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第10話「君の方が綺麗だよ、フィオナ」

「へぇ~、あれが顔の良い王子様か――」


 翌日、ラピスさんの話の通りディーデリック王子は来店した。

 と言ってもトワイライトの中でも王子のことを知っているのはごくわずか。

 王子自身もかなり落ち着いた私服を着ていて、そうと分からない感じだ。


「……君の方が綺麗だよ、フィオナ」


 特等席の個室に入っていく2人を眺めながら、後ろのフィオナに囁く。

 しかし、ディーデリック、まさかレンブラントも連れずに来るとは。

 完全にお忍びのつもりなんだな。


「ダメだね、そういうことは目を見て言うもんだ」


 特等席の方を眺めていた俺の肩を掴み、ぐるっと振り返らせるフィオナ。

 彼女の真紅の瞳が、こちらを見つめていた。


「あ、あの、フィオナさん……?」

「――言っただろ? 顔を見て言うもんだって」


 客から見えない位置だからって、やりたい放題やるな、こいつ。

 浮ついたセリフを吐いた俺のミスか……?


「えー、こほん……君の方が綺麗だよ、フィオナ……っ」

「良いね。ステージ前に自信がついたよ。ありがとう」

「べ、別に自信なんて元からあるだろ。

 この程度のことステージに影響ないんじゃないのかい?」


 いつぞや、俺が顔を出したら悪い影響があるんじゃないかと言ったことがある。

 その時に彼女は言ったのだ。

 そんなことで影響を受けると思うなんてプロとしての自分を甘く見ていると。


「ははっ、それは悪い影響は持ち込まないってことさ。

 良い影響は持っていくよ。今日はボクを見に早く来たんだろ? おじさん」

「それもある……ちょっとあいつが1人とは思ってなかったけどさ」


 ディーデリックが1人で来るとは思っていなかった。

 ラピスさんが居るとはいえ、俺も控えておくべきだろう。

 王子が外敵に尾行されていたらコトだ。


「護衛役か、確かに必要かもね。ここは人の出入りが激しい」

「ああ。君の舞台を見るために早く来たけど、そうも言ってられない」

「別にここからだって見えるだろう? 本当に誰か来た時はともかくさ」


 元々、非番だった俺はラピスさんが舞台に立つ第2幕のときに王子の相手をするために呼ばれていた。ただ、今日はフィオナが1幕なのだ。だから少し早めに来ていた。ゆっくりとフィオナの舞台が見られると思っていたが、どうにも。


「まぁ、ある程度は……でも集中して見れるほど、器用じゃないよ」

「そこは仕方ないか。なに、機会はいくらでもある。

 流石にここであの人に何かあると店の名前に傷がつくからね」


 フィオナの言葉に頷く。


「安心しろ、そんなことにはさせねえよ。安心して舞台に立ってこい」

「ふふっ、任せた――それじゃ、また後で。おじさん」


 パンと手のひらをぶつけ合ってフィオナを見送る。

 ……さて、しばらく時間はあるが、あの特等席から目を離すわけにもいかない。

 そう思いつつも出勤中のバーテンダーから1杯の酒を貰う。

 彼は氷を造れないが、純粋なバーテンダーとしての腕は俺より高い。


「非番なのに大変ですね、ロゼさん」

「……ま、ラピスさんの頼みだし。酒くらい飲んで緩くやるよ」

「あの人の大切なお客さんらしいですね、自分は深入りしませんが」


 クスクスと笑うバーテンダーにつられてしまう。

 確かに細かいことを知らないほうが良いことも多い。

 この店の人間は、そういう弁えが良くできている。


「わざわざ私をつけるくらいには、ね」


 グイっとジュニエーブルを飲み込みながら、特等席を見つめる。

 個室の中までは見えないが、特に変化はない。

 ――ここからフィオナの第1幕が終わって少ししたら俺の出番だ。

 王子の個室に入らなければならない。


(……絶対、こんなところで何やってんだって言われるよな)


 フランシスとして彼の誘いを断っておいてこれだ。

 想像するだけで気が重い。


「開演か――」


 ベルが鳴り響く。仕事中にはこの音を聞くくらいの余裕しかなかった。

 俺みたいな熱中するタイプでない客は、平気で開演中も酒を頼んでくるし、俺はそれを用意する立場になっているのだ。同じ客同士なら、舞台の幕が下りるまで待てよと説教してやるところだがそうも言ってられない。


 しかし今日は違う。特等席への意識は残しておかなければいけないが、それでも久しぶりに彼女の舞台を邪魔なしで見ることができる。幕が上がる前に響き始めるタップダンスの軽快なリズムを感じていられる。


(……ここはいつも音しか聞いてないから、真似のしようがないんだよな)


 いや、想像で埋めても俺の魔法ならいけるのだろうか。

 しかし、どちらにせよ、この靴では無理だ。

 高くはないとはいえ、ヒールが仕込んであるこの靴では。


 ダメだな、せっかく彼女を見る機会だというのに。

 どうすれば真似できるかばかりを考えてしまう。

 下手な力を得てしまったものだ。

 断片的な情報から精度の高い模倣をやれるなんて。


(――あの帽子、結局一度も受け取ったことないな)


 1曲目の盛り上がりの中、今日もフィオナが帽子を投げる。

 前列の方に座る覚悟がなかった俺は、一度もあれを受け取ったことがない。

 毎回投げてるからそんなに高いものではないだろうが、観客への贈り物になる。

 あれを受け取ってしまうと、彼女を指名せずにはいられなくなるのだ。

 そして結局、帽子代よりずっと高くつく。


(……今日はまた見ない顔のお嬢さんか)


 フィオナはかなり女性人気が高い。

 多分あのお客さんもファンの1人になるだろう。

 レナ姉曰く、フィオナが来てから半年で女性客が増えたのだと。


「さて、そろそろ時間かな」


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