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第8話「冗談だ。本当はアンタを口説きに来たのさ、レナ姉」

「――あれ、どしたの? アンタ今日非番でしょ?」


 アンソニーと別れ、トワイライトのカウンター席に腰を降ろす。

 目の前にはバーテンダー役を務めるレオ兄。

 開店直後だからまだ客はまばらだ。


「俺の自宅を知られたくない相手に見送られててさ」

「ふぅん? それでわざわざこの席に? 舞台の見やすいところにしなさいよ」

「冗談だ。本当はアンタを口説きに来たのさ、レナ姉」


 なんとなくアンソニーにはフィオナの屋敷を知られたくなかったのも事実。

 けど、テクニックとして非番の職場に送らせたわけじゃない。

 実際にレオ兄に用事があったからここに来た。


「とりあえず1杯奢るよ。前のと同じで良いか?」

「うーん、今はウィスキーの気分かしら。そういうアンタは?」

「前と同じで良い。ブランデーミストで」


 慣れた手つきで酒を用意してくれるレオ兄。

 またしても女らしさに磨きがかかっているように見える。

 正体が分かっていても美しいと感じるほどに。


「それで、改まって何よ?

 アンタがしばらく店に出られないことは任されたつもりだけど」


 此度の遠征、それに誘われた時から大体の準備は進めていた。

 トワイライトにはしばらく出られなくなると伝え、了解を取っている。

 氷を作る魔術師もロゼというショーガールも穴埋めできるのだから流石だ。


「――”銀のかまど”を手伝って欲しいんだ」

「えっ? 私に?」

「ゴーレムの運用を見てもらいたい。魔術師にしか頼めない」


 ルシールちゃんは自分で何とかしますと言っていたが、それでは彼女の足を使わせることになる。そうなれば自ずと彼女がカバーできる範囲が受けられる注文の限界になってしまう。注文の数としても配達の距離としても。


 せっかく伸びてきているゴーレムイーツを停滞させるわけにはいかない。

 何より、彼女に無茶をさせて怪我されたらコトだ。

 ルシールちゃんのことだから、そうなる可能性が高い気がする。


「良いけどアタシ、アンタみたいな技巧派の魔術師じゃないのよ?」

「うん、たぶんできると思う。ゴーレムと感覚を繋げればいいだけだから。

 丸っきり魔術師じゃないルシールはともかく、レナ姉なら」


 冒険者としてパーティを組んでいた時で、兄貴の限界は把握している。

 できることは融通し合って兄貴にゴーレムを使ってもらったことも多い。

 街全体という遠距離は不確定要素だが恐らく。


「――アンタがそう言うのなら乗るわ。報酬は弾んでくれるんでしょうね?」

「急な頼みになったからな、色を付けるよ」

「あら、そんな安請け合いしちゃって大丈夫?」


 カウンターの向こう側、氷やレモンを整理するためにしゃがんでいた兄貴が上目遣いで見つめてくる。

 ……いや、マズいな、どんどん兄貴が元・兄貴だと分からなくなってくる。


「なんか不安要素でも?」

「いや、あの娘、ルシールちゃんだったかしら。結構なやり手なんでしょ?」

「結構どころじゃないとは思ってる。ひと回り年下なのが信じられないくらいだ」


 ディーデリックはそれより下なので本当に感覚が狂うのだが。

 才能が違うとか、育ちが違うと言ってしまえばそうなのだろうが、それにしても自分が15歳や17歳の頃を思い出すと違いが大きすぎる。


「そんな彼女が財布を握ってるんでしょ?」

「……大丈夫だよ。最悪、俺への報酬から回すから」


 それにゴーレムイーツをより拡大するのなら俺以外の魔術師を招き入れることは避けて通れない。だから言えば分かってくれるとは思っている。

 ”私がやるから心配しないでください”と言ってくれたルシールちゃんも。


「ふぅん? まぁ、私もあの娘には興味あったから良い機会ね」

「たまに会うんだろ? 同業者として」

「親父さんの方とはね。娘さんの方とは殆ど」


 ルシールちゃんがトワイライトのことを知っていたからあるいはと思ったが。

 しかし、今のレオ兄と彼女が出会ったらどんな感じになるのか。

 イマイチ想像がつかないな。


「アンタと気が合うかは分からないが、俺にとって最強のビジネスパートナーだ。

 くれぐれもよろしく頼むぜ」

「ふふっ、大丈夫よ。貴方が気に入った相手だもの」


 レオ兄がそう微笑んだあたりで酒の注文が増えてくる。

 トワイライトも混み合い始める時間だ。もうまもなく第1幕が開く。


「――ふぅ」


 氷が解け出して良い感じに薄くなったブランデーを少しだけ多めに口に含む。

 酒特有のツンと尖る熱さを楽しみながら、溜息を吐く。

 今日の1幕はフィオナの舞台だ。

 こうして何の役割もなく客席から彼女を見るのは久しぶりで。


 このカウンター席から見つめるのがまた、懐かしいのだ。

 トワイライトに通い始めた頃は、いつもここから見ていた。

 開幕の時を心待ちにしながら、ここで。


 ……それがまさか、同居人になって同僚になるなんて。

 もう人生のゴールとみなしてもいいところに居るんじゃないか。


 だというのに俺はこれからアルフォンソ領へと旅立つ。

 背負わなくてもいい危険を背負って。

 フィオナは祝ってくれるだろうか、冒険者としての俺が戻ってきたと。


 彼女はまだ”やっぱりこうなると思ってた”としか言ってくれていない。


 なんて思っているうちに、開演のベルが鳴り、足音が聞こえ――


「……ああ」


 シルクハットを纏う艶やかなスーツ姿のフィオナはまさに王子だ。

 トワイライトの王子様、1人で舞台に立てる稀有な役者。

 そして、不意に自分の前髪が流れてきて思わされる。

 どうしてロゼが彼女の隣に立っていないのかと。


「ふふっ――」


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