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第7話「私もね、同じなんだ――私も仇を討ちたくて、死者に報いたくて」

「――私は、本気の戦いに飢えている」


 ディーデリック殿下が、フランシス・パーカーを焚きつける理由。

 それは理解できたつもりでいた。

 彼は王国の敷くダンジョンの女人禁制を破らせるつもりだ。

 魔術師の数を増やすために。考えとしては不思議はない。だが、しかし……。


「本気の戦い、でありますか? ディーデリック殿下」

「そうだ。みな私の名前を聞くだけで畏れてしまう。

 意識無意識問わず手を抜く、腰が引ける。そんな奴らばかりだ」


 そりゃ誰だってブラウエル王家の人間を殺めてしまったらと思えばそうだろう。


「モンスター相手にそれが効くのなら構わないが、そうではない。

 だからね、1回でも多く本気の戦いを、それを訓練してくれる相手と戦いたい」

「その相手が私に務まると……」


 こちらの言葉に頷くディーデリック。


「少なくともアダムソンはそう見込んだんだ。そのまま俺を打ち負かせ。

 そうすれば俺が君をねじ込んでやる。我が国で初の女冒険者だ。

 数か月ばかり遅れてしまうが、必ず私も追いついてみせる」


 ……とんでもないことを言ってくる男だな、こいつは。

 しかし、面白い奴だ。顔も良ければ覚悟も決まっているし、思考も大胆。

 ルシールちゃんが知ってるくらいには絶大な人気を持っているのも分かる。


「――恐れながら殿下。本気での戦いとは、命の奪い合いに転じるもの」

「構わない。だから同意書にサインしたのだ。

 私の腹心にも強く伝えている。私が死んでも君のことを追求させるなと」


 しかし大胆さとは、同時に命知らずなもの。

 そして彼のそれからは若さだけではなく、何か仄暗いものを感じる。

 まるで、何かに駆り立てられているような。


「いったい何故なのです? どうして殿下は冒険者なんかに?」


 こちらの言葉を聞いて、初めてディーデリックがきょとんとした表情を見せた。

 ……そこで自覚する。今の俺は冒険者を目指した無謀な少女だったと。

 こんな擦れたおっさんみたいに冒険者に対して否定的なスタンスを見せたら。

 しかし、始めてしまったのだ。押し切るしかない。


「冒険者と言うのはリスクの大きい稼業です。

 高貴な身分の方が敢えて成られるような仕事ではない」

「そういう君はどうなんだ? 父親と同じものを目指したと言うが」


 ッ、なるほど、こう返してくるか。

 マズいな、父親に憧れてって設定を適当に用意していたのが仇になった。


「私は殿下のような高貴な身分ではありません。

 ……父はダンジョンに負けて死にました。

 仇を、取りたかったのです。しかし殿下はそうではないはずだ」


 即座に過去をでっち上げた。というよりも本当に居たのだ。

 この10年の間、親を遺して死んだ子も、子を遺して死んだ親も見てきた。

 冒険者という稼業には死が纏わりつく。それは避けられぬ道なんだ。


「……そうか、父上を。気丈な娘だな、君は」


 こちらに向けられる視線が優しいものに変わる。

 憐憫を向けられているのだろうな。

 ……この嘘はバレたら、かなり怒られる気がする。


「私もね、同じなんだ――私も仇を討ちたくて、死者に報いたくて」


 え……? ダンジョンで王族関係者が死んだなんて聞いたことがないぞ。

 いったい誰のことを指しているんだ、誰の仇を取るつもりで彼は。


「数年前の戦争のこと、知っているかい? フランシス嬢」

「西方戦争ですよね。貴方様の兄上が活躍されたと」


 神聖王国も聖都や王都から遠く離れた地には威光が届きにくい。

 同じ神を崇めてはいるものの、人間同士の対立も起きる。

 物理的な土地の遠さがそれを招き、国を分かつ。


「そうだ。私はあの兄が活躍したなどとは信じていないが――」


 言いながら自らの唇に人差し指を立てる殿下。

 その所作が本当に艶めかしくて、ドキドキしてしまう。

 ……でも、意図は掴んだ。兄への悪口は秘密にしろという訳だ。


「どうしてですか? 殿下」

「簡単だ。彼が本当に活躍していたのなら、私を鍛えてくれた騎士団にあれほどの被害が出るはずがない。生涯の師になって欲しかった男たちがいたのだ」


 なるほど、彼の野心に纏わりつく仄暗さの原因はこれか。


「……貴方様に本当の戦い方を仕込んだ方々、なのですね?」

「教えてくれる、はずだった。

 彼らが私にそれを教えてくれるには、私は幼すぎたが」


 ”でも、彼らだけが私を畏れず、私に戦い方を教えてくれたんだ”


 そう呟く王子が、酷く孤独に見えた。

 初対面の女にここまで語るのだ、一種の人心掌握術かと思ったが、それだけじゃない。その目算が一切ないとまでは言わないが、彼の抱えるトラウマは本物だ。


「……私は、彼らの死に応えなければいけない。

 彼らと共に戦うことができなかった意味を、自らの人生で成さなければ」

「それがあの亡国を取り戻すことだという訳ですか、殿下」


 こちらの言葉に頷くディーデリック殿下。

 確かにそれを成せば、彼の名前は歴史に残るだろう。

 戦う機会さえ与えられなかった彼が、それを望むのも分かる。


「――私は、戦争帰りの冒険者を知っています。

 仲間の影を追って、あの場所で果てた戦士たちのことを」

「……その歳で、かい?」


 怪しまれることは分かっていた。

 でも、ここを逃せば殿下に直接話す機会はもう無いかもしれない。

 だから伝えておきたかった。

 成人から27歳まで俺がダンジョンで見て来たものを。


「この歳で、あります。ディーデリック殿下、貴方はそうなるべきではない。

 死人を追いながら戦うのはやめなさい。それでは貴方がすぐに死んでしまう」


 ディーデリック殿下が息を呑むのが分かる。

 流石に、この10代前半の身体で吐いて良い言葉じゃないよな、これ。

 俺自身が冒険者を目指していたこととの整合性も取れちゃいない。

 それでも伝えておきたかった。

 このままの彼を、あの場所に送り出したくなかったんだ。


「――私が、教えて差し上げましょう。

 髑髏払いの儀式で貴方が降り払うべき影を、その身体に」


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