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第8話「えっ、フランクの兄貴までレナさんみたいになっちゃったんすか??」

「――それで今はこうして立派なバーテンダーさんなんですね、兄さん」


 トワイライトで働き始めてしばらく。

 今日は珍しい客が来ていた。俺を兄さんと慕う古い馴染みだ。

 注文を受けたブランデーミストを作る間、簡単に経緯を説明していた。


 氷を砕くという作業だけなら魔法で再現はできる。

 問題は世間話をやるという方だ。こっちはなかなかまだ慣れない。

 だが、相手がこいつなら話は別だった。


「おまたせ。とりあえず兄さんはやめなさい。せめて姉さんと呼んで」

「えっ、フランクの兄貴までレナさんみたいになっちゃったんすか??」

「なってない。なってないけど、面倒なの。ここでは女で通してるからさ」


 レナ姉どころの見た目じゃないのだ。

 誰も俺を女と疑わない。そこに兄さんとかフランクとか呼ばれると、面倒だ。

 横から聞いてた客に質問攻めにあうことが多々ある。

 ただでさえ、未成年なんじゃないかって絡まれるのに。


「はえ~、確かにこの場所だとそれもそうっすね。

 しかし凄い手際ですね。魔法での付け焼刃とは思えない砕氷技術だ」

「逆だよ、魔法でもなきゃここまでできないさ」


 ブランデーミストに関しては何度か作ったからもう魔法無しでもやれるかもしれないが、慣れるまでの時間をスキップできたからこそ今がある。


「――それでマイルズ。珍しいな、お前がここに来るなんて」


 こちらの言葉を聞いて、マイルズが静かに微笑む。

 彼の掛けているメガネが店の明かりを反射する。


「いえ……たまにはフランクの兄さん、いえ、ロゼ姉と話したいな~って。

 前回の儀式のときには、軽い挨拶しかできなかったんで」

「ふっ、そうだな。アダムソンの根回しが遅いからああなる」


 こちらの言葉に頷くマイルズ。


「王子の方が急ってのもあるとは思いますが、アダムソンが上手い方って訳でも。

 先代ギルド長に比べれば、数段劣っていると言わざるを得ないでしょう」

「……お前を抜擢して、本部からの指示をダンジョンに送れるようにするなんてこと思いつかねえだろうな。アダムソンの奴には」


 おそらく、マイルズという男が冒険者ギルド史上初のリアルタイムでの情報伝達員ではないとは思う。ギルドの歴史は長い。恐らく彼と同類の魔法を使えた人間は何人かいたはずだ。


