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第11話「ダメよ、坊ちゃん。ここでの私はラピスなの」

 ……フィオナの第1幕が終わり、2幕までの時間。

 ここでラピスさんを呼び出し、入れ替わりで王子の相手をする。

 最初から分かっていたことだけど、ヤバイな、ここから先は。


「――ラピス、時間です」


 特等席の個室、その扉をノックして声をかける。

 扉を開けてしまったが、応答を待った方が良かっただろうか。


「あら、ありがとう。ロゼ――」


 殿下と2人、静かに酒を飲み進めていたラピスさんが立ち上がる。

 いつもより気合の入った淡い青のドレスが美しい。


「マ――っ」

「ダメよ、坊ちゃん。ここでの私はラピスなの」

「そうだったな。悪い」


 ディーデリック殿下は、ラピスさんの本名を呼ぼうとしたのか。

 彼女は静かに、彼の唇に人差し指を重ねていた。

 いったいどれだけ親密なら、一国の王子にあんな真似をして許されるのだろう。


「それじゃあ、期待しててね? 今の私を見せてあげるから」

「うん……」

「私の代わりにロゼちゃんがお相手するから、良くしてあげて?」


 ロゼちゃんという言葉を聞く前に、既に王子はこちらに視線を寄こしていた。

 そして驚くような素振りを極力殺してラピスさんと言葉を重ねていたのだ。

 ここら辺の取り繕いの巧さは、流石は王族と言ったところか。

 本当なら俺の顔を見た瞬間に声を上げたいところだろうに。


「じゃあ、ロゼちゃん。あとはよろしく――」


 ラピスさんの視線に応えて見送る。

 そして、とうとうこの時が来てしまった。

 あのディーデリック・ブラウエルとの再会、2人きりの時間だ。


「…………」


 完全なる沈黙。

 ある意味で髑髏払いの儀式の時よりも緊張感が高い。

 お互いに話すべきことはいくらでもある。

 だが、口火を切るための最初の一言が、出てこない。


「――座りたまえよ。飲み物は何が良い? 彼女が色々用意してくれたんだ」


 導かれるままに、スッと王子の隣に腰を降ろす。

 そうした直後、殿下は赤ワインのボトルを新しいグラスに傾ける。

 ……俺があのボトルを見た時点で察したのだ。それを飲みたいと感じていると。

 相変わらず凄まじい洞察力に恐れ入る。


「そんな畏れ多いですわ、殿下」

「構うな、誰も見ちゃいない。あの日の礼をまだできていなかった」


 ワインの注がれたグラスを手渡される。

 彼の指先に触れて、そのしなやかさを感じ取る。

 薄暗い個室で輝く彼の瞳は、まるで紫水晶のようで。


「……今日は、レンブラントさんはいないのですね」

「たまには1人になりたいものさ。特に古い知り合いに会いに来たからね」

「ラピスさんが昔、王城のメイドさんだったとか」


 こちらの言葉に頷くディーデリック殿下。


「聞いていたか。ここの同僚にはあまり話していないと言ってたが」

「ラピスさんの本名は知らないんですけどね」

「――なるほど。名を呼ぶこと、止められたのも道理だな」


 自分のワインを傾けるディーデリック。

 うちの店では扱っていない産地のワインだ。

 ラピスさんが特別に仕入れたのだろうか。


「……ラピスは、私と君のことを知っていてこの場を?」


 ディーデリックの発音するラピスから不慣れさを感じる。

 そんなところを少し可愛いと思ってしまう。


「いえ、この店では過去を探るのはタブーですから」

「となると、彼女が信頼できる相手として君を選んだわけだ」

「それと私が非番だったからですかね」


 こちらの言葉に笑うディーデリック。


「いいや、彼女が私のために選んだ相手だ。

 それだけで君がどう評価されているのか分かる。

 ……流石だな、フランシス」


 酒の肴として用意されていた豆を口に放り込むディーデリック。

 どうして豆を食べているだけで美しいんだろう、この男は。

 何を食って育ったらこうなれるのか想像もつかない。


「……殿下は、怒っていらっしゃいますか? 私のことを」


 赤ワインを飲み込み、勢いをつけてから言葉を紡ぐ。

 正直、何から話せば良いのか全く分かっていない。

 しかしそれは相手も同じだし、それでも話したいことは尽きなかった。


「あれほどの才能を持ちながらなぜこんなところに居るんだ?

 と思わないかと言えば嘘になるね。

 けれど、今の君の仕事を軽く見ることはできない」


 特等席の個室から幕の下りた舞台を見つめるディーデリック王子。

 その表情を見ているだけで、彼の想いは分かる気がした。


「私の目的だけを高尚とし、今の彼女を否定するような真似は――」

「大切にされているんですね、ラピスさんのことを」

「……尊敬しているんだ。同じ職場で働いているのなら分かるだろう?」


 てっきりもっとグイグイ来るものかと思っていたが、俺が思っていた以上にラピスさんの存在が大きくて、このトワイライトのことも高く評価してくれているように見える。だからこそ言葉に迷っているのだ。


「それはもちろん。本当にお世話になっています」


 薄暗いトワイライトの中で、彼の髪が揺れる。

 魔力に染められた紫色の髪が。

 僅かな光を反射するそれは、まさに雷のようだった。


「……君のような実力者が、彼女の傍に居てくれることは幸運なのだろう。

 ずっと心配していた。あの人は、正しさを通そうとする。それが危うく見えて」


 正直なところ、ディーデリックが語るラピス像について共感できるほど俺は彼女個人のことを知らない。ただ、王城での人間関係が面倒になったという話にあるんだろうな、王子が彼女をそう評価する理由が。


「だから、なんでこんなところにいるんだ?なんて思うことさえ矛盾だ。

 でも、やはり聞きたいな、フランシス。

 冒険者の誘いを断った君が、どうしてここにいるんだ――?」


ご愛読ありがとうございます。

一度ストックがゼロ話になって数日、なんとか毎日更新を途切れさせずに続けてきました。

ただ、いよいよ限界が近づいてきております。


なんとかもう少し区切りとなるところまでは更新を続けたいのですが、その前に力尽きたら申し訳ありません。もう少し頑張ります……!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読めました!! この日常回が今後どのような話に繋がるか楽しみにしながら読んでいます。 主人公が女人禁制の場で過ごし、そこで突然ひっくり返された人生で、培った良いも悪いも偏見も全て自…
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