第18話「……オスカー、本当なら俺がお前とパーティを組んでやるべきだった」
「……つまり俺たちが命を賭けた理由なんて最初から無かったんです」
そう吐き捨てるオスカーの感覚、絶望。
それを否定すること自体は容易い。そのための理論はいくらでも作れる。
最初からディーデリックが望んだものではないと言えば、それで終わりだ。
だが、分かるはずだ。特に冒険者という稼業に人生を賭けるような人種には。
早くて15歳から張り始めて、魔術師なら限界は30歳から少し。
15年と僅かな延長戦の間に結果を出すためにはどこかで無理をする必要がある。
若いうちは特にそうだ。俺やバッカスのような終期、中期に差し掛かった冒険者ならともかく新人であればこういう世相に一切乗らないのは、それはそれで決定的に嗅覚がない。チャンスを逃す。たとえその機会がもっと近くに来ていても。
しかし同時に、突っ込み過ぎれば命を失う。
……俺はなんとかそれをギリギリで回避してきたが。
いや、回避はしていないか。回避できていれば、こんな小娘になっていない。
生きてここにいるのはただの運。俺のやったことだけで言えば死んでいた。
そんな危険と成果の駆け引きの中で、オスカーたちは命を張った。
ディーデリックの告げる再征服、王族が冒険者になるという千載一遇。
ここで派手な成果を出して、王子に名前を売ろうと考えるのは間違いじゃない。
まだ王子がパーティを組んでいないのだ。そこに食い込めると思う事も。
けれどその席には既にあの護衛のレンブラント、髑髏払いの儀式を受けてもいないのに平然と冒険者になっている異常者とベテラン中のベテランであるバッカスがいた。そんな現実を、仲間の命、そして自らの腕を失った瞬間に叩きつけられる。
リサーチ不足と言ってしまえばそれまでだ。
でも、そう糾弾することは、俺にはできない。
自分の過去を思い返せば、同じようなミスをしないとはとても言い切れない。
「……オスカー」
ここまで考えて、ここまで考えてしまったからこそ、かける言葉がなかった。
何か言ってやりたいのに、何を言えば良いのか分からなくて。
「……俺は、兄貴の駒で終わりたくなかった。自分の力で人生に勝ちたかった」
いつぞやにオスカーから聞いたこと。
何度も聞いたし、俺もそうだと答えてきた。
だから、俺たちは兄弟だと。
「どうするんだ……? これから」
「順当に考えれば、実家に帰るしかないでしょうね。
いくら魔術師でも、片腕じゃ実家より稼ぎのいい仕事は」
……もし、俺だったらどうだろうか。
俺が実家に帰るしかない状況になっていたら。
アダムソンが思い込んでいたとおりの結末になっていたら。
「辛いな……」
「ええ、これでも頼る家もないのに比べればマシなんでしょうけど」
「でもそれを喜べる人間じゃないだろ? 知ってるぜ、お前のことは」
2杯目の酒を作り、オスカーに手渡す。
「……ありがとう、先輩。貴方になら分かってもらえると」
「それくらいのことしかしてやれないが……」
「困ったことがあったら相談しろって、俺たちは”兄弟”だって」
最初に出会った時の言葉を、オスカーも覚えてくれていた。
そのことに少し嬉しくなって、同時に考えてしまう。
俺はいったい、兄弟と見込んだ男に何をしてやれたのだろうと。
「――ねえ、先輩。俺に腕、造ってくれませんか?」
は……?
「俺も魔術師です、ゴーレムを動かすくらいならできます」
「……同じ原理で義手を造ってくれってことか」
「ええ。軽く調べただけなんですが、割と同じ技術らしいんですよ」
ゴーレム作成と義手の技術が似通っている、のか。
知らなかった話だが、言われてみれば確かに通じるものはあるように思える。
しかし、できるだろうか、この俺に。腕の代わりなんて造れるのか。
「……けどよ、俺で良いのか? ここは冒険者の街だ。
義手・義足の技術者なんて探せばごまんといるだろうに」
こちらの質問を前にオスカーが静かに微笑んだ。
魔力に染め上げられた翡翠のような瞳が、薄暗闇の中で静かに輝く。
「ええ。貴方が良いんです。この街に来たこと、ここで稼ごうと思ったこと。
貴方と出会った時に、間違いじゃなかったと思えた。
不安だらけでしたけど、冒険者を選んだことは間違いじゃないと」
”貴方が、俺と同じだったから”
「だから、酷い結末でしたが、それでもそう思いながら去りたい。
貴方に兄弟と見込んでもらえたことに、後悔のない余生にしたいんです」
……もし、もしも俺がこいつに出会っていなければ。
俺という指標が居なければ、オスカーはこんなことになる前に足を洗っていたんじゃないだろうか。
仲間に恵まれなかった冒険者が、本当の危険を冒す前に業界を去るなんてことは珍しい話じゃない。けれど、俺が思わせてしまった。冒険者という稼業に着いたことは間違いじゃないと。結局は何もしてやれなかったこの俺が。
「……オスカー、本当なら俺がお前とパーティを組んでやるべきだった」
「良いんです。貴方の事情は知っています。
2人きりで続けることだって苦渋の決断だったはずだ。
そこに俺みたいな新人を抱える余裕はない。俺と貴方はレベルが違う」
……どこかで感じ合っていたこと。
思いついていたはずなのに決して踏み込まなかった領域。
一緒にパーティを組まないか?という誘い文句。
俺たちは最後の最後になって、初めてそれをぶつけ合った。
「……少し、時間は貰うぞ。半端な義手を餞別にはできない」
「この街に留まる理由が増えるのは、ありがたいですよ。先輩」




