第11話「この先を左に行くと、俺の故郷なんだ」
「――この先を左に行くと、俺の故郷なんだ」
乗合馬車の停留所、日に数本も走らないそれを待ちながら呟いてしまう。
アンソニー・グッドゲームとの2人旅。
目的地のアルフォンソ領に近づいてきたこのタイミングで移動法を変えた。
「へぇ、それで妙に土地勘があったのか。顔を出していくかい?
予定より移動は早い。1日くらいは遊びがあるぞ」
隣に座るアンソニーがニヤリと笑う。
……実際、ここまでの移動はかなりスムーズに進んだ。
それもこれも元・騎士であるこいつが爆速で馬を走らせてきたからだ。
元とはいえ王国騎士団らしからぬ雰囲気を纏う男だと思っていたが、馬の扱いに関してはズバ抜けていて速度と安定性が凄まじかった。
そんな異様な早駆けをする男の背に、今の俺のような少女が乗っていたのだ。
これが目立たないはずがない。
だから乗合馬車というごくごく平凡な移動方法に切り替えた。
――季節は冬の終わり、春の始まり。
凍て付く寒さが和らいで、心地いい日差しが降り注ぐ。
「……故郷には、あまり良い思い出が無くてね」
魔術師が極端に少ない場所で同い年のガキに囲まれているとロクなことがない。
5歳とか6歳の頃にはまるで”化け物”のように扱われ、10歳を越えたあたりで表向きだけ妙に媚びてくるような奴ばかりだった。
『お前の魔法で何とかしてくれよ、フランク』
そう言われるたびに虫唾が走った。
俺が受けた苦しみなんてまるでなかったみたいに。
それを飲み下すことができれば、故郷でも身を立てられたのだろう。
魔術師という存在が仕事に困るようなことなんて殆どないから。
「――俺と同じ、か」
「アンタも?」
「ああ。こうして居られるのも運に恵まれただけだ。上等な生まれじゃない」
ドス黒い瞳だ。きっと俺も元々はこんな目をしていた。
同じ匂いを感じる。このアンソニーという男からは。
レンブラントに似ていると思っていたが、あいつにこの匂いはない。
「……設定は覚えているか、お嬢ちゃん」
しばらくの間、踏み込もうと思えば踏み込めた時間。
彼の過去を聞くか、俺の過去を打ち明けるか。それができた静寂。
沈黙を打ち破ったのはアンソニーだった。
「――はい、伯父さま。
私のお母さま、貴方の妹を孕ませた男を探しに来た、ですよね?」
「ふふっ、孕ませたはやめろ。俺は言ってもいいが君が言うのは不自然だ」
中年に差しかかかった男と少女という奇妙な組み合わせ。
親子のふりでもしなければ不自然なそれを、伯父と姪ということにした。
そして”妹を孕ませた男”に設定されているのが、あの暗殺者だ。
名も分からぬ彼が使っていた遺品をいくつか持ってきている。
姪っ子の父親を捜しているしがないおっさんという体裁でアンソニーは動く。
手の込んだ芝居だが、自然ではある。
「それに流石に孕ませて捨てたって言うには君は大きすぎる」
「……確かにそれもそうか」
「まぁ、どうせ細かい齟齬は出るけどな」
数年前に消えた父親という設定と、暗殺者が死ぬまで使っていた遺品。
ここからして噛み合っていないのだ。確かに必ず齟齬は出る。
深くに進めば進むほど、露見して当たり前の嘘に過ぎない。
「しかし、齟齬が出れば出るほど真相に近づく」
「――あの暗殺者の正体にまで辿り着けると思っているか?」
「どうだろうな。あいつがアルフォンソ領の人間なら必ず行けるが」
外から呼ばれた人間であれば難しいということか。
「ただ、どちらにせよ、あいつはマルセロとその母親を襲撃している。
アルフォンソ領で。ならば何かしらは掴めるはずさ」
アンソニーという男はマルセロからエド爺の屋敷に辿り着くまでの経緯を細かく聞き出している。流石は王都警察の捜査官というだけあってかなり徹底的にだ。かいつまんで俺にも教えてくれているが、それ以上に細かい部分も押さえているのだろう。
「――自宅への襲撃を受けて、あの開拓都市までだもんな」
「ああ、俺たちの辿った道を逆に進んでな。まだ10歳の子供が」
アンソニーの声色から怒りを感じる。
こいつもこいつでディーデリックと同類だ。
「……なぁ、アンソニー。アンタはマルセロの父親のこと」
「知っているよ。直接に顔を合わせたことはないが、アルフォンソの砲兵部隊が戦線を支えてくれていなければ俺たちの逆転もかなわなかった」
頬に残る傷痕を見つめながら、彼の言葉に相槌を打つ。
「マルコス・アルフォンソ、彼には恩義がある。
あの戦争で死んでいった王国騎士たちを敗者にせずに済んだ恩が」
……俺がエド爺に対して恩義があるように。
つくづく縁というのは奇妙なものだ。こんな狭い範囲で。
恩義には報いなければならない。
「馬車が来たな、ここからは頼むぜ? 嬢ちゃん」
「はい、伯父さま。でも、姪に嬢ちゃん呼びは不自然ではないかしら?」
「そうかな? 名前はフランシスのままで良いんだよな」
アンソニーの最終確認に頷く。
こいつもこいつで偽名は使わないと言っていた。
自分の名前だけで察しをつけられるような奴が何かしらのアクションを起こしてくるのならば、それはそれで情報が取れると。
「はい、アンソニー伯父さま」
こっちはこっちで桃色の髪と瞳だ。既に異様に目立っている。
名前を偽ったところで大した意味はない。
「じゃあ、行こうか。フランシス――」
伯父さまに手を引かれつつ、乗合馬車へと足を踏み入れる。
ピークシャフト領へと向かうそれと造りに大差はない。
まばらな乗客、料金はアンソニーが払ってくれる。
腰を降ろし、窓の外を見つめる。
ここを左に進めば、5年ぶりの故郷。
祖父が死んだとき以来になる。けれど、その必要はない。
「もうすぐアルフォンソ領ですわね、伯父さま」




