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第12話「とりあえず、現状で一番怪しいのが現当主のニコラス・アルフォンソか」

「――ふぅ、流石に疲れたよ。伯父さま」


 アルフォンソ領の首都に入ってから2日、徹底的に街を歩き回っている。

 伯父と姪という設定を特に使うこともなく、ただひたすらに観光客として靴底をすり減らすだけの時間を重ねている。


「捜査官は靴を履き潰してからが”本番”だからな、嬢ちゃん」


 陽も落ちてきたところで宿に戻って一息。

 アンソニーが紅茶を淹れてくれる。

 意外とこういうことに慣れているんだよな、できる男だ。


「でも歩き回っているだけで良いのか? まだ聞き込みもしてないぜ」

「良いのさ。今はディーデリックが来る前を観察しているだけだ。

 それに親衛隊が来るまでは”あちらさん”にも余力があるだろうからな」


 ディーデリックの名前が出たあたりで”メモ帳”を開く。


「殿下の到着は予定通り。明日になるってさ」

「……ずっと聞こうと思ってたんだけど、なんなんだ? そのメモ帳」

「対になるメモ帳と同じ文面を共有できるアーティファクトだよ」

「ああ、第三王子が持ってた奴か。あれが使えれば西方戦争も――」


 またしてもアンソニーの怒りが垣間見える。

 なにせ共通の敵なもんで、この旅では10回以上も話題に上がる。

 そしてそのうち3回くらいはあいつ死なねえかなと悪口を共有している。


「と言っても今回のこれは複製品だ。

 レンブラントから回してもらった奴を増産した。

 現物は本当に貴重だから、そう簡単には使えないよ」


 増産してみせたから気軽に使えているだけだ。

 これをレンブラント用に1対、ルシール用にもう1対用意している。

 銀のかまどで何か大きな問題が起きたら報せるようにと。


「……つくづく凄いんだな、アンタ」

「今さら褒めないでくださる? 気恥ずかしいですわ、伯父さま」

「ふふっ、分かったよ、お嬢ちゃん」


 そう答えたアンソニーが紙切れを並べ始める。

 現状までに収集した情報を整理するためだ。

 レンブラントとのそれとはまた違って性格が出ている。

 一番の違いは、アンソニーは字が汚い。慣れるまで時間が掛かった。


「とりあえず、現状で一番怪しいのが現当主のニコラス・アルフォンソか」

「英雄となった弟に対して、病弱な跡継ぎで子供もいない。

 マルセロが大人になれば早期に家督を譲る形に追い込まれるのは確実」


 ニコラスの名前を出したところでアンソニーが現状までの情報を話してくれる。

 頭の整理もかねて言語化しているのだろう。

 彼にはそういう癖があって、俺はその受け手になるように努めている。


「ただ、本人自体の評判はすこぶるいい。弟・マルコスとの仲も良好だったと。

 それに病弱すぎて譲れるものなら家督を譲りたいと考えていてもおかしくない」

「割とそう思ってる領民が多そうではあったよな」


 少なくとも俺たちが街を歩いている範囲ではそうだった。

 どうして、マルセロ坊ちゃんが襲われたのか。

 あの子に死なれてはニコラス様がいつまでも楽になれないと。


「まぁ、俺たちみたいな観光客に聞こえる範囲だからな。

 領主が甥っ子を殺そうとしたなんてそう簡単には言えないだろう。

 よっぽど終わってる街ならともかく」


 確かに俺たちが外様であることは差し引かなければいけない。

 年頃の娘にしか見えない今の俺に向かって陰謀論を垂れ流す訳もない。


「兄貴が白だとしたら、次に怪しいのが?」

「執政官のディエゴ・イバルロンド。殆ど実務をこなせないニコラスに変わってアルフォンソ領を取り仕切っている。マルセロもニコラスも死ねば実権を握るこいつは名目すら手に入れられるかもしれない」


 神聖王国がそれを追認するかどうかはともかく、領地そのものは手に入る。

 実権を固めてしまえば王国側としてもそれを覆すのは困難ではある。

 ディエゴが黒だと露見しなければ、覆すための道理も存在しない。

 貴族でない者が領主になれるかは微妙なところだが可能性は大いにある。


「でも、こっちもこっちで評判良いんだよな?」

「そうだ。元々はアルフォンソ家のお抱え魔術師。

 砲兵部隊へ志願したマルコスに付き添って西方戦争に参加」


 マルコス・アルフォンソの墓の前に1日中立ち尽くしていたと語り草になっていた。とても事実とは思えないのだが、少なくともそれをやってもおかしくないほどにマルコスのことを敬愛していたらしいのだ。


「――筋書きとしては、マルセロを殺してその罪をニコラスに被せればディエゴが領主の座を継ぐことができる。動機としては有り得なくない人間だ」


 現領主のニコラス・アルフォンソ、執政官のディエゴ・イバルロンド。

 動機という線から辿ることのできるマルセロ襲撃の犯人。その筆頭たち。


「アンタはどっちだと思う? アンソニーさんよ」

「どっちもハズレかもしれないし、どっちもかもしれない」


 ほう、王都警察の捜査官さんはそう来るか。


「アルフォンソ領のお家騒動という視点から動機を推測できるのがこの2人というだけだからな。西方戦争で死んだマルコスへの私怨、マルセロ自身への私怨……はまだ子供だから無いとして、母親エミリアナへの私怨の可能性もある」


 ――もっともつまらない私怨であんな暗殺者を雇える人間がいるとは思わないが。

 そう続けるアンソニー・グッドゲーム。

 確かに俺もそう思う。あの暗殺者は命を賭けていた。

 高い報酬か、あるいは何かしらの信念に裏打ちされた行動だと感じている。


「そういえば、エミリアナは現在行方不明だったな」

「ああ。私邸への襲撃が確認されていて、本人は行方不明。

 遺体は発見されていない――」


 紅茶に口をつけるアンソニー。


「――どう思う? あの暗殺者と戦った君の判断が聞きたい」


 彼の質問の意図は分かっているつもりだ。

 アンソニーが聞きたいこと。

 その真意は”あいつは遺体を消せるか”だろう。


「エド爺の遺体は、マルセロを殺すためのトラップに変えられていた。

 レンブラントですら解除に手間取るような。意図的に残していたんだ。

 だから奴が遺体そのものを消し飛ばせる可能性は、ある」


 あまり考えたくなかったことだ。

 行方不明というところで生きている可能性があると思っていたかった。

 けれど、あの男は遺体を消すだけの能力を持っている。

 少なくとも実際に戦った結果として、俺はそう判断する。


「……やはりそういう判断になるか」

「もちろん確証はないが。それでアンソニー、ここからどう動くんだ?

 いつまでも観光客ごっこってわけじゃないんだろ?」


 マルセロの母親が死んでいる。

 そのことを考えたくなくて話を変えてしまう。

 彼も彼で俺の意図は察してくれているように思う。


「ニコラスとディエゴ、当人たちへの捜査は坊ちゃんたちに任せる。

 俺たちは、こいつを元に暗殺者の身元を探る」


 そう言いながら彼は、預かっていた暗殺者の遺品を取り出した。


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