 だが、途切れるのだ。彼のような音を繋ぐ魔法を使える人間は限られている。

 王国騎士団には恒常的に何人か在籍するようにしているとは聞くが、それでも途切れ得る。マイルズの前に誰が居たのか、俺が知らないくらいには途切れていた。


「――思いついたって今の待遇じゃ雇ってくれないでしょうね。

 先代は絶妙だった。ダンジョンに潜り続けるより少し良い待遇を用意した。

 もう少し給料が安かったら受けてないっすよ、俺」


 ククッと笑うマイルズ。

 どういう条件で雇われているのか知らんが、確かにアダムソンには無理だろう。


「50代になっても今の仕事ができるもんな? お前なら」

「……ええ、ちょっと仲間には悪いかなって引け目はあったんすけど」

「それで俺のことも避けてたと?」

「避けるってほどじゃ、ないんですがね」


 マイルズは、視線を泳がせ、くいっとブランデーを流し込む。


「悪い。いじわる言ったな」

「やめてくださいよ、姉さん。今のアンタ、顔が良いんすから」

「気の強い女が好みか? ん?」

「そういう振る舞いしてるからアパートでも絡まれたんでしょ?」

「――おかげさまで追い出されたけどな」


 浅い会話を繰り返しているが、どうも本題はこれじゃないな。

 こいつの表情を見ていれば分かる。

 何か俺に話をしたいことがあってここに来たんだ。

 バッカスあたりから新しい勤務先を聞き出したのだろう。


「ねぇ、姉さん。アンタがその身体になってなかったら、ギルドには残ってた?」


 ……バッカスにも聞かれたことだ。

 いいや、少しニュアンスが違ったか。

 あいつの場合は、俺がフィオナに拾われていなかったら?という問いだった。


「どうしてそんなこと聞くんだ?」


 マイルズの問いが真剣なものだとは分かっていた。

 こいつは今日、俺にこれを聞くためにここに来たのだと。

 だからこそ、彼の真意を聞き出さなければ、俺はこの問いに答えられない。


「……ディーデリックという男を中心に、ギルドの潮目が変わる。

 あいつはまだ、バッカスのところに居るからそうなってはいませんが。

 時間と共に冒険者ギルドは形を変えるでしょう。意識が塗り替わる予感がある」


 ……やはり魔術師だな。そして俺の後輩でもある。

 自分で時勢を読む力がある男だ。だから魔法だけでなく、先代に選ばれた。


「再征服、だもんな――」

「ああ。冒険者になった王族があれを言う意味はとてつもなく大きい。

 俺もアンタも本気でダンジョンを攻略しようなんて思ったこと、ないでしょ?」


 メガネ越しの視線が俺に突き刺さる。


「夢を見たことは、ある――夢は夢だと理解するのにそう時間は要らなかったが」

「そう言われれば俺だって夢を見たことはありますよ、兄さん。

 でも結局は1年と経たずにダンジョンから金品やモンスターの遺骸を回収して日銭稼ぎをする。それだけになっていった。それが現実なんだって」


 やはり、マイルズも同じか。

 夢を見たことはない奴はいない。ただ同時に夢から覚めなかった奴もいない。

 冒険者という稼業はそういうものだ。


「けど、あのディーデリックという男はヤバい。

 既に彼に取り入ろうと若い奴らから”深入り”を始めています」

「実績を上げてディーデリックが作るであろうパーティに入ろうって訳か」


 悪い傾向とは言えないが、危ういな。


「ええ。彼自身はまだ何も始めていないのに周囲が動き始めている。

 ……これは貴女のせいでもありますよ、フランシス・パーカー」

「いや待ってくれよ、マイルズ。俺はあいつを倒すつもりでやったんだぜ?」


 マイルズがこう言うのも分かる。

 俺の用意した”燃える髑髏”は最適すぎた。

 ディーデリック・ブラウエルという男が、王家のボンボンではないと証明した。

 ”再征服”に無謀な王子の無計画な夢ではない可能性を見せたんだ。


「じゃあ本当に倒してしまえばよかったんですよ。できたでしょ? 貴方なら」

「まさか素手であんなに戦えると思わないだろ……剣を折った時点で」

「まぁ、そう言われるとそうですが……」


 剣を折られてもなお戦うあの王子の姿は観客すべてを魅了した。

 俺たちのような同業者でさえも、あれには驚かされただろう。


「それで、俺が元のままだったらまだギルドに残っていたか?だったな」

「ええ。貴方がディーデリックに乗るのか、否かそれを知りたい」

「……たぶん乗ってない。もう少し俺が若かったら乗ったかもしれないが」


 こちらの回答を聞いて息を緩めるマイルズ。

 やはり、こいつも同じ回答か。

 俺より少し若いとはいえダンジョンに潜っている訳じゃないもんな。


「でも、お前には関係ないんじゃないのか?

 お前自身が潜ること、もうないだろう」


 俺の言葉に頷いたマイルズは再びブランデーを飲み進める。


「……これは俺の予想ですけど、ここから増えますよ。死人が」


 ダンジョンの深みに潜るということは、確かにそうなるだろうな。

 ましてやディーデリック自身が動いていないのに、それは始まっているなんて。


「自分がそうならないだろうからって、キツくないっすか?

 朝に挨拶する相手が、次々に……俺は貴方が行方不明になった時も怖かった」

「わ、悪かったよ。ありがとうな、心配していてくれて」


 まさかマイルズがここまで思っていてくれたとは。

 てっきり俺のことなんて忘れているのだろうと思っていたが。


「……やめるのか? 冒険者ギルド」

「まだ、なんとも……ただ、貴方に話せてよかった。

 なかなかギルドの中でこの話、できなくて」


 だろうな。こいつみたいにギルドの内側、運営側に回れた人間では。

 やっかみも多いだろうし。


「まぁ、お前の魔法は独特だ。必ず需要はあるよ、マイルズ――」


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