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第12話「――いいえ、フランク・ブライアント・サンダースさん」

「……貴方は行かないんですか? もう私の見張り、することないでしょうに」


 去り行くアダムソンを静かに見送る王子の腹心。

 ディーデリック好みの、優秀な魔術師。

 それ以外には何も知らない男が、静かにこちらを見つめていた。


 てっきり彼もアダムソンと共に王子の元に行くと思っていたのに。

 王子に対する試験官である俺は、彼を暗殺できる立ち位置だったのだ。

 その牽制のためにここに居るとばかり考えていたが。


「いえ……よく殿下を殺しませんでしたね」


 こちらを見つめてくる彼の瞳。

 それに応えているだけで、眼を見ているだけで、飲み込まれそうだと感じた。

 漆黒よりも暗い瞳に、吸い込まれてしまいそうだと。


「……嫌ですわ、アダムソン様と同じような思い込みを。

 同じ魔法使いなのだから分かるでしょう?

 殺すつもりならば、そもそもの戦い方が変わります」


 腹心は、静かにこちらの言葉に頷く。

 そんな当たり前のこと、確認されるまでもなく分かっているという態度だ。

 アダムソンが止めにかかった時でさえ何も言ってこなかっただけのことはある。


「もちろんそれは分かっていました。私がここに来た意味はなかったとはすぐに」


 やはり牽制のつもりでここに居たわけだ。

 いざとなればゴーレムの使い手である俺を即座に無力化できるように。


「ただ、貴方には動機があると思いましてね。

 3年前のことだ。あの不出来な第三王子に手柄を奪われているのでしょう?」


 ――ゾクリとした悪寒が走る。

 3年前という言葉だけなら、つい先ほどのアダムソンの言葉を聞いていただけだと判断することもできた。だが、どうして第三王子を引き合いに出せる……?


「やはりこちらの調べと推測の通りでしたか」

「……な、何も言っていませんわ」

「表情を見れば分かります。諜報に関する魔法はあまり知らないようですね」


 見透かしたような言葉に腹が立って、思い浮かぶ範囲で魔法を組む。

 3,2,1と胸の中で唱えて発動する。


「ほう、絵にかいたような無表情。即席にしては素晴らしい。

 すみません、驚かせるつもりはないんです。

 ただの個人的な興味でして。またとない復讐の機会、どうして逃したんです?」


 ここまでの礼儀正しい座り方から、急に足を組み、男は尋ねてくる。

 ……今の俺は表情で何かを気取られることはないが、答えて良いのだろうか。


「正直、ディーデリック殿下と会う前に思いつきはしていた。

 だけど、あの人と話したあとには、そんなことはもう考えてもいなかった」

「どうして? 憎い相手の弟だ、その片棒を担いだアレも失脚させられるのに」


 答えておくべきか。それよりも先に質問を切り返すか。


「貴方も彼の腹心なら分かるでしょう? 

 あの人には、他者を引き付ける魅力がある。王族というだけではなく。

 それに止めたいと思ったんです。彼は亡くした師の影を追っている」


 こちらの言葉に頷く魔術師。


「……王子が私を置き去りにしていたあの短時間で、そこまで分かりましたか。

 それであの戦いか……殺すのではなく、負かすつもりだったんですね」


 彼の言葉に頷く。

 そして、続く言葉が無くなったタイミングで、切り返した。


「どうして3年前のことを? 何をどう調べたら出てくる?」

「調べたのは、貴方の素性です。そこからは王族と接触した形跡を。

 そうすればあの第三王子の胡散臭いグランドドラゴン退治に行きあたる」


 ――アダムソンと俺のウソは最初から見抜かれていた、というわけか。


「じゃあ、最初から分かっていたってわけだ」

「そうなりますね、フランシス・パーカー……」


 これ見よがしにこちらが用意した偽名を使う腹心。

 全く、これが王子の側近。王家に仕える者の諜報力か。


「――いいえ、フランク・ブライアント・サンダースさん」


 フルネームを呼ばれたのは、酷く久しぶりな気がした。

 女のゴーレム使いという情報から、女になってしまった俺を見つけたのだろう。

 しかし、アダムソンからフランシスの名前を聞いて2週間弱で、よくぞ。


「なぁ、アンタ、名前は? フルネームで教えてくれよ」


 ディーデリック自身に続いて、こいつもとんでもない男だ。

 王子の腹心なんていう役職だけの認識に留めておくのはもったいない。


「貴方には名乗り遅れていましたね。

 私は、レンブラント・ヴィネア・マクシミリアン――」


 静かに立ち上がり、自らの右手を差し出すレンブラント。

 ……これほどの魔術師とは安易に握手なんてしたくはない。

 だが、これほどの男が求めてきたのだから、応えなければ男が廃る。


「レンブラント・ヴィネア・マクシミリアンね……」

「――はい。フランク・ブライアント・サンダース」


 数秒間、静かな握手を交わす。手のひらは少し冷たい。

 柔らかな手だ。戦闘のような力仕事を主にしている者ではないか。

 いや、しかしこのタイプは魔法だけで切り抜けている可能性もあるな。


「ディーデリック王子は、知ってるのかい? 俺が男だって」

「いいえ、貴方の素性は何も教えていませんよ」

「へぇ、それまたどうして?」


 握手を解いてから、聞きたいことを聞いていた。

 ディーデリック王子自身は、フランシスの名を信じていた。

 腹心の持つ情報と差異がある。そこを知りたかった。


「――その方が、面白いことになるかなって。

 あの人、女らしい女に興味が薄くてね。色恋を知らない。

 とことん男の世界に生きているんですよ」


 レンブラントの語るディーデリック像はなんとなく理解できる気がした。

 あれほどの野心と後悔、確かに女への興味は薄い方だろうな。


「でも、このバラ、初対面で刺してくれたぜ?」

「ふふっ、それは女性は喜ばせるものという教えが生きているだけです。

 姉上の言いつけを守っているだけなのです、殿下は」


 なるほど、先に進めるつもりがないからこそ、ああいうキザができると。


「なので、中身が男の貴方なら良い感じに殿下が興味を持つんじゃないかって。

 一度ばかり恋を知れば、そこからまた変わっていくでしょう」

「……あんまりその手の趣味を捻じ曲げるようなことしない方が良いと思うぜ?」


 一時的に女の身体にはなっているが、中身はあんな王子様が好くような男じゃない。彼自身より年下の少女の身体で、ブーストのかかった魔力があったから殿下は俺に好感を持っているだけだ。その中身がこれだと知ったら落胆するだろう。


「ふふっ、確かにそれもそうですね。ご忠告は受け取ります」


 にこやかに笑うレンブラント。

 ……へぇ、こいつも笑うんだな。少し意外に見える。


「しかし私もなかなか切り出しにくいので、もう少し貴方の正体は伏せます。

 殿下自身が辿り着かなければ、しばらく貴方はフランシス・パーカーのままだ」

「……俺から自白しない限りってことか」


 頷くレンブラントを前に、俺は胃が重たかった。

 性別を偽っていたとか嘘の経歴だっただけならまだしも、父親をダンジョンで失っているという話で同情を引いてしまったのだ。あれを考えると一線を越えている気がして。許してもらえる範囲じゃないよなと思う。


「判断は貴方に任せますが、殿下は聡明な方だ。

 隠し通すことはできないと考えておくのが賢明かと」


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