1人。

 元々、あいつが来店したのが俺の上がり際だったし今日は客も少ない。

 別に戻らなきゃいけないという状況ではなかった。早上がりだ。


 レナ店長がまだいるようなら礼のひとつでも言おうと思っていたけれど、生憎とあっちも既に上がっていた。まぁ、俺の次のバーテンダーが来るまで回せば彼自身もシフト的には早上がりだったから当然のことだ。


 だから俺も上着を羽織り、首元までしっかりとボタンをする。

 季節は冬に近づき、もうだいぶ冷えてきた。

 特にこの身体になってからというもの、どうも寒さに弱い。

 体温が上がったせいなのか、身体が小さくなったからなのか、性別のせいか。


(……これだったら、オスカーを見送ってやっても良かったかな)


 義手を造ってくれという依頼。

 俺があいつを兄弟と見込んだこと、あいつが冒険者を選んだこと。

 せめてそれを後悔しないで済むための最後の望み。


 あれを受けると言ってからというもの、ずっと頭の中で魔術式が巡っている。

 専門ではないから、今の自分で想像できる範囲で。

 そのせいで少し1人になりたくて。

 オスカーもどこかそう見えたこともあって店の出口で見送った。


「――おじさん。今、帰り?」


 トワイライトの扉を開いて、外に半歩ばかり踏み出したタイミングだった。

 ポンと肩に掌が置かれ、優しげな声が聞こえてきたのは。


「ったく、店でおじさんはやめてくれ。王子様?」


 こちらの言葉にフッと笑ったフィオナ。

 その腕が自然と肩から腰に移行して、半ば抱かれるように店の外に出る。

 ……女の客は、これをやられるとイチコロなんだろうな。

 まぁ、トワイライトの王子様として店の外に出ることはほぼないが。


「ふふっ、これで店の中じゃない。大丈夫、誰も聞いてないよ♪」


 まったくフィオナがそう言うのなら間違いはないのだろうが。

 周囲の観察にはとても長けている女だ。


「……先に帰ってなかったのか? 時間は大丈夫か?」

「ボクが今ここに居るのが答えだよ、おじさん。ありがとね、気を遣ってくれて」


 スマートな返しだ。これを耳元近くで囁かれるとドキドキする。


「ねぇ、今から悪いことしない――?」


 あっけに取られているうちに自然と誘導されていた。

 というより腰を抱かれたままなのだ。好きに持っていかれてしまう。

 けれど、それが心地よくて逃れる気も起こらない。


「悪いことって……確かに凄く悪そうだな、これは」

「月に1度もしないお楽しみなんだけど、たまには良いでしょ?」


 フィオナが俺を誘った先、それはスープパスタの店だった。

 明らかにトワイライトのような夜の仕事向けの飲食店。

 時間帯だけで言えば飲んだ帰りに選ばれそうだが、絶妙なオシャレさがいかにも業界向けって感じがする。


 ……オスカーと飲んでいた時には、殆どつまみも食わないで酒ばかり煽っていたから、正直このタイミングでの食事は非常にありがたい。身体には絶対に良くないがこうして誘われてしまえば断ることなど不可能だ。


「いらっしゃい。好きな席に座って」


 店主の言葉に頷いて慣れた感じでテーブル席に座るフィオナ。

 俺も彼女の向かい側に腰を降ろした。


「初めて来るタイプの店だ……」

「だろうね。お客のうちにここまで来るのは結構深みにハマってるから。

 偶然に見つける以外だと、ボクら側の人間に連れてきてもらうしかない」


 俺がここに慣れていないことにニヤニヤしているフィオナ。

 ……もし、知っているような素振りを見せたら、誰に連れてきてもらったのと詰問されてそうだな。この言い回しだとアフターとして選ばれやすい場所っぽいし。


「レナ姉みたいな?」

「くくっ、そういえばそうだったね。確かにあの人ならおかしくなかったか」

「でも実際には君に連れてきてもらったのが初めてだよ、フィオナ」


 こちらの言葉に頷く。


「まだまだボクの底は見えないだろ?」

「……ああ、前に言われた通り毎日見惚れているよ」

「ふふっ、意外と言うようになったね。嬉しいな」


 話しながらスッとメニューを開いてくれるフィオナ。

 けれど、ここで何を頼むかは最初から決めていたことだ。


「同じのが良いな」

「え?」

「フィオナと同じものが食べたい」


 こちらの言葉を聞いて少し笑ったフィオナは店主に注文を通した。

 なんか聞いたことのない魚を使った塩味のスープパスタらしい。


「……なんか今のおじさん、本当に幼い女の子みたいだったよ」

「えっ? ど、どこが?」

「ボクと同じものが良いって言ってるところ。なんか無邪気な感じがさ」


 いざ面と向かって言われると恥ずかしくなってしまうな。

 身体に引っ張られて幼くなっているとでも言うのか。


「うむむ……」

「言わない方が良かったかな? もっとそういうところも見たいし」

「いや、別に言われたからどうこうってのはないと思うけど……」


 なんて話をしているうちにスープパスタが運ばれてくる。

 思っていた以上に汁が多いが、少し冷えてしまった身体にはありがたい。

 静かに立ち上る湯気が食欲をそそってくる。


 深めのスプーンとフォーク、食べ方はだいたい分かる。

 いつぞやのレストランみたいなフルコースじゃないから何本もフォークがあるみたいなこともない。


「まずスープを一口飲むところから始めるのがおすすめだよ」


 言われるままスープをすくい、口に運ぶ。

 絶妙な塩加減が舌を刺激してお腹がすいてくる。

 その熱さが身体を内側から温めてくれる。

 そして、僅かに吹き抜けていく柑橘系の香りがまた絶妙だった。


「気に入ってもらえたみたいで嬉しいな」

「……俺ってそんなに顔に出るか?」

「うん、ばっちり。嫌なの?」


 別にこういう場面では嫌ということはない。

 ただ、レンブラントの鎌掛けに表情だけで引っかかったのを思い出して。


「今は良いんだけど、ちょっと間の悪い時に表情で見抜かれたことがあってさ」

「ふむふむ。ボクは今の貴方が好きだけど、この業界に長く居るつもりなら表情と感情は切り分けられた方が楽かもしれないね」


 表情と感情を切り分ける、か。

 端的な表現で、確かに必要なことだとは思う。


「まぁ、それに慣れていくと自分の中の何かがすり減るから正直オススメはしたくないんだけどね」

「……なるほどなんか分かる気がするな」


 パスタそのものをフォークに巻き付けて口に運ぶ。

 小麦の優しい味わいが口に広がってきて、ほんのり甘い。


「俺も君の表情に騙されて、君の感情が見えていなかったりするのかな」

「ふふっ、おじさんを騙そうと思ったことはないよ。

 それこそ本当に見えていたしね。ずっとボクのことを見ているくせに一度も隣に座らせてくれなかったレナ姉の親友さんのことは」


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