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第1話「でも、よくよく考えるとあのレナ姉と3人で冒険者だったんだ……」

「――今日は、お友達と飲むんだよね?」


 夕刻、出勤に向けた準備をほぼほぼ終わらせたフィオナが話しかけてくる。

 ステージ衣装とは違うが、黒を基調にしたどこか男性的な衣服だ。

 この姿の彼女を見られるのは出勤前後だけで、いつも楽しみだった。


「ああ。前に引っ越しを手伝ってもらったあいつに誘われて」

「元相棒さん、だろ? 何度かお客さんとしても来てくれていたよね」


 フィオナの確認に頷く。

 こうなる前の俺ほどじゃないがバッカスもそれなりにトワイライトに行っていた。

 といっても彼は酒そのものを好むタイプの人間だからそこまでじゃなかったが。


「よく覚えているな」

「他人のことを覚えるのが、この仕事では武器だからね。

 でも、よくよく考えるとあのレナ姉と3人で冒険者だったんだ……」


 言いながらフィオナが俺を見つめてくる。

 ……すっかり彼女の顔を見上げることにも慣れてしまった。

 まさか俺が上目遣いを使う側になるなんて思ってもいなかったが。


「おかしいか? 俺たちがパーティだったのが」

「いや、想像つかないな~ってさ」

「……まぁ、レオ兄はレナ姉になったし、俺はこのザマだしな」


 そう言いながら自分の無い胸を強調してみる。

 レオ兄には狙った相手にだけやりなさいと言われたが。


「ふふっ、可愛らしいお嬢さんがやるものじゃないよ、おじさん?」


 軽くあしらわれてしまった。

 まぁ、女の身体で女に色仕掛けをしても意味がないか……。


「しかしフィオナ。バッカスには家の場所、教えて良かったのか?」


 俺がこの屋敷に引っ越してくるときにバッカスにも手伝ってもらった。

 その関係でバッカスもこの家の場所を知っているのだ。

 一応、彼にはアイシャとフィオナで2人いるという表向きの話をしているが。


「別に構わないよ。それにおじさんの方だって嫌だったろ?

 お世話になった相棒さんに自宅を秘密にしておくの」


 フィオナの言葉に頷く。

 しかし、トワイライトの人間も知らないのに良かったのだろうか。

 確かオーナー以外はフィオナの住居を知らないと。


「でも、おじさんかバッカスさん経由でレナ姉が探ってくると思ってたな。

 元お仲間とは思えないくらいに口が堅いんだね、2人とも」

「冒険者は信頼が命だからな。

 それを自覚してないバカのおかげで良い思いをしてきたけど」


 こちらの言葉に頷くフィオナ。


「確かにそう言われてみるとそうかも。

 それじゃあ、そろそろ行くけど、おじさんも楽しんで。

 今日のお風呂の準備は要らないからさ。鍵は持ってるよね?」


 少し前に出来上がった屋敷の合鍵を見せる。

 鍵のことでもお風呂のことでも時間を気にしなくて良いという訳だ。

 随分と気を遣ってもらってしまっている。


「それじゃあ、行ってくるね、おじさん」


 屋敷を後にするフィオナを見送るために扉のところまで行く。

 最初の頃は、庭を通って門まで見送りに出ていたんだが、流石にそこまでしなくて良いと言われてからは控えて――


「おっ、相棒さん来てるみたいだね?」


 庭の向こう、門の前に立つバッカスの姿が見えた。

 流石に甲冑に身を包んではいないが、背が高く筋肉で太い身体は良く目立つ。

 あっちからもこちらが見えたらしく遠くで会釈している。


「――お久しぶりですね、バッカスさん」

「こちらこそフランクが世話になっているみたいで。今日はこいつを借りますが」

「構いませんよ? 返してくれればね。それじゃ、お2人はごゆっくり」


 そう言ったフィオナがこちらにウィンクをして去って行く。


「……惚気のダシにされたのか、俺」

「ありがとな、バッカス。おかげで良い台詞が聞けたわ」

「お前……いや、まぁ、他人の趣味にとやかく言うつもりはないがよ」


 呆気にとられたように遠くに見えるフィオナと俺を見比べるバッカス。


「しかし、本当にお前のことを好いてくれてるんだな、彼女」

「正直、自分でも信じられないくらいだよ。

 ちょっと上着と財布持ってくるから待っててくれ」


 頷くバッカスを置いて一旦、屋敷に戻る。

 先に化粧を済ませておいて正解だった。

 今からしていたんじゃかなり待たせてしまうことになる。


 ……しかし、すっかり化粧をすることにも慣れてしまった。

 相手はバッカスなのだから必要ないと言えばないのに。

 女である事を受け入れつつあるのか、化粧を教えてくれた相手が相手だからか。


 上着を羽織り、財布を持って家に鍵をかける。

 ……何気ないことだが、これがまた初めての感覚で。

 他人と住む家の鍵を閉める日が、自分に来るなんて思っても居なかった。


「待たせたな」

「別に。店はいつものところで良いな?」


 バッカスの確認に頷く。

 基本的にこいつは自宅飲みが専門だけど、ひとつだけ行きつけを持っている。

 そこがまた静かでシンプルな店だけれど酒の種類が豊富で凄いのだ。

 酒を趣味にするバッカス・バーンスタインが選ぶだけの店といった感じで。


「ああ、久しぶりで楽しみだよ。お前としか行ったことないし」

「そうか? 別に1人でも行け……女の姿で入るには敷居が高いか」

「しかもこのナリだからな。追い返されかねん」


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[気になる点] 「そうか? 別に1人でも行け……女の姿で入るには敷居が高いか」 敷居が高い 「不義・不面目なことなどがあって、その人の家に行きにくい」
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