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第7話「――貴女はロゼという名前を、使いなさい。私が名付けてあげるわ」

「……で? 百歩譲ってラピスの方はまだ分かる。

 アタシが今日、新しい魔術師を呼んだって話、忘れていたんでしょ?」


 この不可思議な試験が始まってしまったことに対してレナ姉がそう分析する。

 確かにラピスさんは、今日俺が来るということをなんら知らない素振りだった。


「いやいや、忘れてはないよ。でもレナの戦友だって聞いてたからさ。

 忘れてたのは、戦友さんが女の子になっちゃってたって話の方」

「なるほどね。細かい風貌を改めて伝えてなかったこっちのミスだわ」


 ラピスさんへの追及を終えたレオ兄が静かにこちらを見つめてくる。


「それで? アンタはどうなのよフランク。

 前は”俺にドレス着て踊れとか言うんじゃないだろうな?”とか言ってたのに。

 どうしてアンタが踊ってるのよ? 歌まで歌って」


 ……返す言葉もない。ここは正直に話すしかないだろう。


「いや、最初は説明しようと思ったんだけど」

「思ったんだけど?」

「いざあのステージを見ると、こんな機会もう二度と無いだろうなって」


 こちらの回答を聞いたレナ姉がフッと笑ってみせた。


「それであの魔法ってわけね? どこで仕入れたの、あんなの」

「……分からない。この身体になった後に”気づいた”んだ。

 最初はゴーレムが予想以上に良い働きをすることに気づいて、自分でもできるんじゃないかって」


 レオ兄の視線が鋭くなるのを感じる。


「聞いたことのない部類の魔法だけど……今のアンタなら剣士だってやれそうね?」

「……たぶんある程度はな。

 ただ、あんなところでこんな不確定要素の多い魔法使いたくない。

 それに今の身体はあの頃よりずっと脆い」


 俺の肩を掴むレオ兄。あの頃よりずっと柔らかな指先になった。


「確かに……ダメね、魔法の話をすると昔の癖が出るわ」


 俺が学んだ新しい魔法をどう戦闘に組み込むか?はよくレオ兄に相談した。

 今のやり取りに、あの頃を感じなかったかと言われれば嘘になる。


「という訳でラピス、こいつはアタシの後釜。

 しばらくショーガールにするわけにはいかないの。分かった?」

「あら、それは残念ね。最初からここまでやれる新人、そうはいないのに」


 レナ姉の言葉を聞いた後、ラピスさんはこちらに視線を向けてくる。


「フランクさん。名前はどうするの? 本名を使うのはオススメしないよ。

 特にあなたの場合は名前を聞かれるたびに面倒な説明をする羽目になるわ」

「……確かに」


 偽名と言えば、フランシス・パーカーの名前がある。

 フィオナやラピスに比べれば見劣りするが、レオナルドがレナードになったことを考えれば別に問題ないだろう。


「――貴女はロゼという名前を、使いなさい。私が名付けてあげるわ」


 フランシスという名前を使うつもりだということを口にする間もなかった。

 しかし、ロゼか。良い響きだ。


「この髪色から、ですか?」

「そ。覚えてもらいやすい名前が一番。私のラピスと同じね」


 軽くウィンクして見せるラピスさん。

 なるほど、確かに宝石のような青い瞳だ。

 まるで天空のような。


「ちょっとちょっと、アタシのフランクに粉かけるのやめなさいよ。

 こいつをショーガールに引っ張られるとヤバいんだから」

「ふふっ、でもロゼちゃんがやりたくなったら仕方ないよね?」


 レナ姉とラピスさんが同時にこちらに視線を向けてくる。


「……とりあえず、バーテンダーで呼ばれてますんで」

「あら、残念。いつでも声を掛けてね? こっちはいつも人手不足だから」

「悪いわね? ラピス。じゃあ、とりあえずこいつは連れて行くから」


 レナ姉に連れて行かれるまま、バーカウンターに進む。

 ラピスさんは楽屋へと入っていったように見える。


「まったく。すっかりラピスをその気にさせちゃって」

「悪い。いざやれるんじゃないかと思ってしまうと」

「良いわよ。魔術師の上にうちの常連、水を向けられたらやるしかないじゃない」


 やはり分かってくれるか。


「それにしてもよくフィオナが大人しくしてたわね。

 今日、あの娘、非番でしょ?」

「そうだよ。だから来てないんじゃないか」


 と答えつつも、レナ姉の言いたいことはよく分かる。


「どう説得したわけ? 非番だからこそ一緒に来るって言ったでしょ?」

「……別に。たいしたことは言ってないよ」


 流石によく分かっているな、フィオナのことを。

 正直、彼女を説得するのには骨が折れたが。

 しかし今日のフィオナは可愛かった。だから胸の中にしまっておく。


「ふぅん? まぁ、良いわ。

 とりあえず今日はざっくり仕事の流れを説明するから。

 アタシの後ろで色々と覚えて頂戴」


 レナ姉の言葉に頷く。


「なぁ、兄貴が使ってるメモとかあるか?

 仕事の内容を文章や図に起こしたものが」

「……あるけど、まさかその程度の情報からでもやれるの? あの魔法」


 たぶんと答える。

 現物を見ていないから何とも言えないが、銀のかまどでの出来事を思えばたぶんやれるはずだ。


「……つくづく恐ろしいわね。それじゃアンタどこででも即戦力じゃない」

「そう上手く行くかは、まだ分からないけどな。

 とりあえず今日のアンタの仕事はできる限り記憶しておくよ」


 文字に起こした情報は、所詮文字に起こした情報でしかない。

 接客業のような仕事には言語化しきれない含みがある。

 そこまで、俺の魔法で再現できるかどうか分からないが。


「うひゃー……アタシにプレッシャーかけてこないでくれる? 新人のくせに」

「そう言われてもな。すぐに戦力になって欲しいだろ? 俺には」

「まぁね。なるべく早く店長業務に専念できるようになりたいのはあるけど」


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