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第14話「――共に踊っていただけますか? お嬢さん」

「まぁ、私もようやく王城を出たのだ。自由を謳歌しなければな――」


 彼の言う自由とは、まさに今日この日なのだろうと感じた。

 第2幕開演のベルが響き、舞台に立つラピスを見つめる彼を見ていると。


 たった1人で外に出ること。その行き先がここであること。

 尋ねた相手が彼女であること。たった1人の女のために尽くせること。

 全てが彼の得た自由なのだろう。


(……本当に、顔の良い男だよな、こいつ)


 タップダンスから始まるフィオナとは対照的に、開幕から静かに歌い上げていくラピス。そんな彼女を見つめるディーデリックを見つめて改めて思う。今までに知る彼の表情とは違う、15歳の少年らしい顔をしている。


 王城の使用人としての彼女と、王子である彼に何があったのかは分からない。

 ただ、きっと今、2人がこうして居られることは幸福なことなのだろう。

 そう思うと、俺もなぜか温かな気分になれた。他人事だというのに。


「――いや~、どうだった? 私の舞台は」


 第2幕が終わってしばらく、この特等席にラピスさんが戻ってくる。

 長きに渡った俺の役目もそろそろ終わりだろう。


「……ここに来た甲斐があった。今の貴女を知れてよかった」


 ラピスさんに目配せをして特等席を出る。

 言葉こそなかったが彼女の感謝が伝わってきた。

 そして特等席から離れた直後だ。


「――お疲れ、ロゼちゃん」

「レナ店長……シフトだと早上がりだったんじゃ?」


 人に『レナ姉と呼びなさい』と言いまくってくるだけのことはあって、こいつ店の中だと一度もフランクって呼んだことないんだよな。俺がここに勤めるようになってから。


「それはそうだったんだけど、あの部屋にいる人のことを思うとね」

「まぁ、何かあったら店の沽券にかかわるもんな」

「アンタが居るから大丈夫だとは思ったんだけど、一応ね」


 そう言いながらレナ姉がこちらに氷の入った水を手渡してくれる。

 だいぶ酒ばかり飲んでいたからな、そろそろ真水が飲みたかった頃だ。


「やっぱ恐ろしいくらいに気が利くな、姉貴は」

「ふふん、やっぱり水が飲みたくなってる頃だったんだ?」


 兄貴の言葉に頷き、一気に水を飲み干す。

 その冷たさに自分の身体の火照りを思い知る。


「どうだった? あの人は――」

「……それは店長としての質問か? それとも元冒険者として?」

「へぇ、そう聞かれると後者の方を聞きたくなるわね」


 レナ姉としての笑顔の奥、その瞳にかつてのニヒルさを感じる。

 レオナルド・ケイラーとしての視線を。


「俺たちがあいつと同世代だったら、さぞ面白かっただろうなって」

「ふふっ、確かに全盛期のアタシたちならね。どうもアレの兄の方とぶつかっちゃったのが運の尽きだったのかも。アタシら」


 それでも上手く逃げ切ったくせに。とは返さなかった。

 今でもこうして世話になっているし、あの一件で仲間は恨まないと決めている。

 彼がいなければフィオナとの出会いもなかったしな。


「しっかし、降りてこないわね、あの2人」


 閉店時間は過ぎていないものの客は全員帰った。

 あの特等席の王子を除いては。

 従業員たちは閉店作業を進めているが、そろそろ声をかけるべきか。


「かけてくればいいじゃないか、声」

「え~、アタシは嫌よ。アンタ知り合いなんでしょ?」

「それはそうだが、あの2人を邪魔するのもな」


 なんて話をしていると、個室の扉が開き、ディーデリックが降りてくる。

 来店した時のような落ち着いた帽子を被らず、その素顔を晒して。

 傍らにはラピスさん。歩く2人を見ているだけで付き合いが長いと分かる。


「――貴方が店長のレナさんですね」

「ええ、お初にお目にかかります。殿下とお呼びしても?」

「構いませんよ。それと折り入ってひとつ、お願いがあるのですが」


 ディーデリックという男がここまで敬語を使っているのを初めて見た。

 冒険者ギルドの関係者を相手にするときとは決定的に違う。

