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第3話「――俺じゃ、ダメだったのか?」

 ――ダンジョンと呼ばれるようになってしまった亡国。

 そこには天に届くような巨大な塔がある。

 あの土地に足を踏み入れずとも、この開拓都市からでさえ見える建造物。


 聖都にある”神からの梯子”と似ているが、現代人にその正体は分からない。

 だが、それに焦がれたことのない冒険者はいないだろう。

 いつも見えるのに決して届かないダンジョンの最奥。

 あれを攻略できれば塔の向こう側にある土地なんておまけみたいなものだ。


 ディーデリック・ブラウエルとならば、あるいはあれに届くんじゃないか。

 ダンジョンを攻略することが、亡国を再征服することができるんじゃないか。

 確かにそう思っている俺がいた。あの王子に夢を見たいと思う自分が。


「お前は、どう思っている? バッカス。

 ディーデリックという男は亡国を再征服できるか、否かを」

「まだ何とも。儀式での宣言は鮮烈だったが、実務家としての彼は非常に真摯だ」


 ふむ、俺の知らない王子の一面を知っていそうだな。


「想像つかないな、物事を教わっているときのあいつは」

「実際にダンジョンに入って基礎的なことを教えているが、一言一句を真剣に聞いてくれているよ。分からないことがあればすぐに聞き返してくるし」


 そういうところで慢心を見せないか。あれほどの実力がありながら。

 流石だな、ディーデリック。


「ただ、それでいて同時にいつも遠い所を見ているような気がする。

 油断とは違う、不意の攻撃に対応できることは前提として、常に大きなことを考えているような底知れなさが」


 ……バッカスの説明を真剣に聞きながら、大きなことを考えている、か。

 恐らくは冒険者としての実務を身に着けつつ、本気で考えているのだろう。

 亡国を再征服する計画を。その両立は王家の血筋か教育か。


「……お前はどうするんだ? バッカス。

 お前の実力なら、ディーデリックのパーティに入れるんじゃないのか」

「今の彼からの対応が世辞でなければ、こちらから頼めば行けるだろうな」


 俺とレオ兄を失ったバッカスからしてみれば、悪くない話ではあるはずだ。

 ディーデリックという魔法剣士、レンブラントという魔術師。

 そこに純粋な剣士であるバッカスがいるのはパーティとしてのバランスも良い。


「……ただ、問題なのは本当にあれに乗って良いのか」

「ビビってんな? 俺と同じように」

「ふふっ、そうだよ。俺も歳だ、魔術師より10年寿命が長いとはいえど」


 10年以上も冒険者を続けていると嫌でも分かることがある。

 その1つが、ダンジョンの深層には決して届かないということだ。

 退路の確保という意味でも深い所に現れるモンスターの質としても。

 それを知ってしまった上で、夢に近いような野心に同調できるかと言われれば。


「……でも、お前が居れば、行けると思ったよ。

 最初からずっとお前のことは信頼している。実力も人格も。

 それが余計に強くなったんだ。お前とあの王子となら、あるいは――」


 いつの間にか、見つめ合っていた。

 俺は、バッカスの横顔を見つめていたはずなのに。


「――俺じゃ、ダメだったのか?」


 思わぬ言葉に息を呑む。

 いつの間にかバッカスの手のひらが肩に乗せられていて。

 その大きさに男を感じて、今の自分が女だと実感する。


「俺は今から最低なことを言うが、彼女との生活を手に入れていなければ……。

 お前は俺と、あの地獄を踏破しようと思ってくれたんじゃないか?」


 ……彼の手に、自分の手のひらで触れる。

 酒を飲んだばかりだからだろうか、それだけでバッカスの鼓動が伝わってくる。


「そうした果てで、一緒に死ぬ、ってか?

 ……フィオナのことは関係ないと言い切るのは、不誠実だ。

 だけど、シルビア先生に言われたこともある」


 そう言いながら、更に自分の身体が脆くなっていること、そして3年前の一件で戦いに向かない性格になっていると診断されたことを伝えた。


「……あの一件か。すまなかった、俺が意識を失っていなければ」

「良いんだ、昔のことさ。お前のせいじゃないよ。

 あれでお前を恨んでいるようだったら、俺はディーデリックを殺していたよ」


 第三王子やアダムソンどころか、身内の相棒さえ恨んでいたら。

 ディーデリックという男の魅力を感じることもなく復讐を果たしていただろう。

 でも、そうじゃなかった。そうならずに済んだのだ。


「……悪い、フランク。カッコ悪いことを言った。

 正直、お前が居なくなって冒険者としての身の振り方が分からなくなってる。

 若い頃から同世代でパーティを組んでた剣士の末路だよな、典型的な」


 バッカスの言葉に頷く。

 そうだ、冒険者という稼業において魔術師とそうでない者の寿命は違う。

 魔法使いは30代が限界だが、剣士は40代までやれる。

 この差があるから、バッカスは自分のことを典型的と言ったのだ。


 15歳から数年のうちに同世代で、魔術師と剣士がパーティを組む。

 そうすると魔術師は遅くても30代半ばで引退してしまう。

 だから、そこから剣士は悩むことになる。新たなパーティを組むのかを。

 馴染みの魔術師と共に引退してしまう剣士も決して少なくはない。


「……ディーデリックのような危うい橋を渡る若者と組むか」

「あるいはここで降りるか。でも、剣士の再就職は魔術師より難しい」

「バッカス……俺は……」


 スッと彼が俺の肩から手を離した。

 感じていた鼓動が、そのぬくもりが失われることに寂しさを覚える。


「良いんだ、救ってくれって言いたいわけじゃない。

 本気で足ぬけするつもりなら、また違う形で相談するよ。

 ただ、お前がまだこっちにいてくれたら、戻ってきてくれたら」


 悩まずに済んだという訳か。


「だけど、あのシルビア先生に言われたのならそうなんだろうな。

 引き際を見誤って死ぬのは、冒険者の常だ。

 俺はお前に生きていて欲しい。50代になってもまたこうして酒を飲みたい」


 真摯に告げられるその言葉に対して、嬉しいと感じていると思うのは、少し安っぽい気がした。それよりももっと、大きなものを感じているはずだったから。


「……俺もだよ、バッカス。お前がどの道に進むかはともかく、無事を祈ってる」


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