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第11話『言ったはずだ、王子よ。その余裕で貴様の命を獲る――ッ!!』

「――ハァ……っ!」


 額から脂汗が流れ落ちてくるのが分かる。

 せっかくの化粧が崩れてしまっているんじゃないか。

 なんて心配をしている余裕は俺には無かった。


 こちらの左腕は既に根元まで吹き飛ばされている。

 ディーデリックの奴は、魔力で編み上げた炎の腕を破壊してみせたのだ。

 ……つくづく彼の実力には恐れ入る。


 切断された右手首も、失った左腕も魔法で補うことはできる。

 しかし、それは見世物として無粋。

 とはいえこちらも攻める手立てに欠けている。


 ……もし、この身体になって魔法の能力が向上していなかったら。

 女になる前の俺だったら、この男には瞬殺されていたかもしれない。

 冒険者が受ける最終試験としては既に合格を与えても良い。

 観客もギルド関係者も誰も文句を言いはしない。


『どうした、こんなものか? 亡国を取り戻すんじゃないのか?

 この程度で”再征服”を成せると思うな! 小僧――!!』


 蹴りを主体に連続攻撃を放つ。こちらは木材でできている。

 革製とはいえ鎧を纏った人間よりは遥かに軽い。

 鞭のようにしならせ、王子を追い立てていく。


「っ、言ってくれるな……!!」


 こちらの蹴りをいなしながら距離を取るディーデリック。

 そして、深く息を吸い込み、全身に雷を纏わせた。


「加減はするなと言ったはずだ。撃ってこい、お前の炎を、亡国の悪魔め!!」


 ――この期に及んで挑発とはな。どこにそんな余裕が。

 しかし、お前がそのつもりなら受けて立とうじゃないか。

 剣もない状態で、炎の連弾を踏破できるというのなら、俺はお前を認めよう。


『言ったはずだ、王子よ。その余裕で貴様の命を獲る――ッ!!』


 燃える髑髏の背後に円形の魔法陣を展開する。

 その瞬間に、ディーデリックは大地を蹴る。

 こちらの術式展開が終わるより前に決着をつけるつもり――ではないな。

 そんな見栄えのない決着を、こいつが望むはずはない。


 ――多少は距離を詰めたところで、間に合わせられるんだろう?

 あいつが、そんな風に笑っている気がした。


「っ、間に合った――!!」


 冷や汗が流れていくのを感じながら、王子に向けて火炎弾を放てたことに安堵する。俺があと少し遅れていたら彼の拳は本体に届いていただろう。そうすればこちらの魔法も崩されていたはずだ。


 しかし、なんなんだ、この王子は?!

 どうして拳なんかで火炎弾を打ち砕ける!!

 いくら雷を纏わせているからとはいえ、無茶苦茶にもほどがあるぞ!


「……そうだ、これで良い。これこそが!」


 ディーデリックの歓喜が聞こえてくる。

 マイルズは、この声も観客に届けているのだろうか。

 炎の中で不敵に笑う、あの戦闘狂の笑い声を。


 ……あー、良いな。俺もこいつと一緒に潜りたい。

 ダンジョンの深みへ、未開拓の地へ、あの亡国を取り戻す戦いを。

 くそったれモンスターどもをぶち殺しまくって、あの大地を人類の下に。


『踏み越えられると思うな、小僧――!!』


 ――最高の時間だった。

 ここまで戦っていて楽しいと思ったのは久しぶりだ。

 つまらん小銭稼ぎと思っていたが、まさか相手がこれほどとは。


「ふ、フランシス……!! もう、もうやめてくれ、すまなかった……!!」


 呼吸さえ忘れるような興奮の中で、ごつごつとした手のひらが俺の腕に触れる。

 素肌を晒していたのが間違いだった。

 他人に触れられると否応なくゾワゾワする。


「邪魔をするなと言ったはずだぞ、アダムソン!!」

「フランク……! 怒っているんだろう、私がお前を追放したことを。

 3年前のことを……」


 王子の腹心に聞こえないように声の大きさを控えたアダムソンが、こちらにしがみつきながら詫びを入れてくる。

 ……今さら、今さらその場しのぎみたいに謝られたからなんだってんだ。

 俺の3年間が、戻ってくるとでもいうのか……ッ!!


「だが、頼む……ここで王子を失うわけにはいかんのだ……!

 お前が王子を殺めたら、最悪ギルドごと解体される!」


 ッ、女人禁制を破ったと認定されかねない俺がディーデリックを殺せば、か。

 自分の保身以外の理由を思いつくだけの頭があるとはな。

 それとも、これはアダムソンの本心か。冒険者としての本心か。


「っ……殺すわけないでしょう、黙って見ていなさい」


 アダムソンを座らせて、意識を”燃える髑髏”に戻す。

 ――だが、どうにも遅すぎたらしい。

 王子は既に火炎弾の雨を踏破し、距離を詰め終えていた。


「ッ――!!」


 反撃らしい反撃を行う間もなくディーデリックの拳が届く。

 彼の手は、こちらの胸に突き立てられたままの剣、俺が折った剣の片割れを握り締め、次の瞬間――


「バカな……っ!」


 ――折れた剣を起点に雷が暴れ回る。

 防御に走らせようとしたこちらの魔力が間に合うよりも速く。

 全てが焼き切れ、弾け飛んでいく。強烈な雷が駆け抜けていった。


「はぁ……ッ、手を抜いたな、フランシス……っ!!」


 ディーデリックの怒りの声が聞こえてくる。

 ”燃える髑髏”を模していたウッドゴーレムが焦げ砕け散り、落ちていく。

 その中で、殿下の鋭い眼光がこちらに向けられていた。


 ……決着から数秒、アダムソンに邪魔されてから今までの分析が終わる。


 俺が行う直接の制御を失ったゴーレムと火炎弾の連射魔法は、オートに切り替わっていた。具体的な指示を下していないのにそうなるのがまず信じられないのだがそうでなければ、もっと前に火炎弾は収まり、燃える髑髏は棒立ちになっていたはずだ。


 次にオートで動いたとして、王子を殺す方に傾くのか、それとも王子を勝たせる方に傾くのか。それはこの結果から簡単に分かる。魔法は王子を勝たせる方を選んだ。無意識的な俺の望みを反映したのか、それとも……。


 どちらにせよ、自分自身で動かすよりもずっと弱い動きをしたのだ。

 しかし、これで決着とは……ディーデリックが怒っているのも当然というもの。

 この戦いの幕引きとしては余りにも、あっけない。


「――すまぬ、私にはこの後に出番が」


 アダムソンが出ていく。それもそうだろう。

 ディーデリック王子は新たな冒険者になったのだ。

 この後にギルド長としてそれを認める過程を経て儀式は終わる。


「……貴方は行かないんですか? もう私の見張り、することないでしょうに」


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