 ここら辺にも考えがあるのだろうな。舐められないようにするための作戦が。


「――良いんですか? 高くつきますよ、全員に1杯奢るって」

「金に糸目はつけません。閉店後に、人と場所を借りるのですから」

「分かりました。ハイ、みんな――!」


 レナ姉がトワイライトの従業員に一声かける。

 偉大なる王子ディーデリック・ブラウエル殿下からの奢りだと。

 そして演奏家たちを呼び出して1つの頼みをした。


「――今、貴女をラピスとしか呼べないことが名残惜しいが」

「いいえ、殿下。今の私がラピスであるからこそ、あの日の続きがやれるのです」


 ディーデリック王子がスッとラピスさんの手を取り、旋律が流れ始める。

 これが社交ダンスという奴か。

 俺は初めて見たが、これに即興で対応できるうちの演奏家たちは流石だな。


 閉店後の舞台を借りるとは、ラピスさんもなかなかの手を回す。

 従業員としても酒を奢ってもらうという形でボーナスが入る。

 1杯指名で奢ってもらえばその分、報酬に上乗せという仕組みだからな。


 ……しかし美しい。

 ラピスさんが踊れることは知っているが、ディーデリックめ、踊りの才能まで。

 つくづく若さと実力が比例しない男だ。15年しか生きていないとは。


「ありがとう、ラピス。これで私は真の意味での門出を迎えられる」


 正直に言って見惚れていた。2人の完成された空間に。

 奢ってもらった酒も飲まずに、ただ見つめていた。

 だから、王子がこちらに近づいてきた時、その意図が分からなかった。


「――共に踊っていただけますか? お嬢さん」


 スッと自然に膝を着いて、こちらの手を取るディーデリック殿下。

 以前、冒険者に誘われたときには腰を降ろして視線を合わせてくれた。

 しかし今回はそれどころじゃない。低くなった今の視線よりもさらに低く。


「か、考えておくと断られたではありませんか、殿下」

「ふふっ、言ったろう? 自由を謳歌すると――」


 ……全く、人たらしだな、この男は。


「謹んでお受けいたしますわ、殿下――」


 彼に導かれるまま、見様見真似のダンスを始める。

 この魔法がなければ対応できなかっただろうが、たとえ素人が相手でもそれなりに見せる技術があるようにも思う。それだけ王子の腕は力強くて、安心を覚える。


「……魔法を使っているね? ロゼ」


 続くダンスの中、静かに耳打ちしてくるディーデリック。

 そうか、こいつも魔術師だ。この距離なら魔力を気取ることができるか。


「持たざる者の背伸び、とでも言いましょうか」

「なるほど、それでラピスと同じ動きなんだ」


 フッと笑った王子がいきなり踊りの種類を変える。

 俺はそれに対応できなかったのだが、彼の片腕がこちらの腰を支えて。

 ……つくづくとんでもないな、この男。


「ふふっ、ようやく貴女の愛らしい所が見られた――」


 こちらとしては弱点を晒した気分だが、不思議と不愉快ではなかった。

 しかし俺のやっていることを見抜く洞察力。

 相手である俺を崩してもなおダンスを崩壊させないテクニック。

 本当に凄まじい男だ。俺が女ならすでに惚れていてもおかしくない。


「……今宵ばかりは、頼らせていただきます。殿下」


ここまでのご愛読ありがとうございます。

連載開始から1か月と少し、毎日更新を続けてきました。

ストックが切れてからここまで連載を続けることができたのは、皆さまの応援があってこそです。


しかし、ここから先の展開はプロット等の立て直しが必要となり、今の更新速度の維持は難しいと判断しました。そのため、毎日更新を一旦お休みします。

皆様をお待たせしてしまう形になって大変申し訳ありませんがその分、練りに練った作品を仕上げていきます。


2節15話以降については2節全体が完成したら順次更新していくつもりです。

皆様には、当作品をブックマークに追加していただき、お待ちいただければ嬉しいです。

今後とも変わらぬご愛顧を、よろしくお願い申し上げます。

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