第2話「お久しぶりです。バーンスタインさん」
夜霧というバー、それがバッカスの行きつけの店だ。
決して広いとは言えない店内だけど、カウンターの向こうに並ぶ豊富な酒たちが酒場としての力を無言で示す店。
「お久しぶりです。バーンスタインさん」
「しばらくです。”いつもの”って言って出てきますかね?」
「ええ、それはもちろん。隣のお嬢様は、いかがいたしましょう?」
相変わらず洒落たやり取りを繰り広げているものだと思いながら『同じもので』と答える。別にここでメニューを見るのが恥ずかしかったからとかじゃない。実際にバッカスが1杯目に飲む”いつもの”が美味いからだ。
「承知しました、おかけになってお待ちください」
そう言いながらおつまみの豆と水を置いてくれるマスター。
カウンター席に横並びで腰を降ろしながら、酒が出来上がるのを待つ。
「……悪かったな、フランク。急に誘って」
「いや、こっちもそろそろお前と飲みたいところだったしな。
良いタイミングだったよ」
冒険者アパートを出て2週間と少し。いろいろと話したいこともあった。
だからこそ”髑髏払いの儀式”のためにギルド本部に出入りしていた時に誘ってもらえたのが嬉しかった。
「見てたよ、お前の髑髏を。やはり魔術師としては腕を上げているんだな」
「うん。元々の俺じゃ、たぶん一瞬でやられていたよ。
アダムソンがあの王子のことを全盛期のレオ兄と同等と言っていたが」
こちらの言葉に頷く。
「分かる気がするな。あれで15歳になったばかりというのが信じられん。
魔法剣士だからレオナルドを想像するのは当然として、あの実力だ」
ディーデリック・ブラウエルは、髑髏払いの儀式でまたしても名を挙げた。
挑発的な亡国の再征服宣言に加えて、例年よりもずっと強かった髑髏との戦闘。
あの戦いが評判になっている。
行きつけのパン屋でさえも話題になってるくらいだ。
「初手でお前の腕を吹き飛ばしたあの斬撃、あれを防げるかと言われると怪しい」
「……お前でもか。バッカス」
「俺だからだよ。お前が魔法をかけてくれれば防げるだろうが」
確かに魔法での攻撃は魔術師なしで防ぐのは困難か。
何かしらのアーティファクトを引っ張り出してこない限りは。
とても一般人の俺たちに手に入るような代物じゃないが。
「……こうなる直前の俺たちで、あいつに勝てると思うか?」
「王子1人ならおそらく。
ただ彼の隣にいる男も含めれば、五分、いや六分で俺たちが負ける」
レンブラント・ヴィネア・マクシミリアンか。
……どうしてバッカスが、あの男のことを知っているんだ?
あいつの方は別に表舞台には一度も上がっていないのに。
「お待たせしました。ホットタディでございます――」
マスターが出してくれたカクテルを受け取る。
ホットウィスキーの一種で、ウィスキーとお湯、そして砂糖と香辛料が最適に配分されている。シナモンの香りがほのかに香ってきて既に良い気分だ。
「……はー、やっぱりここのカクテルは格別だ」
「家じゃ作れないって言ってたもんな」
「やってやれないことはないが、ここまでの味にはならないからな」
微笑むバッカスの顔を見つめながら俺もホットタディを口にする。
酒特有のツンと来る感じが甘さに包まれていて、同時に香辛料が刺激的。
確かに、笑顔になるのもよく分かる味だ。
「なぁ、どうしてレンブラントのこと知ってるんだ? お前」
「それはこっちの台詞だ。どこで会った?」
「そりゃあの儀式の時だよ。王子を暗殺できる状況だったからな、牽制で」
こちらの言葉に頷くバッカス。
「なるほどな……俺の方は簡単な話だ、今、王子の教育係をやっててな」
――は? 教育係だと……?
そんな手厚いのか、今の若手冒険者は。
いや、相手が王子だからだろうか。
「そんなに驚くなよ。
単純に経験があってパーティを組んでいないから選ばれただけさ」
「……そうか。確かにそうだよな」
レオ兄が先に冒険者を辞めたとき、俺とバッカスだけが取り残された。
新しいパーティメンバーを見つけることも考えたが、魔法剣士のような稀有な才能を持つ人間が見つかるはずもなく、新しい人間と関係を築くことも億劫だった。
だから2人で続けた。そして今、バッカスは1人に……。
「なぁ、フランク。お前、ディーデリックに誘われていたらしいな。
冒険者として推薦してやるって」
――そこまで聞いているのか、バッカスは。
「ああ、結局は断ったけど。
そこまで聞いているってことは、俺の正体、話したか?」
「いいや。一応アダムソンから口止めされてたし」
そういう状況か。
しかし、いつディーデリックが俺の正体を知ってもおかしくないな。
もう会うこともないと考えれば構わないのだが、いつか会うような気がして。
「……もし、お前がまだ俺のところに居たら受けていたか? 王子の誘い」
思わぬ質問に言葉を失う。
もしも俺がまだ冒険者アパートに居て、フィオナの屋敷に居候してなかったら。
フィオナが俺のことを拾ってくれていなかったら。
俺はもう一度、冒険者という稼業に張り直していたのか。
「――正直なところ、分からねえんだ。自分でも。
確かにあの王子に賭けてみたいと思った。
あいつの”再征服”に乗って、ダンジョンの最果て、あの塔に届きたいと」




