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第4話「まさか俺にドレス着て踊れとか言うんじゃないだろうな?」

「……しかし、俺も俺でこれからどうしたもんか」


 酒も進んで3杯目のカクテル、カーディナルに口をつけながらぼやく。

 バッカスが冒険者としての今後の身の振り方に悩んでいたように、未来のことに悩むのは俺も同じだ。

 ディーデリックとの戦いで小銭は稼いだが、仕事がないのは変わっていない。


「あの娘に気に入られている限りは問題ないが……って状況か?」

「まぁ、それもあるがそもそも俺は他人の稼ぎに頼って生きていくつもりはない」

「別に魔術師なんだから、いくらでも再就職先はあるだろう?」


 そりゃ頭を下げればいくらでもあるだろう。

 しかし、本当に割のいい仕事には、別の魔術師が座っていると見て良い。

 またそういう面倒なところから始め直しかと思うと、気が重い。


「無くはないだろうが、どうしても探すのが億劫で。

 しばらく休みたいんだけど、それをやったら二度と立ち上がれないような」


 ……無職を続ければ続けるほど、フィオナに甘えてしまう。

 彼女は恐らく俺を家政婦として雇う体裁を整え始めるはずだ。

 そうなってから、意地を張り続けられるかと言われれば、かなり怪しい。


「なるほどな……じゃあ、これから来るゲストにも来る甲斐があるって訳だ」

「誰か呼んでるのか? 意外だな」

「ふっ、相手が分かれば納得するだろうさ。そろそろ来るはずなんだが」


 バッカスがそう言ったのとほぼ同時だった。

 店の扉が開いたのは。


「レオ兄……?」


 落ち着いた色のジャケットを纏った彼が入ってくる。

 そして、すぐにこちらに気づいて軽く手を振ってきた。


「おひさ~♪ アンタまた派手にやったらしいわね、フランク」

「遅かったじゃないか。ケイラー」

「ちょっとちょっと名字で呼ぶのはやめなさいよ、バッカス。

 それならまだレオの方がマシだわ」


 流れるように俺の隣に座るレオ兄。

 すっかり挟まれてしまった。


「マスター、ウォッカ・マティーニ1つで」


 着席を済ませるのと同時に酒を注文するレオ兄。

 この一連の動作に慣れを感じる。

 マスターに聞かれるまで注文できなかった俺とは大違いだな。


「バッカスが呼んでたゲストってアンタだったのか、レオ兄」

「ダメよ、フランク。アンタはレナ姉って呼びなさい」


 レオ兄の無茶苦茶に笑ってしまう。


「俺が呼んだというより、頼まれたんだよ、レオに」

「そうそう、アタシが頼んだの。アンタに引き合わせて頂戴って」


 なんとなく流れは読めてきたな。

 まだ仕事を見つけていないことが都合良いのだ。

 つまりレオ兄の目的は――


「仕事でも恵んでくれるのか? レナ姉」

「察しが良いわね。バッカスが説明してくれてたのかしら?」

「いや、細かい所はまだだ。アンタが説明してやってくれ、レオ」


 バッカスの言葉に頷くレオ兄。


「ねえ、フランク。トワイライトに来るつもりないかしら?」

「は……? まさか俺にドレス着て踊れとか言うんじゃないだろうな?」

「ふふっ、そんなつもりはなかったのだけれど、イケるわね……」

「良いんじゃないのか。俺も顔を出すよ、フランク」


 両サイドからボケたことを抜かしてくるレオ兄とバッカス。

 ったく、ふざけやがって。俺が女になったことを他人事みたいに。


「冗談は止せ。俺は見る専門だよ」

「そうね。割と真面目な話だからおふざけはナシにしましょ――」


 マスターから受け取ったウォッカ・マティーニに口をつけるレオ兄。

 何気ないその動作から強烈な色気を感じる。

 ……どんどん磨かれていくな、彼の振る舞いは。


「アタシ、元々トワイライトには氷を造る力で入ったのよ」

「オーナーとも知り合いだったって」

「そうそう。個人的な繋がりとアタシの力ね。炎と氷を使ってきたことの結実」


 ……このオカマ、再就職を視野に入れて炎と氷の魔法剣士やってたのか。

 炎と氷に長けていれば飲食業界には引く手数多だが、つくづく恐ろしいな。

 いったい何歳から人生設計を始めていたのだろう。


「それで? アンタがその席に座ってるんだから充分なんじゃ?」

「いやー、それが最近、正式に店長扱いになっちゃってね。

 オーナーに頭下げられたら断れないし、なんだかんだ店の娘たちにもね」


 ……確かにこの女としての振る舞いに魔術師と男の強さ。

 店の責任者にしておけば、厄介な客に対しては最強の牽制になるな。

 ショーガールからの信頼も厚いのも分かる。


「店長業務が忙しくなったから、氷造りに手が回らないと」

「そうそう。氷を造って軽くお酒出して。できるでしょう? アンタなら」

「……やってできないことはないが」


 別に俺はレオ兄のように炎と氷に特化した魔法を使う訳じゃない。

 ただ、魔術師の教養としてそれくらいのことはできる。

 これは自負にもなるが、剣士でない分、使える魔法の幅は兄貴より広い。


「問題でも?」

「……いや、フィオナと同じ職場って」

「ふふっ、アンタたちホントに気が合うのね? あの娘も同じこと言ってたわ」


 既に話しているのか、俺を誘うことを。

 ……まぁ、それもそうか。普通ならバッカスを経由して俺よりも、フィオナを経由したほうがレオ兄にとっては近いもんな。同僚だし。


「フィオナに俺への仲介を断られたって訳か」

「そうそう、それでたまたまバッカスに会ってね。近いうちに飲むって言うから」

「……ふぅん? バッカスに俺の家を聞こうとは思わなかったのか?」


 俺の言葉を聞いたレオ兄が、驚いた表情をバッカスに向ける。


「え……アンタ知ってるの? あのフィオナの自宅!」

「知ってるが、逆にお前は知らんのか? 俺たちより付き合い長いのに」

「知らないわよ~! うちでのあの娘の渾名知ってる? ”孤高のフィオナ”よ」


 やっぱり本当だったのか。

 トワイライトのオーナーしか彼女のことを知らないって話。

 ……となると、どうして俺はあんな簡単に案内してくれたのだろうか。

 まだ男だった俺を。


「ちょっとちょっと教えなさ……いや、やっぱいいわ」


 バッカスもしくは俺からフィオナの自宅を聞き出そうとしたレオ兄。

 それを止めなきゃいけないかと思っていたのに、兄貴の方が勝手に止まった。


「急にどうした? レオ」

「いや、あの娘、プライベートに踏み込まれるのを極端に嫌うのよ。

 ここでアタシが不義理をやったら今後が怖い」


 レオ兄の言葉を聞きながら、少し微笑み、バッカスが酒を飲み進める。


「まぁ、土下座されても教えるつもりはなかったがな。

 相棒の恋路を邪魔するわけにもいかん」

「なによ~、そう言われると聞き出したくなるわね」


 俺を挟んで笑い合う2人を眺めながら、真紅の酒を飲む。

 果実の香りがほのかに甘くて、心地いい。

 ……こうして3人そろうのは久しぶりだが、変わらないものだ。


「レオ兄、トワイライトでの仕事だが――」


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