第6話「初めまして♪ ダンサー志望の娘? それとも歌が専門かな?」
「……早く来すぎたか」
昼過ぎ、夕暮れよりも早い時間。
レオ兄に指定された初出勤日が今日だった。
と言っても初日は仕事のレクチャーで終わってしまうだろう。
本格的に仕事らしい仕事になるのはまだ少し先になる。
「しかし、これが昼間のトワイライト――」
こんなに明るい時間にここに来るのは初めてだった。
生活圏内にある場所ではなかったから。
こうして見てみると建物にそれなりの古さを感じてしまう。
夢を見る場所だとしか認識していなかったが、現実の地続きなのだと。
……以前、用心棒をしたときにはもっと遅い時間だった。
あれでフィオナとここまで近づくことになったけど、あの時には見ずに済んだものをこれから知っていくことになるんだろうな。完全に内側に入ることで。
「――初めまして♪ ダンサー志望の娘? それとも歌が専門かな?
その顔なら立ってるだけでも大丈夫そうだけど、両方ダメだったりする?」
昼間に見るトワイライトを前に緊張していたのがマズかった。
完全な不意打ちを決められてしまって、真後ろから声を掛けられていた。
肩に手を置かれ、横から優しく声をかけてくれる女性。
声では分からなかったけど、この顔……。
「ラピス、さん……?!」
「へぇ、私の顔が分かるんだ? まだメイクもしてないのに。
となると先に見学しに来てくれたタイプの娘かな?」
ラピスという芸名を使う歌姫。
トワイライトの王子・フィオナに匹敵する人気を誇る女性だ。
俺も何度か彼女の歌声を聞いたことがある。
「い、いえ、その……」
「でも、君みたいな娘が来てたら忘れないと思うんだけどなぁ。
あと歳は? 成人してる? 流石に未成年はダメだよ?」
そこら辺はしっかりしているか、流石はトワイライトだ。
「27歳です」
「えっ、年上なの……?」
こちらの回答を聞いて固まってしまうラピスさん。
……年下だったのか。いや、ショーガールなんて誰もが年齢不詳だ。
堂々とした立ち振る舞いは見ているだけで年上だと感じてしまう。
「いろいろ苦労があったでしょう。若く見られればいいってもんじゃないよね。
でも大丈夫、トワイライトは貴女を歓迎するわ。
とりあえず中に入りましょ――?」
……訂正する間もなく、トワイライトの中に入ってしまった。
まずいぞ、このままでは踊るか歌うかさせられてしまう。
がらんとした店の中、あの誰もいないステージに。
「立ってみる? あの舞台に」
っ、マズいぞ。客として見惚れていたせいで余計に退路を失った。
「違うんです、レナ姉に呼ばれて……」
「へぇ、レナ姉のお知り合いなんだ。それでここに興味をね~」
どうもまだ俺がレオ兄の代わりに来た人材だと分かってないらしいな。
……逆に今しかないんじゃないだろうか。俺がこの舞台に立つ機会なんて。
それに元々、今日に試すつもりだったこともある。
「良いんですか? そこに立ってみても」
「もちろん。新人向けの試験は毎回そこでやるからね」
ラピスさんから許可を得て、舞台に立つ。
観客はいないけれど、これがフィオナが見ている景色か。
……凄いな、観客が居たらと思うと、とても俺には。
「それで歌にする? それとも踊るかしら?」
ピアノの前に立った彼女が、俺に尋ねてくる。
トワイライトで求められるのは片方なのか。
「……両方でも?」
「ふふっ、上等。曲の希望、あるかしら? なければ適当に合わせるけど」
伴奏をしてくれるという訳か。
そういえばたまにピアノの弾き語りもしていたな。
「――”蜜月”」
こちらの言葉に口元を釣り上げるラピス。
フィオナがステージ上でよく歌っている曲のひとつだ。
歴史の深い楽曲だが、これまた王子としての彼女によく合っている。
「良い曲を選ぶわね、それじゃあお手並み拝見と行きましょうか」
彼女の指先が音楽を奏で始める。
始まりの一音から、歌い出しまでの時間は体感で覚えている。
思い浮かべていた魔術式をもう一段階、明確なものに変えて――
(――5,4,3,2,1)
胸の中で数を数える。
複雑な魔術式を発動するときのおまじない。
それはいつも通りに発動して――
『――月のように、甘い夜を』
台詞に近い歌い出しから、そのまま歌に入る。
この曲は、フィオナの得意とするタップダンスとは違ってテンポが緩やかだ。
履いている靴とダンスの難易度からタップダンスは嫌厭したが、想像以上に上手く行っているな。
――ルシールちゃんの試験で、自分自身が理解していないレシピを再現した。
紙に書かれたレシピを浅く読んだだけでゴーレムが自動的に。
あれで思ったのだ。同じことが自分の身体でもできるんじゃないかと。
幾度となく見つめてきたフィオナの踊りを、聞いてきた歌を。
記憶を先生にして、それを自分の身体で出力する。
とても自分自身でトレースできるほどの研鑽も才能もない。
ないはずなのに、それができる。この身体になって得た魔法が。
「……はえ~。凄いね、君。気持ち悪いくらいフィオナと同じ動きだ」
「やはり、分かりますか」
「そりゃ同僚だもの。でも何か不思議だな……。
今の君の立ち姿、あんなに踊れるタイプの人には見えないのに」
……流石はプロだな。
俺が素人であることと、俺が今やった歌と踊りの差異を感じている。
俺がやったことが常道のそれではないと分かっているのだ。
「――それが分かるあたり、アンタも大概よね、ラピス」
「ああ、レナ。貴女の知り合いの娘が来てるわよ?」
「ふふっ、知り合いなんてものじゃないわ。あれは私の戦友よ」
短いやり取りで、ラピスさんは俺が誰なのかに察しがついたらしい。
「フランク、また新しい魔法を身に着けたのね?」
「まぁな。手数の多さが俺の取柄だ」
「知ってるわ。アンタ、やっぱドレス着て踊りなさいよ――」
ご愛読ありがとうございます。
とりあえず2節6話までは更新することができました。
今のところ明日更新分の7話を書いていますが、無事に更新できるのか?
応援していただけると嬉しいです。




