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第13話「母さん、だったんだ」

「……暑い暑い、クソ暑いですわ、伯父さま」


 アンソニーが捜査の軸に選んだのは、暗殺者が履いていた靴だ。

 彼曰く、靴には必ず職人の癖が出るらしい。

 それでいて流派に傾向があるから絞り込んでいくことができると。

 王都での捜査も、身元不明の遺体が出たら靴に頼るらしい。


「ふふっ、だから言ったろ? 上着は置いて行けって」

「肩を出して街を歩き回るなんて破廉恥ですわ」

「じゃ、我慢するしかないな」


 そう言いながらハンカチで自分の汗をぬぐうアンソニー。

 こいつもこいつで暑いんじゃないか。やせ我慢しやがって。


「しかし、まだ春先とは思えない暑さですわね……」


 こちらの言葉を聞いたアンソニーが口元を近づけてくる。


(――君の故郷の近くなんだろ?)

(俺が居た頃はこんなに暑くなかったのよ)

(なるほどな……)


 異常気象か、ただの気まぐれか。

 おかげでこちらの聞き込みもかなり大変だ。


 アルフォンソ領で最大の靴屋で流派に当たりをつけて、その流派を受け継ぐ職人たちがどこら辺に店を構えているのかを聞き出した。

 そこまではアンソニーの話術とスマートさに感心していたが、ここから首都全体に広がる20店舗弱の靴屋をしらみつぶしに回ると思うと気が遠くなる。


「伯父さまこそ上着、脱いだらいかがかしら? 上半身裸の人も居りますわよ」


 たまたま、すれ違ったおっさんを横目にそんなことを呟いてしまう。

 なんて焚きつけてはみたが、俺も上裸で歩き回ったことはない。

 元々の身体の頃から。


「確かに男の特権ではあるな……」


 そう言いながら上着をバタバタさせて熱を逃がすアンソニー。


「でも、おじさんのジャケットには”仕込み”があるのさ、いろいろと」


 なんてニヤリと笑ってみせる。

 確かに何かしらの武器を仕込んではいるんだろうな。

 見た目通りの丸腰で居るような男とは思えない。

 とはいえ、春の日差しがぶっ刺さってくる。


「……アイスクリームの屋台か」

「魔術師の小銭稼ぎですわね」

「王都だと登録制なんだよ。ここがどうかは知らんけど」


 へぇ、そうなのか。

 開拓都市だと暇な魔術師がいきなり流しでやったりするが。

 と言っても、あいつらがやってたのはカキ氷か。

 アイスクリームは原材料を用意するのに手間がかかるからな。


「ねぇ、伯父さま~♪」

「……言いたいことは分かる。分かるから寄ってくるんじゃねえ!」


 腕を絡めようとしたこちらを察して距離を取ってくるアンソニー。

 この間合いの取り方がプロだな。戦闘経験者のそれだと分かる。

 俺より暑そうなアンソニーをもっと暑くしてやろうと思ったのに。


「いらっしゃいませ~」

「――アイスクリーム2つくれ」

「はいはい。あら、可愛らしい娘さんですね」


 そう言って微笑みかけてくる屋台のおばさんを見て、ゾッとする。

 背筋が凍り付くような感覚、流れていた汗が一気に冷えていく。


 ……バカな、あり得ない。そう思いたい。

 だが、気づいてしまうと警戒していなかった自分が滑稽に思えてくる。

 どうして考えていなかったんだ?


 ”母さん”が今、この街にいる可能性を。


「だろ? でも俺の娘じゃないんだ。姪っ子でね、妹の」

「あら伯父さんなんですね。この街には、お2人で?」

「ああ、妹の別れた旦那を探しにな」

「楽しいご旅行、ってわけじゃなさそうですね?」


 こっちの青ざめた顔を察したのか、アンソニーが話を広げてくれる。

 母さんのほうは気付いているだろうか。

 いいや、分かるはずはない。年齢どころか性別も違う俺を俺だなんて。


「ただの旅行なら、もうちょっと落ち着いた地方に行くさ。

 お姉さんはここに長いの?」

「うーん、たまに来てる感じです。もうちょっと広く回ってて」


 ピークシャフト領とアルフォンソ領、あといくつかの領地を回っている。

 母さんは、貴族のお抱えにならない代わりに方々を定期的に移動して、一般市民からの仕事を受けまくっているのだ。1年くらい手伝ったこともある。成人の少し前に。


「ちょっと前に領主さまの甥っ子が襲われた時もここに?」

「ああ、凄く話題になってましたね。

 そういうこととは無縁の地方だと思っていたのに」


 なんて世間話をしているうちに母さんはアイスクリームの準備を終える。

 コーンの上に丸いアイスが2つ乗っている。

 白いバニラと赤い色をしたアイスが。


「イチゴ味はおまけだよ、お嬢ちゃん。今日は暑いからね~」


 少し背伸びして屋台の向こう側に立っている母さんからアイスを受け取る。

 いったいなんなんだ、なんでこんなことに。


「……ありがとうございます。お姉さんもお身体には」

「あら~、気遣ってくれるの? 嬉しいわ~

 伯父さまの方にはチョコ味をサービスしますね。良い旅を」


 アイスクリームを受け取ったアンソニーが礼を言って屋台を後にする。

 距離が開くことで、全身に回っていた冷えが消えて暑さを感じる。

 さっきまでの冷や汗が嘘みたいに、ドッと熱さが駆け巡る。


「どうしたんだ? いつになく緊張していたみたいだけど。

 別にド緊張するほどに美人なお姉さんとかじゃなかっただろ?」

「……あ、ああ、いやさ」


 言葉に詰まって、唾を飲み込んでしまう。

 アンソニーには秘密にしていても良いかもしれないと思うけれど、動じている姿を認識されている以上は打ち明けるしかあるまい。


「母さん、だったんだ」


 こちらの言葉に目をパチクリさせているアンソニー・グッドゲーム。


「……ピークシャフトが故郷じゃないのか?」

「それはそうなんだが、さっき母さんが言ってたとおりだ」

「広く回ってるってやつか……マジ? こんなところで出くわすのか」


 それは俺が言いたいセリフだよ、本当に。


「気づかれては、居なかったよな?」

「たぶん、そう思う……」

「でも、お母さんも魔術師なんだ。血筋か」


 アンソニーの言葉に頷く。

 流石に気づかれているということはないだろう。

 疎い人間ではないが、そこまで冴えている訳でもないはずだ。


「言われると顔は似てる気がしてきたな。髪の色は違ったけれど」

「ああ。ディーデリックみたいに魔力の紫とかじゃないからな、母さんも俺も」


 だから今のピンクが訳が分からないのだが。

 母さんは特別に色のある魔法を使わない。

 髪は、かなり濃い茶色に近い金色だ。金にしては落ち着いた色合いをしている。


「でも、瞳の色は赤系統だったろ?」

「よく見てるな。あれが魔力の色なのかな」

「さぁな。俺は魔術師じゃないから分からん」


 ……エド爺なら分かるんだろうか。

 俺を母さんを見比べれば何が魔力の色なのか。

 なんて、またしても亡くした人のことを思いながら、別の考えが巡る。


 マルセロがこのアルフォンソ領で襲われてから今日まで。

 1か月以上の時間が流れている。

 母さんは1つの場所にこんなに長く滞在していただろうかと。

 ましてや、魔術師が常駐しているような大きな街で。


「何か他に不安なことでもあるかい? 嬢ちゃん」

「いいえ。ただ明日くらいにはこの作業が終わると良いなと」

「そう上手く行くかな。空振りの数ばかり積み上がるのがこの仕事だから」


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