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第10話「――今宵、あなたの帰還を祝うよ。偉大なる冒険者さん」

 レオ兄を招き入れたゴーレムイーツは恐らく上手く行くだろう。

 兄貴は問題なくウェブクラスタを用い、ゴーレムとの感覚を繋いでくれた。

 ルシールとレオ兄の相性も悪くないように見える。


 ――こちらもこちらで、出立の準備はほぼ終わった。

 フィオナの屋敷の中、まとめた荷物の紐を結ぶ。

 必要な準備は全て済ませた。あとは明日、アンソニーと共に旅立つだけ。


『おじさん、今夜、あなたの時間が欲しい』


 屋敷に帰ってきたとき、アイシャの姿をした彼女にそう告げられた。

 指定された部屋は初めて入る場所で、そこには舞台が用意されている。

 ……彼女の義父は教会の聖職者だったから、そのための演台なのか。


 空っぽの舞台、その前にはたった1つの椅子が置いてある。

 完全な特等席と言ったところだ。

 トワイライトに通っていた頃にも、こんな席に座ったことはない。


 カツコツと自分の足音が響くのを感じながら”特等席”に腰を降ろす。

 ここで待っていれば良いということだろう。

 トワイライトほどではないとはいえ、こんなステージまで用意されているとは。


 つくづく、この屋敷は1人で居るには広すぎる。

 2人で暮らしている今でもそう思うほどに。

 こんな場所だ、同居人を求めるフィオナの想いは理解できるが。


 ……よく俺だったな、相手なんていくらでも居ただろうに。

 なんて彼女に向けて言ったら怒られてしまうかな。


 フッと意識が遠くなるような間が流れて、聞こえてくる足音に気づく。

 タップダンス用の靴が奏でる独特のそれは耳に心地よい。

 舞台の幕は最初から上がっている。袖から現れる彼女は初めて見た。

 それでも様になっているのは流石だ。流石はフィオナ。


 衣装は俺が最初に見たときのそれ。

 ロゼとしての俺と踊る時のスーツではなく、彼女1人のための漆黒。

 いや、基本的なデザインは同じだが新調されているな。


「――今宵、あなたの帰還を祝うよ。偉大なる冒険者さん」


 ステージの上から俺に向けられる言葉にゾクリと甘い痺れが走る。

 こちらの背筋が伸びていることを自覚した時には、歌が始まる。

 楽器の演奏はない。けれどそれが彼女の歌声の美しさを際立たせる。


 タップダンスを組み合わせた軽快な歌唱。

 汗ひとつ流さず、軽やかにやってみせているがこれをやるには尋常じゃない体力が必要になる。歌いながら踊るというのは本当にヤバいのだ。ロゼとしてステージに立つようになって余計によく分かった。


 1曲目のクライマックス、華麗にターンを決めたフィオナがシルクハットを投げる。このタイミングでこれが来ることは身体に染みついて覚えている。けれどまさかこんな形で自分が受け取る日が来るなんて。俺は今まで一度もこのシルクハットを観客席で受け止められたことがなかったのに。


 ウィンクを向け、流れるように2曲目に入るフィオナ。

 その序盤でネクタイが解かれていく。

 黒いスーツが白いワイシャツを際立たせ、自然と胸元に視線が向いてしまう。

 2曲目がまた煽情的で、この距離で見ると本当にドキドキしてしまう。


 ――続く3曲目、それは俺がラピスさんの前で真似した楽曲“蜜月”だ。

 静かに丁寧に歌い上げられる声色に、心が解けていくのが分かる。

 ああ、やっぱり好きだ。見ているだけで全てが満たされるような気がする。


 そして4曲目、ジャケットが脱ぎ捨てられて”最終形態”って感じだ。

 ここまで来ると彼女のスタイルの良さが際立ってくる。

 スラックスから垣間見える脚線美だけでなく、肩から腰のラインが。


 ――まさに彼女こそ、至高の芸術だ。

 彼女に出会うまで趣味らしい趣味も美への探求心もなかった。

 けれど、フィオナは有無を言わせない。一度見ただけでずっと見ていたくなる。


 全ての演目を終えた彼女に向けて拍手を送る。

 何か言葉も送るべきなんだろうけど、上手いこと出てきてくれない。


「……どう、だった?」


 少し息の上がったフィオナが微笑みかけてくれる。


「最高だよ、また腕を上げていたんだね」

「ふふ、昨日のトワイライトで見てたくせに」

「気づいていたんだ?」


 ステージから降りてこちらに一歩ずつ近づいてくるフィオナ。

 思わず見上げる形になってしまう。


「舞台の上のボクに見えないものはないよ、おじさん。

 まったく、久しぶりに客席からのボクを見せつけようと思っていたのに」


 最近はずっとロゼとして一緒に舞台に立つか、そうでなくても俺が別の仕事をしているタイミングだったものな。同僚になってしまったことの欠点だ。


「でも、もっと綺麗に見えたからさ……」

「――ふふっ、照れるね」


 フィオナの赤い瞳がこちらを射抜く。視線が動かせなくなって。


「ここで1人で生きていくだけじゃ気が狂うと思った。

 使命を果たすその日を座して待つだけじゃ。だから舞台に立ったんだ。

 そして、だから欲しくなった。舞台の上じゃないボクを見てくれる人を」


 こちらの肩に彼女の左手が置かれ、右手がこちらの顎を持ち上げる。


「……俺で、良かったのか」

「あなたしかいないよ、フランク・ブライアント・サンダース」


 流れるように唇を奪われる。

 俺の桃色に染まった髪と彼女の黒髪が重なる。

 唇を越えて、フィオナが侵食してくる。他人の舌ってこんな温度なんだ。

 知らなかった。知る日が来るとも思っていなかった。


「っ――ん」


 互いに呼吸の限界がきて口元が離れる。

 離れていく温度が少しだけ惜しくて。


「ハハッ、そんなに顔を真っ赤にしなくても良いじゃないか」

「……うるさい。そっちだって赤くなってるぞ」

「えっ?! いや……ハハ、ボクも初めてだからさ、カッコつけられなかったか」


 頭を掻いてみせるフィオナ。そんなところが愛らしくて。


「いや……カッコは良いよ。ずっと見惚れている」


 短くなってしまった腕を伸ばし、甘えるように彼女を抱きしめる。

 少女になってしまったこの身体の使い方も、分かってきたのが悔しい。

 けれど、こうして2度目のキスをねだれるのは悪くない。


「ん……フランク、ボクはまた1人になるつもりはない」

「ああ。君を1人にはしないよ、フィオナ」

「よろしい。じゃあ、あとは務めを果たしてくれ、あなたの望む役目を」


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