第25話「――なぁ、嬢ちゃん。貴族に生まれたかったって思ったことあるか?」
「――なぁ、嬢ちゃん。貴族に生まれたかったって思ったことあるか?」
黒幕ディエゴを捕えてから数日、今も使い続けている潜伏先のホテルでアンソニーの奴がそんなことを呟く。独特のパイプを静かに吹かしながら。こいつが喫煙者だとは知らなかった。ある種の願掛けなのだろうか。捜査中は禁煙するみたいな。
「え? 特に考えたこともないけど、どうしたんだ? 急に」
貴族に生まれたい、貴族になりたいということだろうか。
正直、考えたこともなかった。
魔術師という特異な生まれを持っている時点で、最初から普通じゃない。
それによるメリットもデメリットも味わってきた。
”普通の人間”として生まれて来ていればどうだったんだろう。
なんて思うことはあったけど貴族に生まれてきたらなんて思ったこともない。
「いや……奴の、ディエゴ・イバルロンドの動機なんだ。これがさ」
「割らせたんだ? 奴の口を」
「まぁな。それが俺の仕事だからさ、時間は掛かったが慣れた作業よ」
この数日、俺はマルセロやディーデリックといった要人警護の応援に入ることが多かった。逆にアンソニーはディエゴの取り調べをやっていたらしい。全容を解明しないとどこにディエゴ派が潜んでいるか分かったものではないと。
「それで割らせた結果がこれだ。確かにマルコスのことは敬愛していたと。
俺もそこに嘘はないと思う。
だけど、だからこそ彼が戦死したことが引き金になった」
”死ぬはずのないお方が死んだ”だったか。
「現当主のニコラスは元から病弱で、実権を握るまでは簡単だった。
あとは、後継者になるマルセロを排除してその罪をニコラスに着せれば。
そういう筋書きだったらしい。それで西方戦争で見出した男を使った」
実権を握っただけで満足せずに名誉を欲したというわけか。
……下らねえな。担げる相手なんて担いでおけばいいものを。
そんなことのために暗殺者を雇って、エド爺が死ぬ羽目になったのか。
「アンソニー、そういうアンタはあるのかい? 貴族になりたいって思ったこと」
「……騎士団に入って1日3食も食えるようになった。
それだけで俺にとっては、貴族になったようなもんさ」
……いつぞやか、お互いの過去に踏み込もうとして踏み込まなかった。
あの時と同じ瞳をしている。
のちの騎士団長に引き抜かれたと言っていたが、どこからなんだろうな。
「それにディーデリックを見ていると思うんだ。
あの人は鮮烈だが、あの人と同じような生まれにはなりたくないと。
俺みたいなのがあの場所に生まれたら、第三王子くらいにしかなれない」
ふふっ、面白いことを言うな。アンソニーの奴は。
確かに俺も同じ生まれをしていたとして、ああはなれない。
「でも、アンタらが作ったんだろう? 今のディーデリックを」
「狙ったわけじゃない。
確かに幼い王子様からの向けられる憧れが愛おしかったのはあるけど」
言葉にはしないものの彼の言葉からは含みを感じる。
西方戦争で壊滅していなければ、こうはなっていなかったはずだと。
「まぁ、俺らはあの人を担げばいいのさ。なり替わろうなんて思わずに」
なんて話をしていたところでホテルの部屋をノックする音が聞こえてくる。
いったいなんなんだ、こんな時間に。
そう思いながら、少しだけ警戒しつつ扉を開く。
「――でぃ、」
「しーっ、部屋に入れてからにしてくれ」
優しくこちらの身体を抱き上げ、耳元で囁いてくるディーデリック。
まったく、気安く触れてくるようになったものだ。
戦士にしては細いけれど、確かに男のそれだと分かるたくましさを感じる。
「悪いね、驚かせてしまって」
「ええ、まったくですわ。それで護衛は?」
「お忍びだ。ちょっと時間ができてね。アンソニーも居るよな?」
呼ばれたアンソニーが軽く手を振ってみせる。
「わざわざこんなところまでどうしたんです? 坊ちゃん」
「いや、ここ数日バタバタしていて貴方たちに礼ができていなかったと」
「ふふっ、報酬は以前に提示してくれた分だけで充分ですよ」
なんて言いながら殿下の分の紅茶を淹れるアンソニー。
こいつの淹れる紅茶、本当においしいんだよな。
「報酬とは別だ。そちらはしっかりと手配しておく。
フランシス、もちろん君の分も」
「えっ、金銭報酬なんて話もしてませんし、大丈夫ですよ。
親衛隊を集めるのにかなり使っていらっしゃるんでしょう?」
トワイライトとゴーレムイーツでめちゃくちゃ稼いでいるんだ。
正直なところ、金には困っていない。
「いや、それはそれ、これはこれだ。君の仕事に穴を開けてしまった」
「……良いんです? そう仰るのなら甘えてしまいますが」
「良い。君ほどの女に借りを作りっぱなしの方が怖い」
ディーデリックの言葉に少し笑ってしまう。
面白いことを言ってくるな、こいつ。
「それで、ささやかながら私個人として、礼の品だ。
街のパティシエに作ってもらった。マルセロがお気に入りらしい。
きっと、あなたの紅茶に合うんじゃないかと」
アンソニーの瞳を見つめて、呟くディーデリック。
相変わらず歳上殺しだな。あれは効くだろう。
「よく覚えてましたね、そんなこと」
「忘れたことはない。事件が終わったらまた飲みたいと」
「茶葉自体はアルフォンソ領のなんで味は違います」
「構わないさ。あなたが凝った淹れ方をしていることは知っている」
照れ隠しのようにパイプを吹かし直すアンソニー。
そんな彼を見つめながら、殿下が持ってきてくれたケーキを食べる。
……美味いな、クリームの味が濃厚で、確かに紅茶に合う。
「――私が来る前、私の話をしていなかったかな?」
ふと、ディーデリックがそんなことを言い出す。
めちゃくちゃ鋭いな、俺の表情だけで察していたということか。
「ええ、俺たちは坊ちゃんを担ごうってね」
「なんだそれ。いや、あなた達に担いでもらえるのなら安泰ではあるが。
特にアンソニー、私の元に来てくれないか? 王都警察から私の元へと」
開拓都市に帰る俺はともかく、アンソニーの奴は王都に帰るのだ。
たしかにこれだけの実力を持つ男、ディーデリックも手元に置きたいか。
「……俺には、ダンジョン攻略は向いていません。軍隊を使うことも。
ただ、そうですね。第三王子の痛い腹を探れと言うのなら、考えます」
「ふふっ――それなら王都に居てもらった方が良いな」
第三王子の奴は開拓都市にあまり顔を出さないものな。
どこに居るのかは知らないが、ディーデリックの反応的に王都なんだろうか。
「なるほど。良いんです? 本気にしてしまって」
「いや、まだだ。再征服の目途はまだ立っていない。
今のところは盤を動かすことに価値はないよ」
ディーデリックの回答を聞いて静かに微笑むアンソニー。
顔の傷、大人の男、そんな彼が見せる少年っぽい笑みに奇妙な色気が見える。
「フランシス、君の力も近いうちに借りることになるだろう」
「ゴーレムの兵隊くらいであれば、ある程度は用意できますよ」
今回、実戦で使うことはなかったが騎士型のゴーレムはバッカス・バーンスタインの7割程度の力を出せるはずだ。少し材料で値が張るが無尽蔵に用意できる。
「うん、当てにさせてもらうよ――」




